都市の暴動を起こすのは誰か 藤野裕子「都市と暴動の民衆史ー東京・1905-1923年ー」
2016年 04月 06日
今朝の天声人語に4日に81歳で亡くなった安丸良夫のことが書いてある。
学生時代、アルバイトで神道系教団「大本」の70年史を編んだことがきっかけとなり、百姓一揆、廃仏毀釈、自由民権思想に関心を持ち、支配者の思想ではなく支配される側の思想を見つめた。
勤勉、倹約、謙譲、孝行、忍従、正直、献身、粗食、早起きーこれらを「通俗道徳」と呼び日本社会の近代化を支える背景だったと論じた、とある。
安丸良夫の著書を読んだこともないのだが、どこかで目にした名前だと思ったら、、
なんと昨日読んでいた、藤野裕子「都市と暴動の民衆史ー東京・1905-1923年ー」に出てくるのだ。
1905年9月、日露戦争講和条約の締結に反対する日比谷公園の集会に端を発し、二日間にわたって東京全市にひろがった民衆暴動は、国民新聞社、内務大臣官邸、警察署・派出所、キリスト教会、路面電車などを破壊し焼き打ち(市内派出所の7割は焼失)する。
その後、1918年の米騒動にいたるまでの13年間で東京では9回もの暴動が頻発する。
本書は、
「なぜこういう暴動が発生したのか、民衆の暴力行使の根源には何があったのか、なぜ米騒動後に終息していくのか、を新聞・警察史料・裁判記録などを手掛かりに、暴動を生み出し/暴動に揺り動かされる日本社会のダイナミックな転換を、名もなき人びとを正面に据えて、その息づかいも含めて、一冊の本に叙述しようという試み」
であり、まだ途中までしか読んでいないがなかなか面白い。
(今年は毎日朝な夕なに呑川の桜を堪能した)
筆者は、東京の暴動の主役たちは、工場労働者・職人・日雇人夫などの若い男性労働者であり、彼らの多くが、飲む・打つ・買う・暴れる・喧嘩する・刺青を入れるなどの「男らしさ」の価値体系を共有していて、それが暴動へと駆り立てた根源的な要因だったと見立てる。
なんだか、落語に出てくる長屋の江戸っ子たちのようだ。
もっとも本書の分析では、彼らの多くは人夫部屋や木賃宿に住んでいる。
さて安丸さんについての叙述だ。
頻出する、そのひとつ。
かつて安丸良夫は、通俗道徳を、近代化過程で荒廃した農村を立て直すために民衆の内部から沸き上がった自己規律・自己変革の思想と捉え、「厖大な人間的エネルギーの噴出」と評価した。そのうえで、しかし通俗道徳は、いかなる努力をもってしても没落者が構造的に排出される資本主義社会において、構造的にもたらされたはずの貧困を怠惰・遊蕩などの個人の資質の問題に還元する欺瞞的なイデオロギーとなったと論じた(この部分は天声人語氏は触れていない)。
そして藤野・筆者は敷衍する。
まさに構造的な没落者であった男性労働者は、通俗道徳の欺瞞性を一身に受けた存在であった。そのなかで彼らは通俗道徳の徳目を転倒させた価値体系を形成し、そこを生きることで自らの矜持を保っていたのである。思想とも意識とも呼べないその無自覚な実践のかたまりは、収奪の激しい過酷な近代都市の底辺をそれでも胸を張って生きようとする、やはり「厖大な人間的エネルギーの噴出」であり、欺瞞に満ちた社会規範に対する対抗文化であって、、(略)能動性や活力に満ちあふれていた、、
しかしそのことを手放しで評価することはできない、というのは、
この主体的な営為が成り立つ陰には、彼らに買われていた下層の女性が存在した。
男性労働者の誇りの一端は、女性の性を踏み台にする形で獲得されていたのであり、この価値体系はあくまでも男性の論理によって構築されていた。
さらに、この対抗文化は、彼らを社会的にいっそう孤立させる方向に作用した。
対抗文化は、男性労働者にオルタナティブな価値を提示する一方で、疎外感を不可避的に抱え込ませ、その疎外感ゆえに、彼らは一般社会から孤立した文化にいっそう依存していく。
彼らにも個人商店主になりたい、政治家になりたい、などの飛躍的上昇志向はあった。
とくに苦学生はそのために下層社会で一時的に学資を稼ごうとした。
(カミさんの近作)
解消されることのない疎外感や孤立感、およびそれと結びついた上昇志向は、彼らの中に一触即発の状態で潜在し、時折、下層労働内外の上層に対する反逆性となって噴出していた。
勤勉・貯蓄・正直などの通俗道徳に背を向けて怠惰・放埓な対抗文化に価値を見出し社会に反抗的態度を取る。
うちに蓄えられた怒りが、デモや集会・警察の失態などのきっかけを捉えて噴出する。 (「八志希」で)
歴史は繰り返す。
デモや集会の規制が強化されているようだ。
有志舎
学生時代、アルバイトで神道系教団「大本」の70年史を編んだことがきっかけとなり、百姓一揆、廃仏毀釈、自由民権思想に関心を持ち、支配者の思想ではなく支配される側の思想を見つめた。
勤勉、倹約、謙譲、孝行、忍従、正直、献身、粗食、早起きーこれらを「通俗道徳」と呼び日本社会の近代化を支える背景だったと論じた、とある。
安丸良夫の著書を読んだこともないのだが、どこかで目にした名前だと思ったら、、
なんと昨日読んでいた、藤野裕子「都市と暴動の民衆史ー東京・1905-1923年ー」に出てくるのだ。
その後、1918年の米騒動にいたるまでの13年間で東京では9回もの暴動が頻発する。
本書は、
「なぜこういう暴動が発生したのか、民衆の暴力行使の根源には何があったのか、なぜ米騒動後に終息していくのか、を新聞・警察史料・裁判記録などを手掛かりに、暴動を生み出し/暴動に揺り動かされる日本社会のダイナミックな転換を、名もなき人びとを正面に据えて、その息づかいも含めて、一冊の本に叙述しようという試み」
であり、まだ途中までしか読んでいないがなかなか面白い。
筆者は、東京の暴動の主役たちは、工場労働者・職人・日雇人夫などの若い男性労働者であり、彼らの多くが、飲む・打つ・買う・暴れる・喧嘩する・刺青を入れるなどの「男らしさ」の価値体系を共有していて、それが暴動へと駆り立てた根源的な要因だったと見立てる。
なんだか、落語に出てくる長屋の江戸っ子たちのようだ。
もっとも本書の分析では、彼らの多くは人夫部屋や木賃宿に住んでいる。
さて安丸さんについての叙述だ。
頻出する、そのひとつ。
