ゴンクール賞ってブラックユーモア賞? ピエール・ルメートル「天国でまた会おう」

春団治の逝去を知って関連記事を書いた時から、「鋳掛屋」に出てくる「おったん、おったん」という、いたずら坊主が現実に高座にいたような気がする。
ちっちゃな手を春団治にひかれて袖から出てきたような、それをちゃんと見たような気がしてならない。
今朝も起き抜けにその子を見た記憶がよみがえったのだ。
どういうこっちゃ。
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フランスのミステリ作家・ルメートル、「その女アレックス」は、あまりの評判に誘われて大枚900円もはたいて自費購入したけれど、感想はビミョーだった。

これは、ミステリではない小説でゴンクール賞を取ったというので、こんどは図書館から借りた。

第一次大戦の終わりごろ、まじめだが小心者のアルベールは、もう決着がついているのだからやらいでもの突貫攻撃を強いられる。
戦功をあげて英雄になり出世し金儲けもしたいという没落貴族の末裔・アンリ・ドルネー=プラデル中尉はもうひと戦をしたかったのだ。
すでに疲れ切って厭戦気分が横溢している部隊の士気を高めて、ドイツ軍の守る高地を落とさなければならない。
そのために、偵察に出した兵二人を後ろから撃ち殺す、あたかもドイツ軍に撃たれたかのようにみせて。
怒りに燃えるフランス兵たち、突っ込め~!プラデルの号令。
アルベールは走っていく途中で死んだ偵察兵の遺体をみる。
弾丸は背中に穴をあけている。

やばい!プラデルはアルベールを砲弾がえぐった深い穴に突き落とす。
アルベールが生き埋めになって死んだ、と思ったら。
大金持ちの息子、天才的な画才をもったエドゥアールは必死の思いでアルベールを掘り出す。
アルベールは蘇生、そのとき銃弾がエドゥアールの顔の半分をもぎ取ってしまう。
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戦後、アルベールは、モルヒネ中毒になり親の元に帰ろうとしない(戦死した兵の名前になり自分は戦死したことにする)、奇怪な顔の整形手術も受けようとしないエドゥアールとともに暮らし、その世話をする。

絶望的な人生。
エドゥアールは前代未聞の大詐欺を考え出す。
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(長野の酒)

一方、プラデルは思い通り大尉になり、事業家として成功をおさめる。
欲望は果てしない。
戦地のあちこちに仮埋葬されている戦死者たちの集団墓地を作る。
遺体を掘り出して棺桶におさめて移送する、ビッグな金儲けのタネだ。

悪いことなんかこれっぽちもしたくないアルベールが蟻地獄に落ちたかのように次から次へと悪事を働かざるを得なくなる。
死んだ兵士は英雄かもしれないが、復員兵は厄介者なのだ。
アルベールの意図せざる冒険はハラハラ、ブラックユーモアと猥雑に富み読んでいる分には面白い。
いろんな登場人物(嫌われ者で一生出世とは縁のない末端の小役人と息子が戦死したと知ってから父としての愛に目覚める財界の大立者が、俺には魅力的だ)をシニカルな筆致で巧みに描き分けて古典文学の趣もある。

似たような史実もあるという。
やっぱり、戦争がよくないんだな。
文学は面白くとも。
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(神田明神境内の銭形平次碑)

平岡 敦 訳
早川書房

Tracked from 梨の木日記 at 2016-01-15 18:26
タイトル : 戦争とその後を生きる「Au revoir là-haut」
2013年のゴンクール賞受賞作「Au revoir là-haut」を読み終わった。 面白かった。 最初はちまちまと読み進めていたが、後半はほとんど一気読み。 著者の Pierre Lemaitre(ピエール・ルメートル)はこれまで推理小説作家だった。 それが、本作で初めて推理小説でないものを書いたのだそうだ。 確かに内容でみたら推理小説ではないのだけれど、 この面白さ、読者を引っ張って離さないところ、話の運びの上手さは、 推理小説を書いていた人だからこそではないか、と思った。 ...... more
Commented by poirier_AAA at 2016-01-15 18:31
この本、わたしも強く印象に残っています。戦争なんかしたっていいことは何にもないとひしひし感じました。

初トラックバックに挑戦してみたのですけど、無事届いたでしょうか??
Commented by saheizi-inokori at 2016-01-15 20:56
> poirier_AAAさん、TB拝見しました。
古典文学の趣、と書いたのはおっしゃるような感じでした。
ルメートルはもう次の作品を書いたのでしょうか。
どんなものか読んでみたいと思いますが、翻訳が出るまで生きているかどうか。
Commented by saheizi-inokori at 2016-01-15 21:00
poirier_AAAさん、あれ?さっきスマホから拝見したTBと今拝見したのと違ってる。
違う文章を読んでしまったようです。
Commented by saheizi-inokori at 2016-01-15 21:25
> poirier_AAAさん、わかりました。
スマホのブログ記事にはそれに関連したほかの人の記事が紹介されているのですね。
私はあなたのTBをクリックしたつもりでそれを読んでいたのです。
http://abraxasm.exblog.jp/23896569/
この記事の最後にあるフランスの歌舞伎みたいというところを指して同じような感じと書いたのでした。
読みながらあなたの文章とはちょっと違うなあという気はしていたのですが。
Commented by ikuohasegawa at 2016-01-16 06:32
「その女アレックス」を皮切りに「天国でまた会おう」も文庫本を求めました。
両作品とも「自費購入したけれど、感想はビミョー」でした。
Commented by j-garden-hirasato at 2016-01-16 07:19
何か報われないストーリーです。
ゴンクール賞というのがどういうものか、
全く知りませんが、
それでも賞は取れるんですね。
Commented by saheizi-inokori at 2016-01-16 12:02
> ikuohasegawaさん、私は「天国でまた」の方は面白かったです。
自費購入じゃないからかな。
Commented by saheizi-inokori at 2016-01-16 12:10
> j-garden-hirasatoさん、芥川賞みたいなものでしょうか。
戦争ですから報われるのは兵器産業関係者くらいなものでしょう。

後味は悪くない、それはユーモアがあるからだと思います。
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by saheizi-inokori | 2016-01-15 11:40 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(1) | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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