ヒトラー・ユーゲントは美しかった 津島佑子「狩りの時代」
2017年 06月 14日
2016年に亡くなった津島佑子の遺作、巻末に娘の津島香以が「『狩りの時代』の発見の経緯」と題して母・裕子が「(こんどの作品は)差別の話になった」と言い「間に合わなかったら、あんたが書いてね」と冗談めかして言ったこと(小説で扱われている事柄の多くが母の体験で日頃から話を聞いていたのだ)。
死後、書斎の机にプリントアウトされた作品の一部があったこと、担当者に「ほとんど完成している」とメールがあったこと、データの最終更新履歴は死の一週間前だったこと、夢中になって読んで
作家の分身である主人公・絵美子は12歳の時に15歳の兄・耕一郎をなくす。
絵美子はおとなになったら障害を持って生まれた兄を引きとって結婚しようと思っていた。
その耕一郎を指して「フテ、、、」というような言葉、あんな役に立たないやつは殺せ、というような子どもたちにとってとても嫌な、耕一郎を傷つけるための言葉をささやかれたことが絵美子の半生のトラウマになって、それを誰が言ったか、何のためにいったかを突き止めなければならないと思い込んで生きていた。
フテキカクシャ、不適格者、アンラクシ、ジヒシ、ナチスの殺害対象。
二世代にわたる大家族の物語でもある小説のもう一つの重要なエピソード。
それはヒトラー・ユーゲントが日独親善のために来日して甲府駅に来た時の(今から思えば)クレージー・滑稽な歓迎行事、そこに絵美子の当時6歳のオバと12歳と10歳のオジが仕出かしたらしい何か。
身の毛もよだつナチスの蛮行にも関わらずヒトラー・ユーゲントの少年は美しかった。
憧れは差別の温床なのか。
完成された作品と言っても推敲の余地はかなりあるようで、ラストの原発こそ差別だというメッセージも唐突な感じがするし、話が時間的に前後するので人物相互の関係や出来事の意味が呑み込みにくかった。
しかし、目の前に迫った自分の死を見つめつつ過去のあれこれーとくに幼い頃のーを思い出して書いている姿を想像すると胸が痛くなった。
痛くなっても読みつづけて朝になってしまった(だからこんなに分かりにくい記事を書いているのだ、ということにしておこう)。
アメリカに住んで核物理学者として成功しているオジが絵美子にアメリカに来ないかと誘い、アメリカにある差別のことなどを語りながら、耕一郎のこと・彼に対する差別のことをどう考えていたかを訊く。
ぼくもわからない。
娘・香以ほどにもわからない。
文藝春秋
死後、書斎の机にプリントアウトされた作品の一部があったこと、担当者に「ほとんど完成している」とメールがあったこと、データの最終更新履歴は死の一週間前だったこと、夢中になって読んで
描かれているのは、差別とは何か、いや、人間とはなにかという問いだ。どうしたら差別を乗り越えられるかと言っているだけで差別をわかったつもりになっていた。目をそらしてきた心のなかを突きつけられて、人間の複雑さを思い知らされた。この作品をいま、差別のなかで生きる人々に届けなくてはいけない。そう思い定めて、ひとつの完成した作品として刊行することにしたことが明らかにされている。
絵美子はおとなになったら障害を持って生まれた兄を引きとって結婚しようと思っていた。
その耕一郎を指して「フテ、、、」というような言葉、あんな役に立たないやつは殺せ、というような子どもたちにとってとても嫌な、耕一郎を傷つけるための言葉をささやかれたことが絵美子の半生のトラウマになって、それを誰が言ったか、何のためにいったかを突き止めなければならないと思い込んで生きていた。
フテキカクシャ、不適格者、アンラクシ、ジヒシ、ナチスの殺害対象。
それはヒトラー・ユーゲントが日独親善のために来日して甲府駅に来た時の(今から思えば)クレージー・滑稽な歓迎行事、そこに絵美子の当時6歳のオバと12歳と10歳のオジが仕出かしたらしい何か。
身の毛もよだつナチスの蛮行にも関わらずヒトラー・ユーゲントの少年は美しかった。
憧れは差別の温床なのか。
しかし、目の前に迫った自分の死を見つめつつ過去のあれこれーとくに幼い頃のーを思い出して書いている姿を想像すると胸が痛くなった。
痛くなっても読みつづけて朝になってしまった(だからこんなに分かりにくい記事を書いているのだ、ということにしておこう)。
このあいだも、新聞に記事が出ていました。障害のある子に恵まれたから、いっぱい教えられることがあって、むしろ感謝しているって、母親のひとりがインタビューに答えていたんです。でも、わたしはそんなのおかしいと思いました。教えられることがなかったら、だめなんですかって言いたかった。わたしは母親じゃないから、こうちゃんを育てる苦労を知りません。だから、えらそうなことは言えない。母はとても苦労したのかもしれない。でもその意味を、わたしは考えたくないんです。こうちゃんのいない母は、どこにもいない。母のいないこうちゃんも、どこにもいない。こうちゃんがいないわたしも、どこにもいない。ほかに意味なんかありません。こうちゃんをいやがるひとは多かった。こうちゃんが意味なんか気にしていなかったから。まわりのひとたちにとって、それはとても困る、いやなことだったんですね。こうちゃんがいなくなって、わたしにも少しわかってきました。だから、自分たちの場所から追い払おうとする。じゃ、どうしたらいいんだと思う?オジに聞かれて、絵美子は考え込んだあげく「わかりません」と答える。
ぼくもわからない。
娘・香以ほどにもわからない。
