志ん朝の「駒長」を聴く

いつも枕元にCDとカセットテープをセットして寝る。
どちらも落語、寝付くときと夜中に目が覚めた時に聞くのだ。
だいたいはマクラで寝てしまうがサゲまで聴いても眠れないときは別のを聴く。
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昨日は、志ん朝の「駒長」を聴いた。
俺は学生時代のわずかな寄席経験では志ん生とか円生、小さんの時代。
社会人になって落語とは無縁になると、志ん朝とか小朝が売れ出したようだが、彼らの落語を聴いたこともない。
タレントとしてテレビでもてはやされたり、スポーツカーを乗り回すとかいうゴシップを見聞きして、甘ったれ坊ちゃんが、とやっかみ半分苦々しく思っていた。

その後、彼の落語はそうとうなものだということを知識として知ったが、たまにぶらっと寄席に行く程度では未知との遭遇は果たせなかった。
亡母を連れて夏の浅草、住吉踊り(志ん朝の熱意で毎年やっていた)を見に行った時に母の喜びぶりもそうとうだったが、このイベントに参加している芸人たちが志ん朝を心から慕っている空気を感じて、おや勘違いをしていたかなと思った。
むろん、彼の踊りも短い高座も楽しかった。

15年前の秋、63歳で亡くなった日の翌日、俺は新宿末広亭の昼席に行ったのだ。
切符売り場で俺の前の中年の男が「昨日は眠れなかった、悔しい!」と中の人にいって泣いていた。
彼の40代の頃の音源テープを15巻(30席)に集めた全集を買ったのはそれよりも前だったか後だったか。
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せんじつ、小満んのあとの居残り会で志ん朝のことが(いつものように)話題に上った。
彼らは志ん朝の生の高座を見て育ったような世代でもあり、志ん朝・命みたいなところもある。
東銀座の志ん朝がよく来たという店に行くと、どこに座ったの?と訊いたり、彼の飲みっぷりを聞いては遠くを見る目をするのだ。
また店の親父が志ん朝の粋なエピソードを、何度でも繰り返して聞かせる、その楽しそうなこと。
そういうときに俺はちょっと寂しさも感じる。
テープで聴く志ん朝、早口の志ん朝、やたらに笑い声が上がる録音、たしかにうまいけれど、、。
そんなにスゲーのかよ。
小満んのあのゆったりした味わいがあるのかね。
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昨夜は違った。
「駒長」(NHKラジオ深夜便の録音)を最後まで聴いて、ほとほと感心した。

借金取りが来てもどうにもならない貧乏な夫婦。
夫・長兵衛が悪だくみ、どうも女房に気のあるらしい貸し衣料屋に美人局まがいの罠をしかけて金を脅し取ろう。
嘘から出た誠、女房は優しい貸し衣料や・丈八にほだされて、なにも乱暴で甲斐性のない長兵衛といつまでも一緒にいることはない、丈八さん、連れて逃げておくれ。
そうとは知らない長兵衛が、そろそろ決定的現場を押さえてやろうと、外で時間をつぶして(バカですねえ、飲んじゃうんですよ)帰ってみると家はもぬけの殻、そとでカラスが「あほーあほー」。

マクラでカラスがノンベイをからかう話をふる(サゲに利いてくる)。
どうということもない噺なのに、とぼけた味わいがある。
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(今年初銭湯「天狗湯」)

長兵衛と女房のやり取り、喧嘩の練習だと言って女房をひっぱたく、練習なのにやりすぎて、おお痛い!
「すまんなア、今度はそっとやるから」という長兵衛は女房を愛してはいるのだ。
暗い部屋で目をつむって聴いていると、ほんとにふたりが居てせっぱつまったやり取りをしているようだ。
そこに丈八が入ってくるとまごうことなく三人になる。

居残り会のみんなが口をそろえていったように、長兵衛が話し終わってから女房、女房が終わってから丈八がしゃべるという普通の(物理的にはそうでしかありえないのだが)会話ではなく、長兵衛がしゃべっているのが終わらないうちに女房が口を出し、そこに丈八がかぶせて「何をするんです」と悲鳴をあげる。

はっきりと年増の声(色っぽい)と伝法な江戸っ子・長兵衛、商人らしい丈八の上方弁が聴き分けられる。
しかも、スピーディな展開の中で、瞬間瞬間に変化する彼らの心の動きが声の表情に表れ、彼らの様子が映画を見ているように見てとれる。
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(11月以来、お約束の「八志希」、6人の集い)

30分足らずの間に三人の人生の時の時をくっきりと描き出す。
ストーリー展開と人物像への興味、笑い、哀感、すべてが間然するところがない。

いやはや、今頃気が付いたのだ。
やっぱり志ん朝は天才でござんした。
居残り会で志ん朝のことを話しながら言葉に詰まった人の気持ちがわかった。
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(ノドグロ)

紹介したい本があるのに、枕のつもりで書き始めたら長くなったので今日はここまで。



Commented by kogotokoubei at 2016-01-22 23:32
『駒長』には、お駒も丈八も登場しますね。

昭和56年4月の、あの「志ん朝七夜」楽日の高座かと思います。
私は、残念ながら生の志ん朝の高座に縁がなかったんですよ。

この頃の志ん朝の音源、ちょっと言葉に表現できないくらいに凄いです。
もちろん、大須もいいんですがね。

大西信行さんの訃報に、ちょっと重い気分ですが、きっと天国では名人上手と聴き上手が集まって賑やかなことでしょうね。
Commented by saheizi-inokori at 2016-01-23 09:29
> kogotokoubeiさん、私のテープはNHk深夜便、いつの高座なんでしょうか、すごすぎるからかえってすっと耳を通り過ぎてしまうのだと思いました。
Commented by ikuohasegawa at 2016-01-25 10:16
志ん朝は、面白いと思っても天才という評価が解りませんでした。改めて聞き直してみます。
正蔵は、過日の放映でオッと思いました。無理に笑わせようとしなくなっていて、好感を抱いておりました。
Commented by saheizi-inokori at 2016-01-25 10:50
> ikuohasegawaさん、私もそんなに高い評価をしてなかったのですが、先夜は思い知らされました。
あまりにも自然に会話が流れると、当たり前の会話だと聞き流しますが、やる側にしてみればすごい技を駆使しているのでしょう。
それがわかったような気がします。
正蔵、同感です。
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by saheizi-inokori | 2016-01-22 12:49 | 落語・寄席 | Trackback | Comments(4)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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