人類がマラリアに勝つ唯一の方法とは ソニア・シャー「人類五〇万年の闘い マラリア全史」

42日間、たった一か月半、新たな感染者が現れなかった故をもってリベリアのエボラは終息したとWHOが宣言。
喜びに舞い踊る現地の人々の映像を見ると、よかったね、と思う、と同時に、さてさていつまで喜んでおられるのだろうかという猜疑心も湧いてくる。

マラリアは50万年もにわたる人間との戦いで撲滅とは程遠く、今も年間2億5000万人から5億人が感染し、100万人の死者が出ている。
日本・アメリカ・ヨーロッパ先進国にだっていつ上陸するか、予断は許さないという。
HIVとマラリアは相性がいいらしいし。
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チクンと刺すような皮肉をちりばめた50万年のマラリア戦争史を書いた女性は1969年にインド系移民の子としてNYに生まれた。
合衆国東北部とインドの間を行き来しているうちに両国間およびそれぞれの国の内に存在する不平等に強い関心を持ったという。

いかなる暴力をも禁じているジャイナ教信者である筆者は、カメルーン、マラウイ、パナマなどの”マラリア現地”を5年間にわたり取材した。
蚊がとまってもピシャリとはやらずそっと追いやり、絶対に効くという保証のない予防薬を飲みつづけながら。
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(上野毛の旦那こと吉行淳之介と宮城まり子の家はこの坂の下、多摩川土手のすぐ近くにある)

痒くなるようなイライラするような恐ろしいエピソードがいっぱいの本書。

その声が一瞬にして世界や宇宙を駆け巡り、その視力は天を貫く人間たちが、連戦連敗、戦死者が死屍累々のマラリア戦争の敗因。

その一は、敵=マラリア原虫が強かったこと。
抗マラリア剤をたちまち無力化し、人間の免疫機能をすり抜け、グローバルな人間の動きを逆に利用して世界中に同盟軍を結成する。
今、世界に見つかるマラリア原虫の70パーセントは致死性の熱帯熱マラリア原虫、サハラ以南から生まれたものだ。

マラリア原虫が狡猾に有効な戦うのに対して人類が愚かであり続けたことが敗因の二番目。
せっかく優れた薬剤を開発しても、それはすぐに商品化されて本当に必要とする患者には手に入らなかったり、中途半端な量の投与しかなされないとか、二剤を併用しなければならないのに単独投与するから原虫の耐性を強める、いわば敵塩。

そして何といっても、戦争と貧困が最大のマラリアの友だちだった。
各地から集まった兵隊たちがマラリアに感染し、そこで死に(戦闘よりも被害が大きかった)、生きのこって帰っても故郷に原虫を持ち帰る。
アフリカで生まれ育った人たちには免疫があっても、マラリア処女地の人々にはそれがないから瞬く間に大量虐殺が起きる。

資源獲得を目的とする開発もマラリアを世界に解き放った。
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2005年、カメルーンにおける国際マラリア会議における、ナイジエリア厚生省の高官が、巨大製薬会社サノフィ=アベンティス社(WHO推奨の薬剤ACTの唯一の提供者)との白熱の議論の末に筆者に向き直って、「今から言うことを書きなさい」と命令した。
私たちには殺虫剤処理した蚊帳とACTをアフリカで作る力が必要なのです。それが、私たちがマラリア問題を解く唯一の方法なのです。あの人たちは技術を移譲したがらないのです。
製薬会社の代理人を指さしながら
私たちには買え、買え、買えと言うだけなのです。
WHOがエボラ終息宣言をしても安心できない所以だ。

夏野徹也 訳
太田出版
Commented by unburro at 2015-05-10 14:59
アフリカやアジアの人々に対する製薬会社や先進国の傲慢。
この前の、エボラ出血熱騒ぎの時にも、唖然としました。
自国に飛び火した途端、大騒ぎで新薬を開発する不思議。
どうして、もっと以前から本気でやらないのか!
だって、アフリカの人の為に薬を作っても儲からないから。
ひどい場合は、巨大な人体実験場としか見ていない。
Commented by saheizi-inokori at 2015-05-10 20:54
unburro さん、こういう噺を読み聞きするたびの欧米人の植民地主義・帝国主義は一向に変わっていないと思います。
その後を必死になってついて行く日本の企業・政治家たちが哀しい。
Commented by doremi730 at 2015-05-10 23:04
今日のyahooニュースで、エボラが治った
場合でも、その後の性交渉で相手に感染すると
出ていました。
まだまだ余談はゆるさないんだな、、、
と思いました。
Commented by wawa38 at 2015-05-10 23:55
怖い話ですね。これが本当の怪談だと思ったりします。
製薬会社だけでなく、トウモロコシの種のこともあります。
欧米の先進国と言われる国々は、善意の衣を着ていても実は汚い。
日本は「二の字二の字の下駄の跡」みたいにアメリカについていくのです。雪じゃなくて、泥の跡です。
Commented by sheri-sheri at 2015-05-11 07:33
怖い話です。
Commented by saheizi-inokori at 2015-05-11 08:46
doremi730 さん、ウイルスには国境もないしね。
Commented by saheizi-inokori at 2015-05-11 08:48
wawa38 さん、マラリアが南米やアフリカの奥地を乱開発から守ってきたという見方もあります。
それほど先進国はひどいです。
Commented by saheizi-inokori at 2015-05-11 08:48
sheri-sheri さん、善意の基金すら食い物になっている面があるようです。
Commented by pallet-sorairo at 2015-05-11 10:16
私は数年前ガーナへ行くときに、必須の黄熱病の予防注射をしましたが、ガーナ人の知人は「予防注射なんかしたことないと思う」と言います。
現地人は免疫があるって言うことなんでしょうね?
彼のお兄さんはどんな奥地へも行く感染症の有望な研究者でしたが、こともあろうに、ある日感染症にかかってあっという間に亡くなってしまいました。
ガーナはエボラが蔓延した西アフリカなので、流行し始めたときから関心を持って推移を追っていました。
マラリアも他人事ではありません。
この本、読んでみたいと思います。
Commented by kogotokoubei at 2015-05-11 12:21
拝見していて、ル・カレの『ナイロビの蜂』を思い出しました。
世界の大手製薬会社については、ジャーナリズムが追求すべき悪事がたくさんあるはずなのに、なかなか表面には出てきません。
落語なら、やかんを舐めたり、唐辛子水を飲んで治る病もありますが、現実はなかなかそうはいきませんね。
Commented by saheizi-inokori at 2015-05-13 15:22
pallet-sorairo さん、免疫があると言っても絶対安全ということではないのでしょうね。
お気の毒なことでした。
Commented by saheizi-inokori at 2015-05-13 15:23
kogotokoubei さん、政治力もあるし一大スポンサーでもありますからね。
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by saheizi-inokori | 2015-05-10 13:10 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(12)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori