懐かしき人びと  矢野誠一「酒場の藝人たち 林家正蔵の告白」(文春文庫)

懐かしき人びと  矢野誠一「酒場の藝人たち 林家正蔵の告白」(文春文庫)_e0016828_10185242.jpgもう70歳を超える演藝・演劇評論家、エッセイスト。中学生の頃から学校帰りにカバンを肩にかけたまま芝居や寄席に通ったというひと。志ん生、文楽、正蔵(いずれも先代)などの噺家たちと飲んで歩き、家に押しかけると言う夢のような付き合い。噺家にとどまらない。新劇・大衆演藝、作家、、いろんな交友が。


でも
劇場通いが日課のような私は、原則として楽屋をのぞかない。別にそのせいではないけれど、人づきあいが滅法いいなどと言われてる割には、親しくしている演劇人はごく限られていて
という。
そんな著者が70年代後半から15年間にあちこちに書いた人物論、交遊録、追悼文など40編近くを集めたこの本、93年に出版されたものが文庫化された。

ひと、この世界に生きるひとたちの、面白さ・哀しさ・切実さ。40篇近く、どれを読んでも味わいがあるし興味深い。

冒頭の「浅香光代・西街道御難旅路」はこの一座の一員となって旅回りに参加したときの見聞録。浅香の人間的魅力、地方巡業の裏事情、一座の人間模様、、などを描いて映画化したら面白そうな一編の小説になっている。

名曲「雪の降る街を」が誕生した意外ないきさつ。当時生放送だったラジオドラマ”えり子とともに”の収録中、時間が余ってしまったので急遽劇中人物に唄わせてしのごうとスタジオの片隅で内村直也がでっち上げたワンコーラス分の詞に中田喜直が曲をつけたのだ。それが好評でNHKの歌番組に取り上げることになり2番と3番をこれまたでっち上げる。それはいい加減だったから藤田敏雄などが手直しをする。最初、高英男がレコード化するがあまり売れない。徐々にジワッと浸透していきダークダックスが歌ってからブレークした。

俺はこの本の副題ともなった「林家正蔵の告白」が一番よかった。今、林家喜久蔵などが物真似で笑わせてくれる先代正蔵(彦六)のなんともいえない人物を活写する。寄席に通う定期券は遊びの時には使わない。仕事に行くひとのために地下鉄は割り引いているのだから、と。新聞記者が取材に来たとき、普通のハイヤーを待たせているときは帰りがけに運転手に「交通安全よろしく」と祝儀袋を持たせるが新聞社の車の場合は名入りの手拭にする。運転手も新聞社の社員だから現金をあげると汚職になるというのだ。
出演依頼に対して一切ギャラのことは言わない。出されたものを受け取って帰る。貰った額が多すぎると判断すると返す。弟子にもそうさせる。複数の出演依頼がかち合ったときはギャラを訊く。そして安い方に出る。「高くくれるところは、自分が行けなくっても誰かが行ける。安い金しか払えないところは、自分が行ってやらなければ誰もいくひとがいないだろう」と。
正蔵がもっとも愛した春風亭柳朝の早世を悼む「さらば柳朝」もいい。「彼は不思議にけっして高くない、しかし格調のある店に居た」と色川武大が評した”粋”な遊び人。”ちゃきちゃきの江戸っ子を絵に描いたような高座”、俺は実際に見ているはずだが記憶が今いち。テープは持っているからときどき楽しんでいる。もちろんあの正蔵の震え声も。

団十郎爺といって、口を開くと「団十郎は良かった。あれに比べれば今の・・なんて」をくり返して若者に嫌われる。そういうことは分かっていても・・。
Tracked from アイドル芸能Shop at 2006-04-10 22:21
タイトル : 林家正蔵
林家正蔵... more
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by saheizi-inokori | 2006-01-28 10:27 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(1) | Comments(0)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori