少年使節がみたコンクラーベはどんなだったか 映画「ローマ法王の休日」
2012年 08月 16日
天正の少年使節がローマに着いた頃の教皇はグレゴリオ13世、あのグレゴリオ暦の創始者だったが、使節たちと謁見後、17日で死ぬ。
少年使節がはるばる地球のはてからやってきたことは、グレゴリオ教皇の最後にとって輝ける栄光であり、教皇は感動して”滝のように”涙を流した。
宗教改革によって失われた国教会=ブリタニアを補って余りある日本の信者たちだった。
イエズス会やフランシスコ会が世界に布教活動をしたのはプロテスタントによる失地回復とヨーロッパ内部では拡大する経済・社会の需要を賄えないという両側面があった。
教皇選挙=コンクラーベの在り方についてヴァリニャーノが少年たちに丁寧に教えている。
少年たちが、日本では支配者が死んでしまうと約束(日本布教への援助)が守られないばかりか、ときには命の危険さえあることを心配しているが、1500年以上も継続している教皇庁ではそういう心配は不要だと。
そういう厳重な手続きによって投票がなされるはずの教皇選挙なのだが、実際には枢機卿が幽閉される前に大勢は決まっていて、投票開始後も、ファルネーゼ卿、メディチ卿、エステ卿(それぞれフランス、スペイン、トスカーナ大公などの利益代表者)たちの合従連衡、複雑な駆け引きが行われて、結果は大本命は外れ、モンタルト枢機卿=シスト五世に決まった。
グレゴリオはイエズス会の強力な支援者だったが、シストはフランシスコ会士だった。
日本の布教に日本の実情を知らない傲慢なフランシスコ会が乗りだして来て、重大な迫害に発展する一因となる。
とはいえシスト五世も少年使節を自分の人気高揚に利用しようと戴冠式には主賓待遇で遇するのだ。
とまあ、こういうところをまるで俺もローマに連れて行かれて、眼前に進行する儀式やその背後の噂話を、あの人はこういってるこの人によればこうらしい、と聞かされるような心持になるのが若桑みどりの素晴らしさ。
それで、この映画を見に行った。
おばさんたちが大半で30分前に行ったのでは立ち見という入り。
いつ面白くなるかと思っていたらいつまでも面白くならず終わった。
まあ、自信がないから法王になりたくないってのはよくわかるが、神はお許しになるのだろうか。
日本や世界の成りたがり屋・権力亡者の指導者たちには爪の垢でも呑ませたい。
枢機卿たちが精神病の薬を常用していたり、主人公が鬱病だといい、ヴァティカンに招かれたセラピストが「聖書は鬱病や精神障害の話だらけだ」と言ったり、、、教皇庁からクレームは出なかったのか^^。
ローマの古い町角に、パスクィーノと呼ばれる古代ローマ彫刻の破損した彫像が立っていて、市民たちは世相を風刺する詩句を厚紙に書いてその首にかける。
そこに、シスト教皇の出自を風刺した詩もあった由。
ちなみに若桑が本書を書いたころ、一番盛んなのはベルルスコーニへの風刺だそうだ。
少年使節がはるばる地球のはてからやってきたことは、グレゴリオ教皇の最後にとって輝ける栄光であり、教皇は感動して”滝のように”涙を流した。
宗教改革によって失われた国教会=ブリタニアを補って余りある日本の信者たちだった。
イエズス会やフランシスコ会が世界に布教活動をしたのはプロテスタントによる失地回復とヨーロッパ内部では拡大する経済・社会の需要を賄えないという両側面があった。
教皇選挙=コンクラーベの在り方についてヴァリニャーノが少年たちに丁寧に教えている。
少年たちが、日本では支配者が死んでしまうと約束(日本布教への援助)が守られないばかりか、ときには命の危険さえあることを心配しているが、1500年以上も継続している教皇庁ではそういう心配は不要だと。
壮大な葬儀のあとコンクラーベは始まる。50人ほどの枢機卿は、誓いをして一人ずつシスティナ礼拝堂に行き、ひとりひとりが麻の幕でかこっただけの小部屋に閉じ込められ、用を足すとき以外はそこから出ることはできず、また外部から人を入れることもできず、互いに口をきくこともできない。戸口はすべて閉められその戸口には五つの鍵がついてそれぞれ五人の人間が保管する。食事は枢機卿の家から運ばれるが、それも厳重に検査される。食事はすべてひとりずつ食べ、会食はできない。外部からの勧誘や買収などを防ぐためと、不自由にしておくことで贅沢な暮らしに馴れた枢機卿はさっさと次の教皇を決めるだろうということ。
グレゴリオはイエズス会の強力な支援者だったが、シストはフランシスコ会士だった。
日本の布教に日本の実情を知らない傲慢なフランシスコ会が乗りだして来て、重大な迫害に発展する一因となる。
とはいえシスト五世も少年使節を自分の人気高揚に利用しようと戴冠式には主賓待遇で遇するのだ。
それで、この映画を見に行った。
おばさんたちが大半で30分前に行ったのでは立ち見という入り。
いつ面白くなるかと思っていたらいつまでも面白くならず終わった。
まあ、自信がないから法王になりたくないってのはよくわかるが、神はお許しになるのだろうか。
日本や世界の成りたがり屋・権力亡者の指導者たちには爪の垢でも呑ませたい。
枢機卿たちが精神病の薬を常用していたり、主人公が鬱病だといい、ヴァティカンに招かれたセラピストが「聖書は鬱病や精神障害の話だらけだ」と言ったり、、、教皇庁からクレームは出なかったのか^^。
ローマの古い町角に、パスクィーノと呼ばれる古代ローマ彫刻の破損した彫像が立っていて、市民たちは世相を風刺する詩句を厚紙に書いてその首にかける。
そこに、シスト教皇の出自を風刺した詩もあった由。
ちなみに若桑が本書を書いたころ、一番盛んなのはベルルスコーニへの風刺だそうだ。
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ginsuisen
at 2012-08-16 19:45
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「ヴァチカンに行って、あなた方が見なければならないものは、布教の歴史を語る世界地図です。それはキリスト教による布教の征服のあとであることを知らねばなりません。そこに日本の歴史を重ねると見えてくるものがあります。ルターの宗教改革、グーテンベルグ印刷術、決して日本と関係がないわけではないのです・・」若桑先生の大仏次郎賞受賞記念講演の最初の言葉です。
saiheiziさん、ヴァチカンに行ってみたくなってませんか=。
法王の映画もおもしろそう!
saiheiziさん、ヴァチカンに行ってみたくなってませんか=。
法王の映画もおもしろそう!
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saheizi-inokori at 2012-08-16 20:55
ginsuisenさん、ヴァチカンには一度行きましたがツアーの一員として2時間もいたかな、また行きたいけれど叶わぬ夢です。
映画は、私はイマイチでしたが、、。
映画は、私はイマイチでしたが、、。
若桑みどり、って若い作家かと思ったら、1935年生まれなんですねぇ。そういえば須賀敦子を知ったのもついこの間で、いまだに読んでません。そもそも本が書かれすぎですよ。
『クアトロ・ラガッツィ』は読んでみます。
『クアトロ・ラガッツィ』は読んでみます。
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kuukau at 2012-08-17 09:09
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saheizi-inokori at 2012-08-17 14:18
きとらさん、はは、読む方の身にもなってミロ、ですね^^。
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saheizi-inokori at 2012-08-17 14:19
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haruneko3 at 2012-08-17 15:43
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saheizi-inokori at 2012-08-17 16:03
by saheizi-inokori
| 2012-08-16 11:31
| 映画
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Comments(8)