本こそ命 暗いユーモア ミハイル・エリザーロフ「図書館大戦争」

台北旅行中、飛行機のなかを含めていっさい本を読まなかった。
ミステリや俳句の本を持って行ったのに開きもしなかったのだ。

かつては飛行機のなかでもよく読んだ。
「ノルウエイの森」はヨーロッパ、「空海の風景」「硫黄島からの手紙」はアメリカ、読んだ時の機内のシーンも思い出せるくらいだ。
ハワイのホテルの前庭で気持ちの良い風に吹かれながら読んだミステリは何だったか、面白かったことだけを覚えている。
本こそ命 暗いユーモア ミハイル・エリザーロフ「図書館大戦争」_e0016828_12203330.jpg
テレビはニュースしか見なかったのに、さいきんは「ブラタモリ」「孤独のグルメ」「プレバト」「イッピン」「路線バスの旅」なんかは録画してもらってみることが多い。
好みが変わったのは年のせいか。
そういえば、台北旅行でも酒も食い物も以前よりずいぶん量が減ったような気がする、これも年かな。
本こそ命 暗いユーモア ミハイル・エリザーロフ「図書館大戦争」_e0016828_12172414.jpg
というわけで、本書は旅行前に読んだもの。

1973年ウクライナ生まれの作家の2007年の小説だ。

ソ連時代の”まったく無名のまま生涯を終えた”グロモフなる作家の書いた本、
ソ連という国の成立をテーマに取り上げ、地方の市町村の質素な暮らしを賛美し、炭鉱や工場、果てしない処女地、収穫量をあげるための戦いについて書いた本、
愛情と人民としての勇気を失わない、決断力があり、陽気で、献身的に労働しようとする人々が主人公で、痛々しくなるほど必ず善が勝つ小説、
そのほとんどが失われた。

それらの本を評価して、奇蹟的に残っている本を手に入れるためなら戦争を辞さない人々がいたという、恐ろしくも暗いユーモアを湛えたフアンタジックな現代小説。

グロモフ・コレクターは作家が付けた書名と異なるタイトルでそれらを呼んだ。
いわく、力の書、権力の書、憤怒の書、忍耐の書、喜びの書、記憶の書、意味の書、、。
知恵の七柱か。
本こそ命 暗いユーモア ミハイル・エリザーロフ「図書館大戦争」_e0016828_12215381.jpg
本とは複雑で幅広い心身のスペクトルを伴って遠隔作用する信号・記号構造であり、どの本=プログラムも、同居するサブプログラムを内包している。
そのサブプログラムとはコード化されたサブテクストであって、集中して通読するという二つの条件を満たすと活性化する。
そうすると、読書する人間の個性が無力化されて、、
たとえば、力の書を読んだ時は、信じられないような力が発揮できるし、忍耐の書ならば何事も耐え忍べるのだ。

人生に絶望した孤独な人びとがグロモフ・コレクターとなると、彼らはそれぞれ司書(リーダー)を中心に読書室・図書館を組織し、とても温かな空気で結びつけられる。
それらの読書室・図書館は、おたがいに牽制しあい協力し合うが、つまるところは敵対(殲滅)しあう。

戦いのシーンがグロテスクに描かれる。
銃の使用は禁じられているが、斧、槍、鎌、鎖分銅、刀、、素朴にして手強い武器を使う荒々しい限りの残虐なものだ。
アイスホッケーの防具、獣の頭骨、硬貨を張り付けた鎧、鎖帷子、発泡スチロールの角材を張り付けたキルトジャケット、、奇想天外な代物で武装する。

評議会が認めた決闘には評議会が立ち会い、買った方は本を手に入れ自軍の死者を自動車事故や火事・自殺などの普通の死に偽装しちゃんとした弔いができるが負けた方は死体をあとかたもなく始末しなければならない。
本こそ命 暗いユーモア ミハイル・エリザーロフ「図書館大戦争」_e0016828_12231156.jpg
(台北のタクシー、運転席の脇にユリの鉢を置いて、消臭剤代わりらしい)

七冊の本を読む者は、疲れも眠りも知らず、食事も不要。
死はその献身的な労働よりも小さなものなので、彼を服従させることはできない。

 大人になった私は、ソ連の実像ではなく、状況が違えばそうなっていたかもしれないソ連像を愛した。生活苦で自分の長所を発揮できなかったからといって、善人を咎めることはできないではないか。

主人公の言葉だ。
社会主義や共産主義などの信仰対象が亡くなって、「本」、なのだ。
だが、その「本」を守る人びとの読書室も累卵の危き。

キリスト教を亡くしてしまった人たちが「私はシャルリだ」といって難民・移民・異教徒を敵視する。
壁を作るというトランプに喝采をする。

北川和美 訳
河出書房新社


Commented by unburro at 2016-03-15 18:49
有川浩の「図書館戦争」は、これのパクリ?か、
と思いましたが、ほぼ同時期の発表のようですね。
内容も、似ているようですが、どういう関係があるのでしょう?
面白いですね…
Commented by at 2016-03-15 20:57
「ノルウェイの森」くらい驚いた作品はありません。
よく売れるのは所詮、俗受けで詰まらん、と思い込んでいた私に認識転換を迫った本です。
某所で少し読んで結局本を買って読了しました。
佐平次様はヨーロッパ行きの機内で呼ばれたそうですが、そうしたインターナショナルな普遍性があります。
村上作品には孤独と憂愁が漂っている、しかし、それは近・現代日本文学固有の情緒的に処理されているそれではなく、極めて構成的、理知的に処理されているものである、と言ってみたいと思います。
つまり、村上作品は上質の純粋音楽なのです。

Commented by saheizi-inokori at 2016-03-15 21:40
> unburroさん、原作は2007年ですが日本語訳は去年くらいに出ているようです。
原題は「司書」、むしろこっちが有川を意識したか(出版社が)もしれない。
訳者あとがきで有川さんの本の題に似てしまったと弁解?してますが。
有川本は読んでないのです(映画もみてない)が、こっちの方が重たいかもしれないです。
翻訳に3年とかかかったという、難解な原文らしいです。
Commented by saheizi-inokori at 2016-03-15 21:44
> 福さん、村上作品はあまり読んでないのですが、これは面白かったなあ。
中身は忘れましたが。
あの小説の冒頭だったかに飛行機が着陸するときに音楽が聞こえるというような描写があって、それが自分が飛行機に乗っている気分とシンクロしたことを覚えています。
Commented by j-garden-hirasato at 2016-03-16 07:05
何ですか、この家は。
形も色も…。
よほど目立ちたがり屋なんですね(笑)。
Commented by saheizi-inokori at 2016-03-16 10:27
> j-garden-hirasatoさん、旧日本の酒工場跡に開発されたアミューズメント施設でみた、逆さまの家、ほかにもあるはずです。
入ったことはないのですが。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by saheizi-inokori | 2016-03-15 12:33 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
カレンダー