かつて安丸良夫は、通俗道徳を、近代化過程で荒廃した農村を立て直すために民衆の内部から沸き上がった自己規律・自己変革の思想と捉え、「厖大な人間的エネルギーの噴出」と評価した。そのうえで、しかし通俗道徳は、いかなる努力をもってしても没落者が構造的に排出される資本主義社会において、構造的にもたらされたはずの貧困を怠惰・遊蕩などの個人の資質の問題に還元する欺瞞的なイデオロギーとなったと論じた(この部分は天声人語氏は触れていない)。
まさに構造的な没落者であった男性労働者は、通俗道徳の欺瞞性を一身に受けた存在であった。そのなかで彼らは通俗道徳の徳目を転倒させた価値体系を形成し、そこを生きることで自らの矜持を保っていたのである。思想とも意識とも呼べないその無自覚な実践のかたまりは、収奪の激しい過酷な近代都市の底辺をそれでも胸を張って生きようとする、やはり「厖大な人間的エネルギーの噴出」であり、欺瞞に満ちた社会規範に対する対抗文化であって、、(略)能動性や活力に満ちあふれていた、、
しかしそのことを手放しで評価することはできない、というのは、
この主体的な営為が成り立つ陰には、彼らに買われていた下層の女性が存在した。
男性労働者の誇りの一端は、女性の性を踏み台にする形で獲得されていたのであり、この価値体系はあくまでも男性の論理によって構築されていた。
さらに、この対抗文化は、彼らを社会的にいっそう孤立させる方向に作用した。
対抗文化は、男性労働者にオルタナティブな価値を提示する一方で、疎外感を不可避的に抱え込ませ、その疎外感ゆえに、彼らは一般社会から孤立した文化にいっそう依存していく。
彼らにも個人商店主になりたい、政治家になりたい、などの飛躍的上昇志向はあった。
とくに苦学生はそのために下層社会で一時的に学資を稼ごうとした。
解消されることのない疎外感や孤立感、およびそれと結びついた上昇志向は、彼らの中に一触即発の状態で潜在し、時折、下層労働内外の上層に対する反逆性となって噴出していた。
勤勉・貯蓄・正直などの通俗道徳に背を向けて怠惰・放埓な対抗文化に価値を見出し社会に反抗的態度を取る。
うちに蓄えられた怒りが、デモや集会・警察の失態などのきっかけを捉えて噴出する。
歴史は繰り返す。
デモや集会の規制が強化されているようだ。
有志舎
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ikuohasegawa at 2016-04-06 18:24
サンチ、みーつけた。
0
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nenemu8921 at 2016-04-06 18:42
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sweetmitsuki at 2016-04-06 19:16
暴動を起こしたのも民衆、天皇を絶対視したのも民衆。
ならば戦争を選んだのは他ならぬ民衆以外の何物でもないでしょう。
あれから70年が経ちましたが、やっぱしアベノミクスを盲目的に追従しているのは、これまた民衆です。
何も変わっちゃいないのです。
ならば戦争を選んだのは他ならぬ民衆以外の何物でもないでしょう。
あれから70年が経ちましたが、やっぱしアベノミクスを盲目的に追従しているのは、これまた民衆です。
何も変わっちゃいないのです。
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saheizi-inokori at 2016-04-06 21:36
> ikuohasegawaさん、ハイ、サインの代わりらしいです。
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saheizi-inokori at 2016-04-06 21:37
> nenemu8921さん、昔の通り一遍の歴史学とは違って生き生きと民衆の息づかいまで感じられる、楽しい学問の書です。
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saheizi-inokori at 2016-04-06 21:41
> sweetmitsukiさん、そんなことを言えば常に民衆がすべての責任を負わなくちゃならない。
民衆に正しい判断ができるような情報を与えなかったり、力づくで言いなりにするのはやはり権力者が悪いのでしょう。
何も変わっちゃいないのは同感ですが。
民衆に正しい判断ができるような情報を与えなかったり、力づくで言いなりにするのはやはり権力者が悪いのでしょう。
何も変わっちゃいないのは同感ですが。
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j-garden-hirasato at 2016-04-07 07:00
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saheizi-inokori at 2016-04-07 09:02
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saheizi-inokori at 2016-04-07 21:53
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fukuyoka at 2016-04-07 22:24
満開の桜は鳥も花もサンチもみんなが幸せなんですね!視点が広くていい絵ですね。
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saheizi-inokori at 2016-04-07 22:25
by saheizi-inokori
| 2016-04-06 13:23
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
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Comments(12)