「食う」か「食べる」か、「うまい」か「おいしい」か 増井元「辞書の仕事」

俺は「食う」と書くことが多い。
「あげる」も「やる」の方が多い。
「おいしい」より「うまい」。
それはその方がきれいな日本語だと思うからだった。

だがブログのコメントを書いているとつい「食う」では乱暴なような気がして「食べる」を使うことがある。
とくに見目麗しきご婦人とお見受けする方などには(御目文字の機会はないのだが)。
「食う」か「食べる」か、「うまい」か「おいしい」か 増井元「辞書の仕事」_e0016828_10405396.jpg
『広辞苑』『岩波国語辞典』などの編集に30年もかかわってきた人の、楽しいエッセイ。

そのなかで「好きなことば、嫌いなことば」と題した一文。
以前出版した本について「食う」という汚いことばを何回も使っていると抗議をうけたという。
1945年生まれの筆者も学校では「食う」ではなく「食べる」というように教わっていた。
だが、柳田国男の『毎日の言葉』という本を読んでから変わった。
そこには
「食べる」は古語の「賜(た)ぶ」から転じた語で、目上の者から(飲食物を)いただく意だ
と書いてあった。

筆者は、はっと気付く。
何の上下関係もないところで「食べる」などと言いたくない。「お食べなさい」などと言われるのは、「私から頂戴して食せ」と言われているわけで、むしろ、「食え」と言われる方がどれだけ清潔か、と思われるのです。
「あげる」ではなく「やる」、本来の上下関係がない場面では、なにがしか上下関係のまとわりついたことばはつかいたくない、というのは正常な言語感覚だと思います。

ホレ見ろ、俺のことば遣いは正しいのだ!
と喜んだのもつかの間、すぐ後に、
人間の上下関係のあり方も言語感覚も時代とともに変わるものです。本当は「食べる」よりもむしろ「食う」の方が美しい日本語なんだ、と意地を張っていても、世の大勢からすれば、「食う」は汚く許せないことばになり果ててしまっていたのです。自分のことば遣いについて自分の好みを貫くことは大いに結構ですが、正しく美しい日本語を守るつもりで、他の多くの人たちを不快にさせていては仕方ありません。
と「食べる」派にいっちゃった、裏切者め。
そうか『なり果てたのか』、哀れな「食う」よ。

そして『明鏡国語辞典』を引いて、「食う」が「粗野な感じを伴うようになり、「食べる」が一般的な言い方になってきている、とあることを紹介している。
俺の持っている『新明解』では、女性はあまり使わず、「食べる」意の俗な言い方として男性が好んで用いる向きもある、だと。
あ~あ、正しくきれいなことば遣いが、「俗な」だと、なんかマッチョな言葉遣いと言われてるようだ。
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(駒場東大、通称一二郎池)

「おいしい」はどうか。
このエッセイのしめくくりに、
私が「おいしい」ということばが嫌なのは、形容詞(文語、いし=味がよい)に「お」を付けた成り立ちからして好きになれないのと、「お」がついていながら、「おいしい話」のような、いかにも品の無い用法がどうにも我慢ならないからなのです。
と書いている。
俺はテレビでタレントたちが食べ物を口に入れるやいなや、「おいしい~っ!」と叫ぶのを見ると悲しくなる。
うまいものは味わって後、はじめてうまさが分かるのに、彼らのような感じ方は食い物(じゃない、食べ物)に対する冒涜だと思う。
洋服屋で試着したときに、店員からろくに見もしないで「かわいい!」と言われているようなものだぜ。

まだ「うまい」はイケそうだ。
だがいつまでの命か。

岩波新書
Commented by mariarica at 2014-01-20 12:45
関西の男に 「だぜ」と言う語彙はなく
東京で地下鉄に乗った時に その言葉を生で聞き
あ!裕次郎の言葉やわ と瞬間思いました
食う 悪くない気がします 喰うは少し生々しく感じます
Commented by at 2014-01-20 13:59 x
食うもうまいも 長生きさせようぜ!
Commented by reikogogogo at 2014-01-20 15:47
saheiziさん、今日の話題は又しても笑い,私が全くおなじことで辞典を開いたり夫とディスカッションした事、度々。「食う」「めし」は我家では駄目言葉だったーーー山男の夫、滅多につ使わないのに時々使う。
テレビの誰かさんではないけど「うまい!!」は「まいう〜」よりいい、まいう〜って解りますか?
Commented at 2014-01-20 16:07
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by かおる at 2014-01-20 16:15 x
「~なさい」が上から目線な感じがしますね。
「お食べ」だとなんか愛を感じるような(^^)

