親の介護・見送りは自分の成長の完了だ 伊藤比呂美「父の生きる」
2015年 02月 27日
10年以上も前、ペースメーカー移植手術の前にいろいろ全身の検査をしたら、頚椎ヘルニアの疑いがある、いずれ重症化するかもしれないと脅かされた。
数年前にゴッドハンドと言われて予約を取るだけで一年以上かかるという先生に、前の病院で撮ったMRI写真を診てもらったら、どこも異常なし。
そのままほっといたが、最近右半身が痺れたり冷たくなる。
ゴッドハンドの先生は閉業しているし、いまさら手術なんて嫌だし、、ま、なるようになるべ。
と思いしが、居酒屋のママが、騙されたと思って行ってみたら、と整体の先生を紹介してくれた。
右脚が3センチほど短くなっている。
身体のあちこちが歪んでいる。
30分ほど気持ちよく整体、さっきは「イテ!」と言った箇所が何ともない、「同じ力ですよ」、「ホントかい」。
手足が攣るのは、水ではなく電解質イオンの入ったポカリなどを飲むとイイ。
気のせいか(センセー失礼!)、昨夜は大の字になったまま深い眠りを得た。
攣るのもなし。
しばし、続けよう。

79歳の母が病院に寝たきりになって、82歳の父親は一人ぐらしになった。
伊藤比呂美は、夫と子供たちと暮しているカリフォルニアと、熊本にある自分の実家(ふだんは空き家)、実家の近くに住む父親、病院の母親の間を行き来しながら介護する。
とくに母が亡くなってからめっきり弱った父をふだんは毎日なんども国際電話で状態把握、激励、話し相手になり、事あると帰国。
ヘルパー、ケアマネ、主治医、リハビリの先生、送迎付きの犬の美容室、いざという時の友人たち、遠くから見守る親戚、すべての手配をして、「一切の延命措置、救急車を呼ぶな」などのことを書いて署名捺印して壁にも貼ってきた。

「はやくシニタイ」と言いつつも「もっとイキタイ」父は、孤独を訴える。
父の寂しさを痛感しつつも、自分の生活・仕事もあるから苛立つこともある。
こういう介護の本なんか読みたくなかったが、貸してくれたのでパラパラめくっているうちに引き込まれた。
ときどきこれからの自分と重ねて読んだ。
熊本に帰って父が所望した「卵かけごはん」を、勢いで二個ずつ食べて「ばあさんがいたらなんて言うだろうな」「こういうめちゃくちゃなのがおいしいんだよ」と楽しそうな父。
食後、犬を流しで洗う、母がいたらできないことだ。

母親の最後の、少し前に「あんたがいて楽しかったよ。こういう子だったからたいへんだったけどさ、いろんなことがあって楽しかった」と言われて、母の価値観や主張の呪いから解きはなれた感じがしたという伊藤。
父には好かれて生きて、自分といっしょにいることをなによりうれしがっていた父に対しては、「捨てた」という悔いが残った(本で読む限り彼女の友人知人もいうように客観的には全力投球の介護だったけれど)。
もっと長く、熊本でいっしょに暮らしてやればよかった、電話だってもっともっとかけてやればよかった、、。
だからまだ、成長しきれないのだ。
光文社
数年前にゴッドハンドと言われて予約を取るだけで一年以上かかるという先生に、前の病院で撮ったMRI写真を診てもらったら、どこも異常なし。
そのままほっといたが、最近右半身が痺れたり冷たくなる。
ゴッドハンドの先生は閉業しているし、いまさら手術なんて嫌だし、、ま、なるようになるべ。
と思いしが、居酒屋のママが、騙されたと思って行ってみたら、と整体の先生を紹介してくれた。
右脚が3センチほど短くなっている。
身体のあちこちが歪んでいる。
30分ほど気持ちよく整体、さっきは「イテ!」と言った箇所が何ともない、「同じ力ですよ」、「ホントかい」。
手足が攣るのは、水ではなく電解質イオンの入ったポカリなどを飲むとイイ。
気のせいか(センセー失礼!)、昨夜は大の字になったまま深い眠りを得た。
攣るのもなし。
しばし、続けよう。

伊藤比呂美は、夫と子供たちと暮しているカリフォルニアと、熊本にある自分の実家(ふだんは空き家)、実家の近くに住む父親、病院の母親の間を行き来しながら介護する。
とくに母が亡くなってからめっきり弱った父をふだんは毎日なんども国際電話で状態把握、激励、話し相手になり、事あると帰国。
ヘルパー、ケアマネ、主治医、リハビリの先生、送迎付きの犬の美容室、いざという時の友人たち、遠くから見守る親戚、すべての手配をして、「一切の延命措置、救急車を呼ぶな」などのことを書いて署名捺印して壁にも貼ってきた。

