なかったことにしたいでしょうが 堀田善衞「時間」

現役時代に、一年がかり、身心をすり減らした大仕事が一応の締めくくりを迎えて、仲間たちに「反省会をやって記録を残そう」と提案したらケンもほろほろ鳥、ものの見事に拒否された。
済んだこと、ましてやっちゃあいけないこと・屈辱的な出来事も枚挙にいとまがないような過去をもういちど思いだしたくもない、誰が悪かったかなんてもういいじゃないか、みんな頑張ったんだもの、記録に残すなんて!忙しいしな。
ぼくは早朝出勤して反省会をやろうといったのだ、嫌われるわけだ。
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これは1937年に南京で日本軍が起こした南京事件、当時から
日本だけを除いて、既に全世界の新聞がNankingRapeとかMASSACRE(マサカー・大虐殺)とかいう風に、固有名詞化して、日本軍の南京暴行虐殺事件として報道している、あの一切の人間的規範をふみにじった、嗜虐症的な行為(本書)
を南京にいて妊娠中の妻や幼子を虐殺されたインテリ中国人を主人公にした、つまり被害者の目で見た小説だ。

1955年に本書が刊行されたときは、南京事件が事実起こったことを疑う人は限られていた。
それが今や「自虐史観」批判が横行「南京大虐殺はなかった」「中国への侵略はなかった」と正気で言い張る人が総理大臣や内閣のほとんどを占めるようになった。
子供たちにも教えなくなった。
教育勅語を奉じる陛下の兵たちによってなされた蛮行をなかったことにして、否定されたはずの教育勅語が復活する。
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「百人斬り競争」はなかったとか死者の数をめぐっての論争が、事件そのものがなかったかのように記憶が修正されていく。
数は観念を消してしまうのかもしれない。この事実を、黒い眼差しで見てはならない。また、これほどの人間の死を必要とし不可避的な手段となしうべき目的が存在しうると考えてはならぬ。死んだのは、そしてこれからまだまだ死ぬのは、何万人ではない、一人一人が死んだのだ。一人一人の死が、何万にものぼったのだ。
非核化、懲らしめる、どんな目的があっても一人一人の命の重さは変わらない。
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人間には未来は見えない。
見える過去と現在を起点にして見えない未来のあるべき姿に向けて歩いて行く。
その過去が歪曲されたり消し去られたら、いったい人間は何を基にして歩いて行けるのだろうか。

酸鼻を極める描写があっても読まれなければならない。
人の死を数値としてしか感じられない人たちがのさばっているのだから。
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岩波現代文庫
Commented by at 2017-04-24 14:34 x
ワタシは若い頃、知り合いの爺さんに恐ろしい写真を見せられた。
白黒の時代。木に人の頭がいっぱいぶら下がっていて、その前に立つ若かりし爺さん。
人の中に潜む残虐を見た。誰にでもあるんやと思うが、どこらへんで人はそれを制御出来るのか?
Commented by jarippe at 2017-04-24 18:15
戦争の事を具体的に聞いた覚えはないけれど
断片的にいろんなところでいろんな人が話していた
いつ頃だったか300万人もの犠牲になった人たちのおかげで
今自分は生きている・・・・と言われ胸にズーンときたこと
その時の事は忘れません
あれもこれもいつのまにか無かったことにしてしまうだなんて
ひどい話です  よく言われたものです
罰が当たるって・・・・・・
⇩の記事  漱石先生は全てお見透しでした さぞかし今の世を嘆いておられることでしょう  今年生誕150年ですね 
Commented by saheizi-inokori at 2017-04-24 21:47
> 蛸さん、戦争は制御不能にしてしまいますね。
怖ろしや怖ろしや、臆病者の私は逃げ出したい。
Commented by saheizi-inokori at 2017-04-24 21:51
> jarippeさん、南京で虐殺された人たちのことを、そういうことをした日本人たちのことを覚え続け・伝え続けることは日本人の責務だと思います。

Commented by wawa38 at 2017-04-24 23:30
そういう事実があったことを、辛くとも、きちんと子供たちに教えるべきだと思っています。百人切りという人数はともかく、そのようなことを手柄として記事にした当時のメディアのことなども。

Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2017-04-25 00:56 x
南京虐殺はあったのか?
なかったのか?真実を知りたいところですが、

Commented by j-garden-hirasato at 2017-04-25 06:29
どんな歴史であっても、
正確に事実を伝えなければいけないと思うのですが、
教育が国に牛耳られているということは、
政権に都合の悪い歴史は、
抹殺されてしまうということですね。
恐ろしい。
Commented by saheizi-inokori at 2017-04-25 08:17
> wawa38さん、そうですよね、それどころかあたかも正しいことをやったかのように、その頃の教えも立派だったかのように教える!怖ろしい健忘症、悪意の健忘症です。
Commented by saheizi-inokori at 2017-04-25 08:18
> 根保孝栄・石塚邦男さん、あったと思いますよ、その規模詳細をできるだけ検証する必要があると思います。関係者がいなくなりつつあります。
Commented by saheizi-inokori at 2017-04-25 08:21
> j-garden-hirasatoさん、抹殺して、異なった「事実」を偽造する。
現在進行中のことでも偽造でっち上げるのですから、関係者がしゃべりたがらない、死に耐えつつある南京事件をなかったと言い張るのは造作もないのかなあ、あいつらには。
Commented at 2017-04-25 12:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ikuohasegawa at 2017-04-25 18:06
数が違うと言い立てて、無かった印象に近づけたいのでしょうが、事件は有った。
Commented by saheizi-inokori at 2017-04-26 00:52
> 鍵コメさん、加川良、知りませんでした。いいですね。
島国根性というのとも違うのでしょうか、不思議な国民だと我ながら思います。
Commented by saheizi-inokori at 2017-04-26 00:59
> ikuohasegawaさん、籠池がインチキだと言い立てて無かったことにしたくとも、安倍夫妻と森友の関係は有った。
Commented by ほめ・く at 2017-04-26 09:36 x
徴兵で大陸に送られ、最初にやらされたのは度胸試しとして、中国人捕虜を結わえつけておいて、銃剣で刺し殺す訓練をさせられた事を本人から聞きました。銃剣で刺される瞬間の捕虜の恐怖の目が、今でも忘れられないと、もう数十年前のことですが、そう語っていました。
百人斬りも南京大虐殺も、事実が被害者の人数の違いにすり替えられてています。問題は中国人を沢山殺したことが当時の軍の中では自慢話であり、それを嬉々として記事にしていたマスコミがあったという事が重要なのです。
Commented by saheizi-inokori at 2017-04-26 10:51
> ほめ・くさん、そしてそれを喜ぶ国民の存在ですね。
ヘイトスピーチやネトウヨの罵詈雑言がマスコミにまで蔓延、政治家たちの教育勅語復活待望、いよいよもって戦前回帰です。
北朝鮮の脅威も作り出されたし。
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by saheizi-inokori | 2017-04-24 10:59 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(16)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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