鵺は救いを確信したか 友枝昭世@国立能楽堂定例公演

ちょっと前までは能も結構観に行っていたのに、最近はもっぱら落語になっている。
それでも友枝さんだけは別でずっと続けて観たいと思っていた。
問題は、”切符が取れない!”
売出しの日は30分以上も前から準備して、ラジオの時報と同時にクリックするのだが、このところ失敗ばかり。
どうやら神様が落語も能もというのは欲張りだとお諭しになっているのだろうと考えて、あきらめていた。

そうしたら、なんと急用で行けなくなった方から譲ってあげるとのありがたいお話。
ふたつ返事でいそいそ。

「鵺」、4年前にセルリアンタワーで観た演目だ。
そのときの記事に曲の内容を書いてあるので、こちらをご覧ください。→乱世に出現する鵺 友枝師、国宝にふさわしかった 「鵺」(セルリアンタワー能楽堂定期能7月公演)

友枝昭世・シテ・舟人、実は鵺の亡魂が舞台中央で正面を向いて、両の手をわずかに羽ばたくように挙げるとまるで鳥が息をしているようだ。
その動きにつれて舞台全体の空気が震える。
強弱・緩急のメリハリと舞台空間を存分につかって、鵺が世界を支配してみせる。
ダイナミックな鵺だ。
鵺は救いを確信したか 友枝昭世@国立能楽堂定例公演_e0016828_1243563.gif
(前シテの面・真角・しんかく)

我が物顔に悪行を重ねていたのに
頼政が矢先に当たれば変身失せて、落落磊磊と、地に倒れて、たちまち滅せし事、思へば頼政が、矢先よりは、君の天罰を当たりけるよと、今こそ思ひ知られたれ
今回は正面席からみていたので、このときのシテの悔恨がずしっと俺の脳天を直撃した。


(鵺はトラツグミといわれる。
前回の記事にhenryさんが、コメントでトラツグミの声がたくさん収録されている記事を教えてくださった。
http://www.nikkotoday.com/sounds/data/toratugumi.htm
henryさん、元気でいらっしゃるかなあ)

シテはあるときは鵺であり、あるときは鵺を討ちとる頼政になる。
前回は↑頼政=鵺=世阿弥かなどと、あれは中沢新一の「カイエ・ソバージュ」に影響されての感想を書いている→「鵺は地獄でなきさけぶ」

扇を矢先に見立てて下腹に突き立てる鵺と、同じく扇を弓に見立てて”よっぴきひょう”と矢を放つ頼政、前者が後シテ・鵺として金襴の半切なのに、後者・舟人は前シテとして全身真っ黒な、いかにもアヤカシの姿という対照が妙だ。
落語では噺家が違う人物を演じ分けて、それはあくまでも別人たちなのに、この能では鵺と頼政を流れるように、しかしはっきりと演じ分けているのに、なお鵺と頼政は同一のものの表裏であるように感じられたのだ。
鵺は救いを確信したか 友枝昭世@国立能楽堂定例公演_e0016828_12441849.gif
(後シテの面・泥小飛出・でいことびで)

空舟(丸木舟)に押し込められた鵺(の亡魂)が
浮きぬ沈みぬ、見えつ隠れ
淀川を漂っていくのは、
浮かぶべき、頼り渚の浅緑、三角柏にあらばこそ、沈むは浮かぶ縁ならめ
魂が浮かぶか沈むか、地謡も囃子も大きく小さく揺れて橋掛かりが淀川になったと思ったら
山の端の月とともに、海月も入りにけり、海月とともに入りにけり
鵺は消えて行った。
残る旅僧(ワキ)はひとり天を仰いで佇む。

前に見た時と違ったのは、さいごの鵺が消えていく場面が、とても力強く、ある明るさを感じたこと。
暗きより暗き道にぞ入りにける、はるかに照らせ
仏の御光で照らしてください!鵺の叫びが、見送る僧にしっかりと受け止められて、救済の確信につながっていったように感じた。
それが友枝師の意図したことだったか、それとも俺が勝手にそう願ったからかは分からない。