文藝春秋
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ikuohasegawa at 2017-06-14 16:53
「教えられることがなかったら、だめなんですかって言いたかった。」ズキンとしました。
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そらぽん
at 2017-06-14 19:49
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私事で恐縮ですが。。
60代の夫とスイス伊国境の村を走り過ぎた時、彼が
「此処にひと夏、疎開した」と言ったので驚きました
米ソ冷戦時代核ボタンの危機でギムナジュウムの一部
生徒が隔離されたと。後で見た写真には、開襟シャツ
半ズボンに革靴、金髪の男の子たち。腕章を巻けば
Hitlerjugendのよう。選別の言葉を思いましたよ。
60代の夫とスイス伊国境の村を走り過ぎた時、彼が
「此処にひと夏、疎開した」と言ったので驚きました
米ソ冷戦時代核ボタンの危機でギムナジュウムの一部
生徒が隔離されたと。後で見た写真には、開襟シャツ
半ズボンに革靴、金髪の男の子たち。腕章を巻けば
Hitlerjugendのよう。選別の言葉を思いましたよ。
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saheizi-inokori at 2017-06-14 21:22
> ikuohasegawaさん、実際に障碍者の兄を15歳で亡くし、自分の子も若い時になくし、一方で父親のことなどほとんど何も知らずに母子家庭で育った人らしい?彼女のテーマなんだと思います。
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saheizi-inokori at 2017-06-14 21:28
> そらぽんさん、キューバ危機の時でしょうか。
あれは夏だったかなあ。
日本の田舎=甲府の子供たちがポカンと口を空いてたまげるほど美しく統制の取れた行動をとったヒトラー・ユーゲント、その子たちのひとりも便意を催して密かに草むらでしゃがみ込むのですよ。
かと思えば少し後でユダヤ人抹殺の仕事につきもする。
あれは夏だったかなあ。
日本の田舎=甲府の子供たちがポカンと口を空いてたまげるほど美しく統制の取れた行動をとったヒトラー・ユーゲント、その子たちのひとりも便意を催して密かに草むらでしゃがみ込むのですよ。
かと思えば少し後でユダヤ人抹殺の仕事につきもする。
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j-garden-hirasato at 2017-06-15 06:29
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kotoko_s at 2017-06-15 08:38
差別の気持ちは誰にでもあるのだろうと思います。
私の中にももちろんあります。
何かに秀でた人を羨んだり、嫉妬したり。
それは引っくり返せば、そうなれなければダメだという無意識の差別意識なんだろうと。
ただここにいること、ありのままを受け入れるとはよく聞くし言ってしまう言葉ですが、実際にそうするのは難しい。
だからこそ、何度でも考えなくてはならないことですね。
紫陽花が美しいなあ。
私の中にももちろんあります。
何かに秀でた人を羨んだり、嫉妬したり。
それは引っくり返せば、そうなれなければダメだという無意識の差別意識なんだろうと。
ただここにいること、ありのままを受け入れるとはよく聞くし言ってしまう言葉ですが、実際にそうするのは難しい。
だからこそ、何度でも考えなくてはならないことですね。
紫陽花が美しいなあ。
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saheizi-inokori at 2017-06-15 09:40
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saheizi-inokori at 2017-06-15 09:44
> kotoko_sさん、身近な人が病気になると、ありのままを受け容れて看病します。
差別する気持ちとか、何か意味を求めたりしませんよね。
こういうことを迂闊にいうと障がい者を病人扱いにするのか!なんて見当違いの批判を浴びてしまうかも知れないけれど。
紫陽花は、やはり雨のなかで見るべきですね。
差別する気持ちとか、何か意味を求めたりしませんよね。
こういうことを迂闊にいうと障がい者を病人扱いにするのか!なんて見当違いの批判を浴びてしまうかも知れないけれど。
紫陽花は、やはり雨のなかで見るべきですね。
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stanislowski at 2017-06-16 04:59
似たようなことを原発事故のため避難していた福島のお母さんから聞きました。
子どもさん達が、「こんなことがあったから、より人の親切というものが分かったのかもしれないね」って。
そうかなって?私は思ったけど。
子どもさん達が、「こんなことがあったから、より人の親切というものが分かったのかもしれないね」って。