父の寂しさを痛感しつつも、自分の生活・仕事もあるから苛立つこともある。
こういう介護の本なんか読みたくなかったが、貸してくれたのでパラパラめくっているうちに引き込まれた。
ときどきこれからの自分と重ねて読んだ。
熊本に帰って父が所望した「卵かけごはん」を、勢いで二個ずつ食べて「ばあさんがいたらなんて言うだろうな」「こういうめちゃくちゃなのがおいしいんだよ」と楽しそうな父。
食後、犬を流しで洗う、母がいたらできないことだ。
「おかあさんがいたら、何て言われるかわかんないわね」と言うと、「きっと『まったく、あんたたちは、みそもくそもいっしょにして―』って言うよ」とまさに私が思っていたことを父が言ったので、笑った、笑った、笑った、笑った、昔みたいだった。という箇所で泣きそうになった。

父には好かれて生きて、自分といっしょにいることをなによりうれしがっていた父に対しては、「捨てた」という悔いが残った(本で読む限り彼女の友人知人もいうように客観的には全力投球の介護だったけれど)。
もっと長く、熊本でいっしょに暮らしてやればよかった、電話だってもっともっとかけてやればよかった、、。
親をこうして送り果てて、つらつら考えるに、親の介護とは、親を送るということは、自分の成長の完了じゃないかと。俺は、不孝なことに両親の介護もしないまま別れた。
だからまだ、成長しきれないのだ。
光文社
私も読みました。
電車の中で読んだのですが、最初は鼻水くしゅくしゅしてたのですが、だんだんティッシュでチーン状態でした。
ついつい今の私と比べてしまって、読み進めるのがつらかった…
私も後悔しない介護を…と思うのですが、なかなかできませんねぇ。
電車の中で読んだのですが、最初は鼻水くしゅくしゅしてたのですが、だんだんティッシュでチーン状態でした。
ついつい今の私と比べてしまって、読み進めるのがつらかった…
私も後悔しない介護を…と思うのですが、なかなかできませんねぇ。
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親の介護 すごく意味のあることだと思っています
人それぞれだけれど・・・・・
介護の程度はそれぞれでしたが
4人の親のそれにかかわりました
成長もさせてもらったかもしれません
私の今迄生きてきた中で宝物のような時間となっています
だからって勧めようともしてもらおうとも思いません
自己満足なんだと思います
人それぞれだけれど・・・・・
介護の程度はそれぞれでしたが
4人の親のそれにかかわりました
成長もさせてもらったかもしれません
私の今迄生きてきた中で宝物のような時間となっています
だからって勧めようともしてもらおうとも思いません
自己満足なんだと思います
jarippe さん、私は4人ともその間もなかったです。
こんどは私がそのように逝きたいのですが、、。
こんどは私がそのように逝きたいのですが、、。
俺はお母をしっかり見送ったけど、けど、義母は俺1人でみとったで。
お父は死に目にもおおてないゎ。悪かったと思うけど、近所に引き取って面倒見て、日本をでた。
後は弟がお父の家に転がり込んで、弟が面倒見てもろてたなぁ。
どこの家にも凄いドラマがあるやろなぁ、
お父は死に目にもおおてないゎ。悪かったと思うけど、近所に引き取って面倒見て、日本をでた。
後は弟がお父の家に転がり込んで、弟が面倒見てもろてたなぁ。
どこの家にも凄いドラマがあるやろなぁ、
Ciao saheizi さん
私は未だにこういう話題だけでうるうるしてしまいます 涙
捨てたという感覚 私も持っているのです
母が 亡くなった時、それまで私は親はまあ、年だから そこらこちら病んだとしても死ぬものだとは 全く思っていなかったので、、(これ ホント 苦笑)
母が本当に往っちゃったとき "あーーー死ぬってわかってたら イタリアなんかに来なかったのに" と 真剣に悔やんだものです
私は両親ととても仲がよかったにも関わらず、いなくなってしまうと、ああ、、あれもしてあげなかった、これも言わなかったと
やらなかった 言わなかったことだらけ そういう思いが これまた辛い
いや、それこそ一番つらいことかもしれません
だからご両親の介護していて大変だ、、とこぼした友人に
"変な言い方だけど 明日死んじゃうかも知れないと思って 優しくしてあげて それはむしろあなたのためでもあるから"と言いました
そうでないと 優しい彼女が 私と同じ思い味わうと思うからです
やってもやっても全然足りないのです
