「敗北」を認めることから始まる 江藤淳「一九四六年憲法―その拘束」

昨日は次男夫妻にお呼ばれ、Mちゃんの手料理、マグロのカルパッチョ、香菜とナスのサラダ、スペアリブ、エビの揚げワンタン、トムヤムクンなどを楽しんだ。
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椎とサンチ、椎が大人しくなったので、大騒ぎはしなかったが、サンチはイマイチ苦手らしい。
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白井聡の「永続敗戦論」を読んで誘われたのが江藤淳。
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戦争の緊張から解放されたあとの虚脱が、知識人たちの眼を覆っていた。
その虚脱を合理化するために、8月15日をもって日本は生まれ変わったとする。
米軍が日本にやって来たのは占領地を征服するためで、それ以外のなんのためでもないことを直感していたのは政治家という実際家たちで、知識人ではなかった。理想主義は占領下という温室に咲いた花であって、ガラスの外には刻々と変化する国際間の力の葛藤がうずまいていることを洞察していたのも、知識人ではなく、政治家であったろう。政治家や大小の実際家たちの時計は動いていたが、理想家の時計だけが8月15日正午で停っていた。これ以降日本は国際的な力の相対的な関係を脱したというのが彼の確信だった。
1960年安保闘争直後に書かれた「”戦後”知識人の破産」は、丸山真男が、8月15日に「ものの本性、事柄の本源」があったという「復初の説」に見られるような政治の仕掛け(戦争に負けたこと)に価値の根源、道徳の中心を見ようとする仮構を批判する。
政治的実行に情熱を見出す人は、道徳をすてて革命にでも保守派の権力闘争の只中にでもおもむくがいい。しかしそれに耐えられぬ人は、粗末にして来た思想とか学問とかいうものをもう少し大切にするがいい。ものの役に立つ思想などという既製品がそこらへんにごろごろしているはずはない。自分の眼で見たことを自分でいう以外に思想に役のたちかたなどありはしない。権力と思想、道徳の野合はもうたくさんである。
とはいえ、今朝の朝日の「折々のことば」にも引かれているように丸山は「政治と文化とをいわば空間的=領域的に区別する論理こそまぎれもなく、政治は政治家の領分だという「である」政治観だ」とその打破を「日本の思想」でも訴えているのだが。
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戦後の日本は、反体制運動も自主防衛も”ごっこ”を続けてきたに過ぎず、真実の経験とは一目盛りずれた経験しかしてこなかった。
それは、われわれの意識と現実のあいだにはつねに「米国」というクッションが介在しているからだ。
”ごっこ”を脱して自己同一性=生き甲斐の回復を成し遂げるためには、日米関係を新しい同盟に切り替えて、佐世保と横須賀から出て行ってほしいと米国を説得することだ。
そしてそれが成し遂げられたときに我々は、敗戦直後の焼け跡と廃墟の前で戦争で死んだ者たちの啾々たる鬼哭に耳を傾けなければならない。
達成された自己同一化とは敗者である自己に出逢うことであり、回復された現実とは敗北にほかならなかった。われわれの運命とは完膚なきまでに叩きつけられた者の運命であり、われわれにとって公的な価値とは敗北した共同体の運命を引き受けるところに生じる価値である。われわれがあれほど渇望し、模索していた自分の正体とは、このようなもの以外ではなかった。(「ごっこ」の世界が終わったとき・1970)
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そして本書の冒頭に置かれた1980年の「一九四六年憲法―その拘束」が、現憲法がアメリカの脅しを伴う押しつけによって成立したことを史料で明らかにし、とくに第九条二項に定める「交戦権」の否認が主権制限条項であり、米国の対日不信の象徴であることを指摘し、
米国はいつかその不信感を払拭し、より強力で、より少なく米国に依存するようになった日本に耐え、それを受け容れ、そのような日本と同盟し、共存する決意が生まれれば、疑いもなく日米関係の将来は明るいにちがいない
という。
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「”戦後”知識人の破産」において、思想・道徳と政治を切り離そうといいながら、「『ごっこ』の世界が終わったとき」では、自己同一化とは「公的な価値とは敗北した共同体の運命を引き受けるところに」あるという。
そしてその共同体=国家が改憲によって交戦権を得ることが日本人の自己同一化=『ごっこ』からの脱出の実現につながると言わんばかりだ。
白井聡は解説でこう批判する。
(改憲によって交戦権を回復することで日本人が本当の意味で生きることができるようになる、という論理は)単純化されて、「戦後日本が立派な国でないのはアメリカ製の憲法のせいだ」と米国の世界戦略を支持する人が言って憚らない、という奇妙な状況を生んできた。これらの人士は、敗戦によって背骨を折られたナショナル・プライドを最強国家アメリカへのすり寄りによって維持することで自己を支えてきた人々であり、彼らの思考回路に「権力と思想の峻別」などもとよりありようもない。この勢力に江藤の議論が言葉を与えてしまったことは、途轍もない逆説であった。
3.11が原子力推進という国策の前には民主主義など微塵も存在しえなかったという事実を明らかにした現在、戦後民主主義を微温的に支持しても事態の改善には役立たない。
戦後民主主義に対する最も本質的で鋭利な批判、これを検討し、内在的に乗り越えることによってしか、いま進行中の戦後民主主義の破滅的自滅への道行きを止めることはできない。
(アメリカへの)自発的隷従と自立との区別を見失った低劣な者たちから奪還すべきものとして江藤のテクストがあると白井は結ぶ。