そうかなって?私は思ったけど。
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saheizi-inokori at 2017-06-16 08:59
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芋田治虫
at 2018-04-02 01:14
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ヒトラーユーゲントは事実上被害者であり、国民突撃隊は無罪。
「ナチスのやつらはみんな悪いんだ」というのはヒトラーユーゲントなどの少年兵を敵視することで、つまり虐待を受け傷つき死んでいった子どもを犯罪者扱いし敵視することだ。
ついでに言うが「少しでもナチスっぽいやつはみんな悪いんだ」というのは「賞味期限前日や当日、1日でも過ぎた食べ物は全て捨てろ」というのと同じであり極左的で危険だ。
「ナチスのやつらはみんな悪いんだ」というのはヒトラーユーゲントなどの少年兵を敵視することで、つまり虐待を受け傷つき死んでいった子どもを犯罪者扱いし敵視することだ。
ついでに言うが「少しでもナチスっぽいやつはみんな悪いんだ」というのは「賞味期限前日や当日、1日でも過ぎた食べ物は全て捨てろ」というのと同じであり極左的で危険だ。
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saheizi-inokori at 2018-04-02 09:38
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芋田治虫
at 2018-04-03 20:27
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Commented by Takeo at 2018-04-03 18:18 x
ヒトラー・ユーゲントや国民突撃隊はもちろん、ドイツ国防軍の二等兵と一等兵は命令されて、絶対服従の立場だった。
武装親衛隊や国防軍の士官たちとは立場が全然違うの。
そもそも、アイヒマンなんて武装親衛隊の大佐。
立場も罪の重さも普通の人と犯行を数種類(もちろんどれもが実刑確定の犯罪)した犯罪者くらい違うの。
ヒトラー・ユーゲントや国民突撃隊はもちろん、ドイツ国防軍の二等兵と一等兵は命令されて、絶対服従の立場だった。
武装親衛隊や国防軍の士官たちとは立場が全然違うの。
そもそも、アイヒマンなんて武装親衛隊の大佐。
立場も罪の重さも普通の人と犯行を数種類(もちろんどれもが実刑確定の犯罪)した犯罪者くらい違うの。
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芋田治虫
at 2018-04-03 20:31
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Commented by Takeo at 2018-04-03 18:18
そもそも事実上被害者である、ヒトラーユーゲントや国民突撃隊をアイヒマンと同じように扱うこいつこそ麻原彰晃と同じくらい危険な基地〇であり大犯罪者。
ガンジーや仏様ならともかく、普通人間なら欠を金属バットで百叩きするレベル。
そもそも事実上被害者である、ヒトラーユーゲントや国民突撃隊をアイヒマンと同じように扱うこいつこそ麻原彰晃と同じくらい危険な基地〇であり大犯罪者。
ガンジーや仏様ならともかく、普通人間なら欠を金属バットで百叩きするレベル。
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芋田治虫
at 2018-04-03 20:39
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Commented by saheizi-inokori at 2018-04-02 09:38
東条/裕仁に忠実だった庶民兵隊たちはもちろん、特攻隊は太平洋戦争での日本軍の中で一番の被害者。
彼らは無理やり強制的に殉教者にさせられたのだから。
彼らをテ〇リストとか彼らを馬鹿にする奴らこそテ〇リストであり、真正の馬鹿であり恥知らず。
東条/裕仁に忠実だった庶民兵隊たちはもちろん、特攻隊は太平洋戦争での日本軍の中で一番の被害者。
彼らは無理やり強制的に殉教者にさせられたのだから。
彼らをテ〇リストとか彼らを馬鹿にする奴らこそテ〇リストであり、真正の馬鹿であり恥知らず。
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saheizi-inokori at 2018-04-03 21:31
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saheizi-inokori at 2018-04-03 21:39
by saheizi-inokori
| 2017-06-14 11:03
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
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Comments(17)