母が亡くなって 一期一会 の大切さをよりいっそう痛感し この今誰かと一緒にいるひとときに全力投球するようになりました
私は未だにこういう話題だけでうるうるしてしまいます 涙
捨てたという感覚 私も持っているのです
母が 亡くなった時、それまで私は親はまあ、年だから そこらこちら病んだとしても死ぬものだとは 全く思っていなかったので、、(これ ホント 苦笑)
母が本当に往っちゃったとき "あーーー死ぬってわかってたら イタリアなんかに来なかったのに" と 真剣に悔やんだものです
私は両親ととても仲がよかったにも関わらず、いなくなってしまうと、ああ、、あれもしてあげなかった、これも言わなかったと
やらなかった 言わなかったことだらけ そういう思いが これまた辛い
いや、それこそ一番つらいことかもしれません
だからご両親の介護していて大変だ、、とこぼした友人に
"変な言い方だけど 明日死んじゃうかも知れないと思って 優しくしてあげて それはむしろあなたのためでもあるから"と言いました
そうでないと 優しい彼女が 私と同じ思い味わうと思うからです
やってもやっても全然足りないのです
母が亡くなって 一期一会 の大切さをよりいっそう痛感し この今誰かと一緒にいるひとときに全力投球するようになりました
蛸さん、父は幼いころに突然死、母は私が旅行中に風呂で脳卒中。
母の友だちがおせんこ上げに来て、「息子孝行だ」と言ったけれど、死ぬときの母のことを思うと胸苦しくなります。医者は物思う間もなかったはずとは言いましたが。
母の友だちがおせんこ上げに来て、「息子孝行だ」と言ったけれど、死ぬときの母のことを思うと胸苦しくなります。医者は物思う間もなかったはずとは言いましたが。
cocomerita さん、それは最後の3年ほど一緒に住んだ私にもわかります。
同居して食事も一緒にして旅にも行って、、それでも本当に寄り添っていたかと思う気持ちがあります。
寂しかっただろうなあ、と。
イタリアと日本と離れていたら、もっと違うのは良く分かります。
癌で死ぬもの、親だとそれだけ話をするからまったく悪いことばかりじゃないとも思います。自分は嫌ですが。
同居して食事も一緒にして旅にも行って、、それでも本当に寄り添っていたかと思う気持ちがあります。
寂しかっただろうなあ、と。
イタリアと日本と離れていたら、もっと違うのは良く分かります。
癌で死ぬもの、親だとそれだけ話をするからまったく悪いことばかりじゃないとも思います。自分は嫌ですが。
こういう話は身につまされてたまらない気持になりますね。
家に二人揃っている今のうちに、できることをなんでもしたい気持になりますが、明日、飛んでいくかといえば、そうではないのです。
私は早くに親元を離れたせいか、今になって一緒に暮らしたいと本気で思ったりもします。春からは少し頻繁に行こうと。
家に二人揃っている今のうちに、できることをなんでもしたい気持になりますが、明日、飛んでいくかといえば、そうではないのです。
私は早くに親元を離れたせいか、今になって一緒に暮らしたいと本気で思ったりもします。春からは少し頻繁に行こうと。
ハルさん、一緒に住めなくとも少しでも声を聞かせたり手紙を書いたり、、は、やってらっしゃるな、きっと。
私も両親を見送りましたが、全く同感です。
親の看護や介護をしたり、見送ったりすることは、
子供にとって、最後の成長の機会だと思います。
だから、自分の老化や最期の時を、子に見せ、世話になる事は、
親が子にする最後の教育だと思います。
遠慮せずに、どんどん世話をさせるべきです。
その経験が、子供自身が老いに向かう時の財産、道標になる、と思います。
親の看護や介護をしたり、見送ったりすることは、
子供にとって、最後の成長の機会だと思います。
だから、自分の老化や最期の時を、子に見せ、世話になる事は、
親が子にする最後の教育だと思います。
遠慮せずに、どんどん世話をさせるべきです。
その経験が、子供自身が老いに向かう時の財産、道標になる、と思います。
unburro さん、看取る間もなく死なれていまだに引きずる後悔とか負債を負ったような気持ちを考えるとそうなのかもしれない。
でもでもさっさと逝きたいなあ。
でもでもさっさと逝きたいなあ。
by saheizi-inokori
| 2015-02-27 11:43
| 今週の1冊、又は2・3冊
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