文藝春秋
Commented by 旭のキューです。 at 2016-08-14 15:12 x
71回目の終戦記念日になるんですね。
Commented by unburro at 2016-08-14 16:39
「権力と思想の峻別」とか、政治家と知識人とか、
書かれている事を、理解しようと、すればするほど、
スペアリブやトムヤムクンとかが気になって、考える事ができません。
トドメにスイーツ…思考停止です!

権力と思想が、峻別される必要があるのかどうか分かりませんが、
難しい本と美味しいものは、峻別されるべきではないでしょうか‼︎
Commented by saheizi-inokori at 2016-08-14 20:11
> 旭のキューです。さん、私は敗戦記念日と呼びたい。
Commented by saheizi-inokori at 2016-08-14 20:13
> unburroさん、敗戦は何よりも飢餓、肉体的なものだった、思想の革命ではなかっただろうと、江藤はいうのですよ^^。
Commented by j-garden-hirasato at 2016-08-15 06:49
昨夜、
TVで「日本で一番長い日」を観ました。
いろいろ考えさせられました。

サンチくん、
常に怯えた表情です。
よほど苦手なようですね。
Commented by at 2016-08-15 07:28 x
スペアリブがおいしそうです。
昨日の民放の番組で俳優の佐野史郎がステーキを食べながら、
「昭和30年代の少年の憧れ、漫画にしか出てこない」というようなことを言っていて同感しました。
時の流れというものは・・・
戦後をどう考えるかという問題について8月のこの時期には考えなくてはならない、そう思っております。
Commented by saheizi-inokori at 2016-08-15 09:40
> j-garden-hirasatoさん、「日本で、、」、本は読んだような気がします。
映画かな、それとも。
サンチは目の周りの毛の刈り方のせいでいつも哀しそうな顔に見えるのです。
今回は前回と違ってそれほど怯えてはいなかったと思います。
Commented by saheizi-inokori at 2016-08-15 09:44
> 福さん、カレーライスも肉なしが多かったですものね。
それでも今夜はカレーと聞くと歓声を上げたものです、いったい何杯お代わりしたんだろう。
Commented by ikuohasegawa at 2016-08-15 12:06
父の詫び状、また読みたくなりました。
Commented by saheizi-inokori at 2016-08-15 21:40
> ikuohasegawaさん、読まれていたのですね。
年をとってから読むと格別の味わいがあるようにも思います。
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by saheizi-inokori | 2016-08-14 14:24 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(10)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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