暴走?いや迷走 映画「G・Iジョーバック2リベンジ」から金容雲「日本語の正体」へ
2013年 06月 14日
一昨日電話で予約したときに確認したのだ、「当日でも切符を受け取れますね」。
世田谷パブリックシアターの「オセロ」、金を振り込まないでもOKというのがちょっと気になったから念を押したつもり。
雨の中を、ジャストシンギング、
鼻歌まじりに行ったら、が~ん!
昨日までに引き取らないとキャンセル扱いだって。
カッときたけど、そこで頭に浮かんだのは「暴走老人」、キレまくっているおじいちゃんのイメージ。
あどけない女の子を相手に押し問答をしても絶対に切符は手に入らない(主催者とチケットセンターが違う)。
怒れば怒るほど、みじめになっていく俺の姿が近未来的に想像できたのだ。
急いで会場入り口の当日券売り場に走ったが、すでに二階席しか空いてない。
鼻歌もひっこんで、それでもせっかく出かけたのだからと、見たのがこの映画。
シブイ、フィルム・ノワールかと思ったら、マンガ?の映画化、戦闘シーンの連続、デカい拳銃の弾を日本刀で切って落としたり、断崖絶壁で空中サーカス的戦闘があったり、忍者白影・赤影に、、いやはやこれでもかこれでもかと攻めまくる3D映像。
真ん中に座った俺は飛んでくる弾丸に身をすくめること幾たびか。
で、疲れたんだろうな。
帰りの電車のなかで席を譲られたのでR。
見ようと思った芝居が「オセロ」だけに白が黒にひっくりかえった一日だった。 日本語は朝鮮半島の百済と新羅の言葉から出来上がっている。
新羅は唐に忠実であろうとしたから漢語を守り、百済の言葉を主体にした日本は膠着語であることを活かし漢字を音訓自在・無原則的に使って今の言葉を創りあげた。
韓国神話に登場する7王子が日本に”降臨”した。
応神王朝は百済系、古事記の倭の王たちは百済語で話していた。
筆者は、1927年生まれ、早大中退、日韓文化交流会議委員長 韓国放送文化振興会理事長 国際日本文化研究センター客員教授などを経てソウルの檀国大学教授、数学者。
いろいろな事例をあげて、一読なるほど。
しかし、ほんとにそうか、ググってみるまでもなく、とんでもない間違いだという人も多いだろう。
沖縄に日本文化の原像をかいまみた折口信夫は朝鮮に対しても深い思い入れを抱いていたというのは上田正昭「私の日本古代史(上)」だ。
その折口が尊敬し擁護したのが、国語学者の金沢庄三郎。
金沢は「日韓両国語同系論」(1910年)や「日鮮同祖論」(1929年)を書いた。
これを朝鮮半島併合を理論的に正当化するため、併合推進者が頻繁に引用したのだ。
(早めの父の日プレゼント)
日本と朝鮮と、どっちが先か、どっちが支配者だったか。
どっちが兄貴かどっちが本家かはともかく、かなり濃い血のつながりがあった日朝。
そう思うともっとこのあたりのことを勉強してみたいと思う今日この頃だ。
世田谷パブリックシアターの「オセロ」、金を振り込まないでもOKというのがちょっと気になったから念を押したつもり。
雨の中を、ジャストシンギング、
鼻歌まじりに行ったら、が~ん!