女性が「食う」「うまい」を使うのもアリでしょうか??
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 17:02
mariarica さん、~ぜ、も今はあまり使われないかもしれないですね。
男言葉と女言葉の境界がなくなりつつあります。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 17:02
蛸さん、うれしいね^^。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 17:04
reikogogogo さん、まいう~は知ってますよ^^。
その辞書はどこの辞書で何と書いてましたか。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 17:05
鍵コメさん、メデイアでは言葉遣いは規制されるでしょうね。
自己規制もありますが。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 17:06
かおるさん、今は女の子が「うめえ」「はやく食えよ」なんていってますよ。
男の方がおたおたしてたり^^。
Commented by 旭のキューです。 at 2014-01-20 18:25 x
食べるの意味は、目上の方から、頂くと言う意味があるとは、勉強になります。
Commented by itohnori at 2014-01-20 20:16
saheizi-inokoriさん 、今晩は。
 日本語は難しいですね。
最近関西系のアクセントが標準みたいになっていることがあり、気になります。
Commented by 熊伍朗 at 2014-01-20 20:18 x
そうなんですよね。
時代とともに言葉って変わっていくものなんですよね。
奈良・平安時代の人と現代の我々とでは言葉が通じないというも納得です。
でも・・・「ペットに餌をあげる」とか「赤ん坊にミルクをあげる」というのを聞くと、ちょっと違和感を感じます。そこは「やる」を使うべきではないのかと・・・。
Commented by reikogogogo at 2014-01-20 20:20
saheiziさん、我が家に日本語の俗語辞書というのがあったの時期、楽しんだのですが今、みつからない。「まいう」は「うまい」を反対に言っただけの業界用語何だけど、業界用語って知らない私は、なんだかふざけてるイメーが消せなくて嫌い。
Commented by かおる at 2014-01-20 21:02 x
若い今時の女性の方がきれいな日本語を使っているわけですね(^^)
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 21:20
旭のキューです。さん、本は読むべきかもね^^。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 21:22
itohnori さん、関西系?それもあるのでしょうが若者系とでもいうような尻上がりアクセントにはなかなか慣れません。
外国語かと思うこともあります。
Commented by tocotoco-o3po at 2014-01-20 21:23
佐平次さん〜こんばんはです〜(^-^)
姪たちに岩手大好き!と笑顔でいったら
日本語おかしいよ〜と苦笑いされたおばちゃんです(苦笑

國男と言えば、鉄板の遠野物語ですね!
遠野にいくとそこでしか読めない蔵書がたくさんあるのです。
東北には片輪の人がぎょうさん居りました。
そのような人達の話なのです。
東京には遠野の語りが聞けるところがあるそうです。
80歳以上の方が現役で語ってます。
うちの旦那は仙台人なのでききとれないそうですが、私は県北に親戚が多いので語りがききとれるのです〜。
しかし、私にとって津軽弁は外国語といっても過言ではないくらいです(苦笑

どんとはれ〜になりますように(^-^)
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 21:24
熊伍朗さん、私も「あげる」と「やる」はわりと頑固です。
子供におっぱいをあげるなんて言うのは嫌い、まして犬に餌をあげるなんて許せない^^。
それでいて花に水をあげるというのはたまにいう。
なんか天の神様にあげているような気になるのです。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 21:30
reikogogogo さん、さかさまに言う業界用語、ノガミ=上野、ブクロ=池袋、そのほか業界の符牒、それが普通の市民のことばになったり廃れたり、いろいろですね。
まいう、は石塚英彦のセリフで有名になりましたが、これがそもそも業界用語ということを知らない人も多いかもしれないですね。
たまに業界用語を使ってみるのもご愛嬌ですが、のべつまくなしに使うのはどうもね。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 21:31
かおるさん、ホント、面白いですね。
でも彼女たちはそういう意識はないのでしょう。
そうと知ったら使わないかも。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 21:35
tocotoco-o3po さん、ずいぶん前のことですが岩手で観光バスに乗ってバスガイドが南部方言を教えてくれました。
訛りというよりことば自体の意味がわからなかったです。
でも私は方言が大好きで、旅に出るとひとりで地元の人たちが集まるような床屋とか風呂とか居酒屋に行くのです。
最近は方言も少なくなりましたがね。
遠野にも一晩泊まりましたよ。
Commented by j-garden-hirasato at 2014-01-20 21:38
使う人の人柄、
というのもあるのでしょうね。
「うまい」は、
生き残るのではないでしょうか。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-20 21:44
j-garden-hirasato さん、「おいしい話」と「うまい話」はちょっと違うような感じもありますね。
使う人の人柄、そうですね、時代が変わって人々のガラが変わってしまったということもあるのでしょう。
長野の人は標準語を話していてもぶっきらぼうに聞こえるらしく私はだいぶそのことをいわれました^^。
Commented by poirier_AAA at 2014-01-20 23:21
わたしは普通は「おいしい」と「食べる」を使います。
「食う」なんて言ってはいけませんと言われて育ったので、いまも使えません。でも「喰らう」は使いますね、ときどき。
あと、味に本当に感動したときは「おいしい」ではまったく足りなくて「うまい」を使いたくなります。
Commented by junko at 2014-01-21 03:15 x
Ciao saheizi さん
以前exblog からおすすめブログに選ばれた時、選ばれる前にお知らせがあって、乱暴な言葉遣いがあるので、選出発表の前に直してくれないか?といわれた
当然断りました
きれいな、当たり障りのない言葉なんかでは、私の思いは伝わらないから、それならいいですと言った

