報道写真を読む力 今橋映子「フォト・リテラシー」
2012年 08月 17日
世界報道写真展を見ると世界中の悲惨な人々の姿に言葉を失い、さて自分が彼らに何をしてあげられるかと考え、つまりはいっとき自責の念・うしろめたさを感じて会場を後にする。
一方でそれらの写真が優れたものであればあるほど、そのスペクタクル性や芸術性に目を奪われ、写真が指し示す悲劇を生み出す当事者の責任のことを考えないことがある。
多数の、世界中に広がる無名の被写体は、本来原因も種類も異なるあまたの悲惨をひとまとめにしてしまい、観る者の無力感を強め、同情を一般的抽象的なものにしてしまう。
報道写真のもつ、そういう側面をスーザン・ソンタグは鋭く批判しているし、クロード・ランズマンは、完全殺戮の映像的再編成は不可能であるとして、一切の写真資料を拒否し、生き残った者の証言と証言者を写す写真のみによって「ショア―」という映画を作った(「ショア―」に登場する証言者、ヤン・カルスキについて、「世界は存在しているのか ヤニック・エネル「ユダヤ人大虐殺の証人ヤン・カルスキ」のことなど 」
、「人類はすでに絶滅している? 「ユダヤ人大虐殺の証人ヤン・カルスキ」」(2)
。
写真を撮る人、写真を加工し、流通させる人、それぞれの段階でさまざまな意図をもって”選択”した結果、ある写真(組写真が多い)が観る者に伝えられる。
観る者がどう観るかによって写真の内容が決まるともいえる。
写真を観る側の者にも”力”が求められるのだ。
報道写真がいつどのように成立してきたか。
写真の流通現場とはどんなものか。
写真における「真実」とはなにか。
写真におけるオリエンタリズムやヒューマニズムの限界・陥穽とはどういうことか。
カルティエ・ブレッソンの「決定的瞬間」は誤訳であって「かすめ取られた映像」がもともとのタイトルだった。
そして「サンラザール駅裏の水たまりを飛ぶ男」はトリミングされていた。
レイモン・クノー、シュテファン・ローラント、両大戦間のフランスフォトジャーナリズムの技法・美学・流通、
ユージン・スミスの組写真、エルスケンの「ドキュ・ドラマ」、名取洋之助の限界、、。
簡にして要を得た現代報道写真史、新書にしては豊富な写真の実例も嬉しい。
(これがサンチの全財産)
筆者によるフォト・リテラシーの定義
中公新書
一方でそれらの写真が優れたものであればあるほど、そのスペクタクル性や芸術性に目を奪われ、写真が指し示す悲劇を生み出す当事者の責任のことを考えないことがある。
多数の、世界中に広がる無名の被写体は、本来原因も種類も異なるあまたの悲惨をひとまとめにしてしまい、観る者の無力感を強め、同情を一般的抽象的なものにしてしまう。
、「人類はすでに絶滅している? 「ユダヤ人大虐殺の証人ヤン・カルスキ」」(2)
。
写真を撮る人、写真を加工し、流通させる人、それぞれの段階でさまざまな意図をもって”選択”した結果、ある写真(組写真が多い)が観る者に伝えられる。
観る者がどう観るかによって写真の内容が決まるともいえる。
写真を観る側の者にも”力”が求められるのだ。
報道写真がいつどのように成立してきたか。
写真の流通現場とはどんなものか。
写真における「真実」とはなにか。
写真におけるオリエンタリズムやヒューマニズムの限界・陥穽とはどういうことか。
そして「サンラザール駅裏の水たまりを飛ぶ男」はトリミングされていた。
レイモン・クノー、シュテファン・ローラント、両大戦間のフランスフォトジャーナリズムの技法・美学・流通、
ユージン・スミスの組写真、エルスケンの「ドキュ・ドラマ」、名取洋之助の限界、、。
簡にして要を得た現代報道写真史、新書にしては豊富な写真の実例も嬉しい。
筆者によるフォト・リテラシーの定義
市民が写真メデイア(特に現実を報道する役割を担う写真)を、芸術史的および社会的文脈の双方でクリティカルに分析し、評価できる力、延いてはその知識と倫理をもって、一方で歴史認識を精錬し、他方で現在における多様なコミュニケーションを創り出す力を指すちょっと難しい言い回しだが、本書全体はそんなに面倒な文章ではなくむしろわかりやすい。
中公新書
Commented
by
tocotoco-o3po at 2012-08-17 18:44
saheiziさん~こんにちは~
写真というのは奥深いですよね。
言葉というのはどうも難しくなってしまうことがあるのですが、伝えたいという意志の強い写真はどのような言葉よりも強く伝わってくることがあると感じています。
絵も同じでしょうか・・・。
ところでサンちゃんの財産の写真に思わず笑ってしまいました(笑
サンちゃんには大切な家族や友達がいますから目に見えない財産をたくさんもってますね!
いつもありがとうございます^^
写真というのは奥深いですよね。
言葉というのはどうも難しくなってしまうことがあるのですが、伝えたいという意志の強い写真はどのような言葉よりも強く伝わってくることがあると感じています。
絵も同じでしょうか・・・。
ところでサンちゃんの財産の写真に思わず笑ってしまいました(笑
サンちゃんには大切な家族や友達がいますから目に見えない財産をたくさんもってますね!
いつもありがとうございます^^
0
Commented
by
saheizi-inokori at 2012-08-17 22:15
tocotoco-o3poさん、写真の訴求力が強いだけに受け取る側は心してかからないと罠にはまることもありますね。
新聞テレビで如何にも極悪人という写真を垂れ流すとそれを鵜呑みにしてしまうような。私などもときどき妙な撮られ方をした自分の写真を観て俺はこんなに人相が悪かったかとがっかりすることがあります^^。
新聞テレビで如何にも極悪人という写真を垂れ流すとそれを鵜呑みにしてしまうような。私などもときどき妙な撮られ方をした自分の写真を観て俺はこんなに人相が悪かったかとがっかりすることがあります^^。
Commented
by
marsha
at 2012-08-18 07:37
x
「これがサンチの全財産」、そろそろ私も持ち物は数点に限定し、最低限の物だけで暮らすように心がけます。
Commented
by
saheizi-inokori at 2012-08-18 20:55
marshaさん、なかなか片付かないんですよ、私は。サンチに笑われてます。
by saheizi-inokori
| 2012-08-17 16:02
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
Trackback
|
Comments(4)