昨日までに引き取らないとキャンセル扱いだって。
カッときたけど、そこで頭に浮かんだのは「暴走老人」、キレまくっているおじいちゃんのイメージ。
あどけない女の子を相手に押し問答をしても絶対に切符は手に入らない(主催者とチケットセンターが違う)。
怒れば怒るほど、みじめになっていく俺の姿が近未来的に想像できたのだ。
急いで会場入り口の当日券売り場に走ったが、すでに二階席しか空いてない。
鼻歌もひっこんで、それでもせっかく出かけたのだからと、見たのがこの映画。
シブイ、フィルム・ノワールかと思ったら、マンガ?の映画化、戦闘シーンの連続、デカい拳銃の弾を日本刀で切って落としたり、断崖絶壁で空中サーカス的戦闘があったり、忍者白影・赤影に、、いやはやこれでもかこれでもかと攻めまくる3D映像。
真ん中に座った俺は飛んでくる弾丸に身をすくめること幾たびか。
で、疲れたんだろうな。
帰りの電車のなかで席を譲られたのでR。
見ようと思った芝居が「オセロ」だけに白が黒にひっくりかえった一日だった。
新羅は唐に忠実であろうとしたから漢語を守り、百済の言葉を主体にした日本は膠着語であることを活かし漢字を音訓自在・無原則的に使って今の言葉を創りあげた。
韓国神話に登場する7王子が日本に”降臨”した。
応神王朝は百済系、古事記の倭の王たちは百済語で話していた。
筆者は、1927年生まれ、早大中退、日韓文化交流会議委員長 韓国放送文化振興会理事長 国際日本文化研究センター客員教授などを経てソウルの檀国大学教授、数学者。
しかし、ほんとにそうか、ググってみるまでもなく、とんでもない間違いだという人も多いだろう。
沖縄に日本文化の原像をかいまみた折口信夫は朝鮮に対しても深い思い入れを抱いていたというのは上田正昭「私の日本古代史(上)」だ。
その折口が尊敬し擁護したのが、国語学者の金沢庄三郎。
金沢は「日韓両国語同系論」(1910年)や「日鮮同祖論」(1929年)を書いた。
これを朝鮮半島併合を理論的に正当化するため、併合推進者が頻繁に引用したのだ。
日本と朝鮮と、どっちが先か、どっちが支配者だったか。
どっちが兄貴かどっちが本家かはともかく、かなり濃い血のつながりがあった日朝。
そう思うともっとこのあたりのことを勉強してみたいと思う今日この頃だ。
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kuukau at 2013-06-14 16:17
二階席ではイヤだったの?
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saheizi-inokori at 2013-06-14 16:42
空子さん、同じ料金なのにとても見にくいのです。そうまでして見たくはなかった。
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gakis-room at 2013-06-14 19:44
斉明天皇,天智天皇の頃は「本家は百済」と考えていたと私は思っています。
でなければ,百済復興への救援依頼があったからといって
軍船400隻,2万7千人の兵を出すでしょうか(白村江の戦い)。
しかも老齢の斉明天皇と中大兄皇子は九州まで出向いて指揮をしているのですから。
でなければ,百済復興への救援依頼があったからといって
軍船400隻,2万7千人の兵を出すでしょうか(白村江の戦い)。
しかも老齢の斉明天皇と中大兄皇子は九州まで出向いて指揮をしているのですから。
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koro49 at 2013-06-14 22:00
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saheizi-inokori at 2013-06-14 22:40
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saheizi-inokori at 2013-06-14 22:41
頃子さん、私もヱビスです^^。
今朝か昨日かの朝日も都市の高齢化について特集してました。
今朝か昨日かの朝日も都市の高齢化について特集してました。
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sweetmitsuki at 2013-06-15 05:19
それにしても応神天皇は謎の多い人物です。
「八幡社」といえば応神天皇を祀る社のことで、日本全国通津浦々で崇拝されている(沖縄にも安里八幡宮があり、三山統一期の創建と伝えれれています)のに、何をした人物なのか一切わかっていません。
架空の人物だとしても、たとえば「十人の訴えを一度に聞いた」とか、超人的な伝説があるものなのですが、それすらありません。
古代日朝関係史に大きく関わっていることは間違いないのですけど。
「八幡社」といえば応神天皇を祀る社のことで、日本全国通津浦々で崇拝されている(沖縄にも安里八幡宮があり、三山統一期の創建と伝えれれています)のに、何をした人物なのか一切わかっていません。
架空の人物だとしても、たとえば「十人の訴えを一度に聞いた」とか、超人的な伝説があるものなのですが、それすらありません。
古代日朝関係史に大きく関わっていることは間違いないのですけど。
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saheizi-inokori at 2013-06-15 09:19
sweetmitsuki さん、神功皇后のお腹のなかに入ったまま日本に来たのですね。
金容雲は「半島出身であったら天皇にはなれない。半島出身でないと三韓の統治権を保てない」、そこで絶妙なフィクションを創りあげたのは百済系の人だっというのです。
半島からやってきて先住民や半島出身者たちと戦いの日々だったのでしょう。
金容雲は「半島出身であったら天皇にはなれない。半島出身でないと三韓の統治権を保てない」、そこで絶妙なフィクションを創りあげたのは百済系の人だっというのです。
半島からやってきて先住民や半島出身者たちと戦いの日々だったのでしょう。
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c-khan7 at 2013-06-16 18:27
雨に唄えば。ジーンケリーの映画は沢山みました。
雨に唄えば!雨の日でも元気がでます。
雨に唄えば!雨の日でも元気がでます。
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saheizi-inokori at 2013-06-16 21:06
c-khan7 さん、濡れたってどうってことない、そう思うだけで気持ちが楽になって元気も出てきます^^。
by saheizi-inokori
| 2013-06-14 11:25
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
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