昔の駅弁の旨さ 脳で味わうもの
2016年 04月 15日


家族、とくに夫婦でやっているような店は、チエ―ン経営とは違う味わいがあるのだが、一人でも病気になったらどうにもならない。

銭湯には入れなかったけれど、乙川優三郎が激賞していた小説を読めるかと思うと心が弾む。

食べ物の旨さには、二つの方向がある。
一つは、コンテキスト(脈絡)に依存している旨さ、味覚だけではなく認識、舌だけでなく脳も使って味わっているような旨さ、もう一つは、コンテキストに関係なく化学的・普遍的に万人の味覚を満足させる旨さ、だという。
帰省途中で食べた昔の駅弁などはコンテキスト依存の賜物。
ご馳走が詰まっていたり、上等な具が載っていたりしたわけではないけれど、じつにうまく感じた。
あれは、移動中の非常食とはこんなものだという状況認識に支えられたのだという。
百閒が列車食堂が大好きで、列車食堂は旨くないという人を、汽車に乗って窓外に流れる景色を見ながら、ご馳走を食おうという魂胆を批判していた、あれだ。

あれはコンテキスト抜きでも旨かったと思うよ。
ところが最近人気の駅弁は、脱コンテキスト、肉を多用して、誰がいつどこで食っても美味しく感じるという商品的な普遍性を追求したものだ。
豊かになった、と喜んでばかりはいられない。
けっきょくそれは個性をなくしたものになり、本当の「郷土料理」やかつての駅弁のような、舌だけでなく脳も動員して味わう多彩な旨いものを圧迫しているように見える、と筆者はいう。
科学的に美味しければよい、という感覚の蔓延は、実用性や利便性を最大目的とする実学一辺倒の知識や技術を至上とし、それらをどんなコンテキストの中で活かすべきかを考える人文科学的知性を無駄なものとして軽視する風潮と、どこかで結びついているような気がする。
と。

料理だけではない。
商業主義が衣の下から透けている、どこにもある「おもてなし」。
画一的な「個性的」であり効率的な建築物。
いやだね、化学調味料だ、後口が悪くなる。

有名景勝地の桜、名湯、有名シエフの目を奪うようなご馳走とは無縁の者たちだ。
だけど、俺にはどこよりも美しく、心休まる、旨いものたちだ。

老化した桜よ、「はじめ」のママよ、「栗の湯」の人よ、お大事に、また会いましょう。
個性を尊重しようといいながら
横並び 万人の口に合うようにって・・・
特に駅弁などは地域の味を詰め込んでほしいですね
日本中同じになったらつまらないですね
武蔵野のほうだと紫色の菜の花が多く、荒川まで行くと黄色の菜の花が目につきます。
どの菜の花もよく探せばどこにでも咲いてるんでしょうけど、大雑把にそんな印象があります。
菜の花にも地域によって色が違うのが面白いです。
いう野の草かと思ってしまいました。菜の花も白があるのですね。
科学的に美味しければよい、というようなことを考える人たちが、大学から 「文系を失くしてしまえ」 ということを言ったりするのでしょうね。
ミシュランの星の数でうまいまずいを判断したりするのも。
自分の感性よりも「客観的な」なにかに頼らざるをえない、「自分の感受性くらい」も守れない人々。
秋田もようやくさくらが咲きました。
saheiziさんのブログで懐かしく思い出したこと。
私が20代の頃は駅弁は経木の箱に入っていたことです。
京都が好きだった私は仕事の合間に日本海という寝台列車に乗っていました。
仕事から家に帰って準備して列車に乗っていたので、夕食は駅弁でした。
寝台が向かいになったおばあさんが、『私にご飯が入っていない』と言ったので、見てあげたら経木の蓋についていました。
『全部つくなんてね!』と大笑いしました。
『何歳になってもそそっかしいの』と恥ずかしそうに笑いました。
今は紙の箱にプラスティックの仕切りが入っていますね。
自然の包装が消えて久しいですね。
銭湯の人早く良くなりますように。
その前は藁苞、どうしても一粒二粒取りにくかったような気がします。
差し向かいの客といろいろ話したり、お菓子を貰ったり(あげることはない^^)して行く汽車の旅も懐かしいですね。
旅の恥はかきすて、ということでもないでしょうが、思いがけない打ち明け話をするひともいた。
なんどか、いろんなところで同じような貼り紙をみました。
銭湯だけでなくいろんな店でみましたが、とくに銭湯歩きで毎回違う銭湯を探して歩いたころにやっとたどり着いた銭湯が休業だったり建物が壊されて新しいビルが建築中だったりしたことが多いです。
顔をみたこともない人でも寂しいものです。
とくに閉店のお知らせはつらいですよ。