ワキ・旅僧・福王茂十郎は、初めて見たが長身で現代の陰影とでもいうような雰囲気を感じた。
アイ・里人・山本東次郎は、山本則俊の代演だったが、堂々たる貫録で里人の長なんだろうな。

笛・一噌庸二 小鼓・林吉兵衛 大鼓・亀井忠雄 太鼓・観世元伯
地謡・友枝真也 金子敬一郎 内田成信 大島輝久 狩野了一 粟谷明生 香川靖嗣 長島茂
鵺は救いを確信したか 友枝昭世@国立能楽堂定例公演_e0016828_1231315.jpg
(暑い朝を飛んでいく)

他に狂言「秀句傘」
シャレの分からない大名がシテ・山本奏太郎、ご無理ごもっともと仕えるアド・太郎冠者が山本則秀。
傘(からかさ)に関わるシャレを連発し、愚かな大名から扇、刀、上下小袖をせしめるアド・新参者を山本則孝。

友枝さんにこだわらず、ときどきは能狂言も観に来よう。
Commented by at 2012-07-19 18:02 x
「鵺の鳴く夜は恐ろしい」どっかで聞いたなぁ..... 悪霊島でした。
私には悲しく聞こえます。
Commented by cocomerita at 2012-07-19 18:36
Ciao saheiziさん
鵺の鳴き声いいですねえ
やっぱり なんかちょっと能ぽいよね

家も朝は鳥達の鳴き声で、ここはアフリカか??と思うくらいすごいです
でも まだ冷たい朝の空気の中でその声を聞くと、もの凄い幸せな気分になります
Commented by saheizi-inokori at 2012-07-19 20:43
蛸さん、能の鵺は鳴声だけが鳥の鵺=トラツグミに似ていて、じっさいの姿は顔は猿、足手は虎、尾は蛇という怪物です。
浮かばれない怪物に似つかわしい鳴声ですね。
Commented by saheizi-inokori at 2012-07-19 20:44
cocomeritaさん、私も毎朝サンチと散歩して鳥の声は楽しみの一つです。
名前を覚えられたらもっと楽しいのでしょうが。
Commented by ginsuisen at 2012-07-19 23:02
同じ番組でも、時代に合わせて、演じていく友枝さん、やっぱりすごいですねー。鵺、頼政。。平家物語の一つの物語だったのですね。乱世ならではの出来事と思えません。今、日本は乱世。世界の中できちんと残っていけるのでしょうか。
Commented by 豆ママ at 2012-07-20 00:19 x
鵺が救われたようで・・・ホッとしました。
Commented by fukuyoka at 2012-07-20 00:37 x
前シテの離れている目と口、後シテのやたらと長い長い顎、二つの面と装束は恐ろしく美しかったです。凄い面相なんですね。
Commented by つきのこ at 2012-07-20 08:18 x
あまりにもすごすぎて、脱魂状態でした。
やっと平常心に戻って、日常を取り戻しております(汗)
Commented by saheizi-inokori at 2012-07-20 09:45
ginsuisenさん、見守り、照らしてくれる存在があるのかが問題です。
友枝さんは凄いですね、観ることが出来て幸せです。
Commented by saheizi-inokori at 2012-07-20 09:46
豆ママ さん、鵺は私かもしれないのですから。
Commented by saheizi-inokori at 2012-07-20 09:47
fukuyoka さん、↑の写真よりずっと深みと哀れさを感じました。
面はそれをつける人の力で命を吹き込まれるのかもしれないですね。
Commented by saheizi-inokori at 2012-07-20 09:48
つきのこ さん、きっとどこかにいらっしゃると思っていましたよ^^。
今でもありありとあの舟人や鵺の動きが目に浮かびますね。
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by saheizi-inokori | 2012-07-19 12:52 | 能・芝居 | Trackback | Comments(12)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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