愛は時空を超える? ミハイル・シーシキン「手紙」

戦場に行ったワロージャ、故郷に残ったサーシャ。
二人の手紙は、恋する喜び、離れて暮らす喪失感にみたされ、相互に幼少時代からの思い出が語られる、彼らの過去の断片が俺の胸をうつ。

若い恋人たちの幼いけれどきらきらまぶしいような手紙がだんだん深みを帯びてくる。
ワロージャは中国義和団に対する連合国に属して中国を北上する。
酸鼻を究める戦場の描写、戦争の実態を伝えるという義務感が彼を駆り立てる。
大国による中国への侵略の実相。
兵たちはどちらが勝つかではなく、生きて帰れるか、苦しまずに死ねるかがすべて。

ワロージャは戦死する。
戦死してもワロージャの手紙は延々と続く。
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戦場で、サーシャに対してもっともっと愛情を表す”他愛もない”ことがいくらでもあったことに気がつく。
あの頃、気にも留めなかったいろいろのことがどれほど得がたく幸せだったかを覚る。
四肢を失うくらいなら即死を望んでいたのが、どうあっても生きて還りサーシャに会い、生を全うしたいと思うようになる。

サーシャは100年後の現代に生きている。
サーシャが成長するにつれて遭遇する人生の悲喜劇は、細部にわたって描かれるだけに、かえって古今東西の人間が経験しこれからも経験するような普遍性に富んでいる。
人生はこういう細部から成り立っているのだから。
そして、その一つひとつに俺は感動する。
赦される罪は無い
この言葉のどこに句読点を打つか、それがサーシャに決められない。

ところで、時空を隔てたお互いの手紙は読まれていたのだろうか。
届かないのは、書かれなかった手紙だけだ
ワロージャはそう書くのだが。
崩壊した時の流れは、二人が困難を乗り越え、二人の精神が充分に成長することによって、二人が再会した時に、元に戻る。

不可解な設定に引っかかりながらも、ひとつひとつの手紙に描かれることどもが、俺にも懐かしさ・苦しさをもって覚えのあるような人生の真実に富んでいるので読むのをやめることができない。
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読んでいるうちに過去と現在・未来、ロシアと中国、日常と戦場、親と子その子、男と女、家族、犬、、世界を構成する諸々が交錯してきて、、そういうことが輪廻転生なのか、世界の構造かと思われる。
そうしてみれば、本書に書かれているすべてのことに俺も責任があるのかもしれない。
なかんずく中国を侵略した日本軍のことを忘れてはいけないのだろう。

死が語られ描写され意識され畏れられ望まれ忘れられ、、。
僕らがいなきゃ時間は存在しないだろ。つまり僕らは一種の時間の存在形態でしかない。時間の担い手であると同時に、時間の発生因子でもある。要するに時間とは宇宙の病気みたいなものなんだ。宇宙が僕らに打ち克てば、僕らは消え、宇宙の時間病は治る。

宇宙―コスモスってのは元々、ギリシャ語で秩序や美や調和を表す言葉だろ。死ってのは、総合的な美しい調和の世界が、混沌とした僕たちという存在を拒んだ結果なんだ。
俺たちは死ぬことで宇宙の調和に貢献できるというのだろうか。
人間は、昔も今もこれからも同じように―光と温もりの塊でありつづけるだろう
「人間とは光と温もりの塊」、これが作者のメッセージだ。

もう一度読もうか、それには一旦図書館に返して、、迷っている。

訳 奈倉 有里

新潮クレストブックス
Commented by kuukau at 2013-01-29 15:33
戦士したのに再会?
夢の中でかしら・・
蕗の薹を採ってきました。リンクさせていただいてもよろしいよね?
Commented by saheizi-inokori at 2013-01-29 15:52
空子さん、死んで、ネタバレ?ミステリーじやないから許されるね。百年を隔てた恋、そもそもどうやって知り合えたのか?不思議でしかもリアルな小説です。リンクいつでもどうぞ。
Commented by saheizi-inokori at 2013-01-29 21:35
空子さん、死んで、というのも間違いかもしれない。
とっくに死んでいるんだし、サーシャの方が待っているのだから、変だよね。
それが面白い^^。
Commented by c-khan7 at 2013-02-03 12:42
輪廻転生があるとしたら、私達も歴史のどこかの片隅でモゾモゾとラルラルと動いていたんでしょうね。
Commented by saheizi-inokori at 2013-02-03 21:12
c-khan7さん、ロシアの作家ですが、東洋哲学に興味があるようです。
輪廻転生しても自覚はないのでしょうから、、自覚があったら大変か^^。
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by saheizi-inokori | 2013-01-29 12:33 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(5)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori