末廣亭で四月をしめて美しい五月に突入
2016年 05月 01日
自力で歩けなくなった母親を娘が訪う。
その一部はこうだ。
長い歳月を生きて
もう じゅうぶんに悲しんだひとへの嘘を
せかいは 許してくれるだろう
破壊された街を
死んだ人たちを
私の手のひらでかくして
おかあさん おだやかな美しい五月です
ゆっくりと 嘘をつく
シューマンの「美しい五月に」を想って、探したら別の美しい五月の歌がヒットした。
今朝の公園、いつもは親子連れや子供たちの歓声が聞こえるのに、こんな光景。
それぞれの人生をしょって、美しい五月の日向ぼっこ。
二階席も半分ほど埋まった大盛況。
最前列の補助椅子に案内してくれた、高座への出入りがばっちりみられる特等席なのだが、床に傾斜があるのと折り畳み椅子なので尻が痛くなる。
才賀・漫談
マギー隆司・奇術
とぼけた演出に客たちは大喜び。
川柳「ガーコン」
宴会で蛮声を張り上げて軍歌を歌った若き日、恥ずかしくも懐かしい。
文楽「悋気の火の玉」
小菊・三味線俗曲
権太楼「代書屋」
スマホで何でもすぐわかっちゃうから、知らない者同士の、たとえばホオズキ市の由来はなにかをめぐってそれぞれが揣摩憶測、ああでもないこうでもない、みたいな会話の面白さがなくなる。
何度も聴いたマクラ、きょうは共感ひとしお。
代書屋はどっかんどっかん、沸いたなあ。
ベビースターラーメン入りの蕎麦、って俺には「ベビースター」がわからない。
落語の言葉は死語になりつつある、「長屋」ですら、解説がいるんですよ、40代の米朝が嘆くテープを聴いたが、そろそろ老人向け解説も必要だな。
ホンキートンク・漫才
笑ったなあ。
一朝「子ほめ」
小満ん「宮戸川・㊤」
「世の中は男と女」という常套のマクラも、そろそろ時代に合わなくなるのか。
渋い話しぶりなのに、初心とも思われる満員の客たちが笑うところ聴き入るところを、みごとに聴き分けた。
仙三郎社中・太神楽
曲芸は間近に見ると迫力が違う。
固唾をのんだ。
この間、権太楼で聴いたばかりの演目、対照的に折り目正しく、抑制された仕草などが、聴いているうちにだんだん心地よくなる。
サゲが「笠をつけたまんまだった」で終わらない。
なくもがな。
朝之助「強情灸」
ニックス・漫才
志ん好「幇間腹」
なかなか。
文左衛門「手紙無筆」
この人まで聴いて帰ろうと決めて、残っただけの満足ありき。
極く細かい、塩辛い味付けをしたお菓子のラーメンです。
今でも、コンビニで見かけると、買っちまいます。
もんじゃ焼きに入れることもありますが、蕎麦じゃ・・・ダメでしょう(笑)