自分一人で、最高なご飯、例えば今回の餃子みたいな、笑
それをたらふく喰った時、私のなかでは発音こそしないものの、確かに喰ったです
それも食ったじゃなく、喰った 笑
Commented by sweetmitsuki at 2014-01-21 05:35
「うまい」は「美味い」のほかに「上手い」「巧い」という意味もあって、食事以外の意味でなら女性も普通に使ってると思います。
「うまい仕事」というのは技巧を凝らしコストも抑え、みんなに得をしてもらえるようなイメージですけど、「おいしい仕事」というのは楽をして儲け、誰かに損を押し付けるというイメージがあります。
そう考えると「おいしい食べ物」とは、単に舌触りが良いだけで栄養や滋味があるのか疑わしくなってきました。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-21 08:43
poirier_AAA さん、「おいしい」が挨拶化しているのかな。
おきれい、お強い、おやさしい、、「お」がつくと感動が薄まるような感じもあるなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-21 08:46
junko さん、たしかに今の言葉遣いは気を使いすぎというか世の中に合わせすぎて枠の中の気分しか表せないようなところがあるね。
それはやはり、 junko 風用語でなくちゃ打破できないのかもしれない。
糞喰らえ!ってね^^。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-21 08:49
sweetmitsuki さん、そうそう、「おいしい」は感動が薄いですよね。
感動をあらわにすることも控えめな現代、もし感動するのも人のするようなやり方をする。
だから逆にタレントの「まうい」とか「うめ~!!」が新鮮で受けるのかな。
Commented by jarippe at 2014-01-21 10:14 x
最近 TVなどの影響でしょうか
言葉に妙に気を使い 結果間違った使い方になっていたり
ヘンなところで敬語だったり 店員さんの言葉遣いも・・・・
ヘンと思いつつ染まっている自分もいます
言葉は生き物とか言いますが
もっと単純に 原点に戻った言葉遣いをしたいです
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-21 11:10
jarippe さん、ことばが時代によって使う人たちによって変化していくのはしょうがないとして、その根っこになる人の考え方や行動が薄っぺらや乱暴なものになっていくのは嫌ですね。
Commented by wildrose53 at 2014-01-21 12:23
東京で生れ育ちましたが、「食べる」があたりまえで、「食う」はまさかそんな、というほど使えない言葉でした。
ところが会津に来たら、「食べる」なんて誰も言わない。「まんま食ったのかー」「食え」―耳では「「け」と聞こえます。東北は、ほかにも「け」というところが多いそうですが。
どう言ったらていねいで正しく、どんな言い方が乱暴で失礼なのか、わからないなあと初めて考えたことでした。
嫁ぐことが決まり、初めてここで土地のオナゴ衆のご馳走をいただいたとき、思わず「おいしい!」と言ったら「なに、こごサ来たらおいしいなんて言ってらんにぃだがら。ンめ!っつってみろ」―爆笑され、仲間に入れてもらえたような嬉しさを思い出します。
Commented by saheizi-inokori at 2014-01-21 13:24
ハルさん、いいなあ、ことばのもつ力、輝き、それは方言に残されているのですね。
本来、言葉はすべて方言だったのに標準語が言葉の持つ命のかなりを殺してしまったような気がします。
仙台でも「食ってけさいン」山梨でも「食えし~」、ああ、また食う派に逆戻りだ^^。
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by saheizi-inokori | 2014-01-20 11:57 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(34)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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