老後の趣味のもつ重み
2012年 03月 31日
ぼんやり日々を過ごしていたらもう三月もおしまい。
「わが母と祖母の遺したまいしうた」という記事を毎月一度書いているのが危うく欠けてしまうところだった。
母が俳句を始めたのは長年一緒に暮らしていた弟一家と別れてひとり暮らしをするようになってからしばらくしてのことだったように思う。
俺たち一家は名古屋にいたのだが「こちらはそう思わなくても年寄りと一緒に暮らすのは気を遣うようです」という言葉に、それまで弟に任せっぱなしだった(まだ母は仕事をしていたけれど)ことの重さみたいなものを感じて俄かに狼狽えた覚えがある。
毎週欠かさず「週刊○○(わが苗字)」をわら半紙の裏表にみんなが何かを書きつけて送った。
母はそれをコピーして一部は義母に一部はこちらに送り返してくれるのだが、「松島日記」という日記体の長い手紙が同封されてきた(江戸川区松島は母の住所)。
これは12・3年以上、亡き妻が病気になるまで続いた。
こちらから「週刊○○」を出さないのに母からは松島日記が届いて病院から帰ってポストに見つけるとなんだか失くした日常からの便りみたいな感じがした。
その松島日記の始めのころに俳句を始めたとあったような記憶がある。
山田みづえ先生についてちゃんと勉強を始めたのは平成3年夏、それから亡くなる平成11年まで母にとっては俳句の会に行くのが生きがいだったようだ。
生き甲斐と軽く書いたが、そのことのいろんな意味が分かりだしたのは最近のことだ。
ふだんは見ないNHKテレビの俳句番組を見るともなしにみていた俺が何か感想を言ったのに母が答えたことがある。
そのときの母の笑顔は良かった。
どうしてもっと、と今頃思ってもせんないことだ。
祖母の歌から
母の句。
「わが母と祖母の遺したまいしうた」という記事を毎月一度書いているのが危うく欠けてしまうところだった。
母が俳句を始めたのは長年一緒に暮らしていた弟一家と別れてひとり暮らしをするようになってからしばらくしてのことだったように思う。
俺たち一家は名古屋にいたのだが「こちらはそう思わなくても年寄りと一緒に暮らすのは気を遣うようです」という言葉に、それまで弟に任せっぱなしだった(まだ母は仕事をしていたけれど)ことの重さみたいなものを感じて俄かに狼狽えた覚えがある。
毎週欠かさず「週刊○○(わが苗字)」をわら半紙の裏表にみんなが何かを書きつけて送った。
母はそれをコピーして一部は義母に一部はこちらに送り返してくれるのだが、「松島日記」という日記体の長い手紙が同封されてきた(江戸川区松島は母の住所)。
これは12・3年以上、亡き妻が病気になるまで続いた。
こちらから「週刊○○」を出さないのに母からは松島日記が届いて病院から帰ってポストに見つけるとなんだか失くした日常からの便りみたいな感じがした。
その松島日記の始めのころに俳句を始めたとあったような記憶がある。
山田みづえ先生についてちゃんと勉強を始めたのは平成3年夏、それから亡くなる平成11年まで母にとっては俳句の会に行くのが生きがいだったようだ。
生き甲斐と軽く書いたが、そのことのいろんな意味が分かりだしたのは最近のことだ。
ふだんは見ないNHKテレビの俳句番組を見るともなしにみていた俺が何か感想を言ったのに母が答えたことがある。
そのときの母の笑顔は良かった。
どうしてもっと、と今頃思ってもせんないことだ。
いささかののぞみも湧きつ焼野すら春さり来れば草のもえいつ
抵抗のすべなき老ひをしいたぐるかなしき様を見つつききつつ
雪点す父の灯母の灯子どもの灯
吹かれつつ啄む鳥や草若葉
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たま
at 2012-03-31 17:21
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ペギー葉山の「蔦の絡まるチャペル・・・」ならぬ「ツタ」(蔦)のカニ芽でしょうか。
しげしげと眺めると、「蟹の赤い両手」に似てなくもなくに・・・?
我が家の白い「姫コブシ」と「沈丁花」も満開にて。
しげしげと眺めると、「蟹の赤い両手」に似てなくもなくに・・・?
我が家の白い「姫コブシ」と「沈丁花」も満開にて。
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こんばんは~
大変な事もあったとは思いますが、ステキなご家族だったのですね。
>無くした日常からの便り
貴重ですね。今となっては宝物ですよね。
お祖母さまもお母様も、素敵な方だったのですね~
遺されたお歌と句、拝見していつもそう感じております^^。
大変な事もあったとは思いますが、ステキなご家族だったのですね。
>無くした日常からの便り
貴重ですね。今となっては宝物ですよね。
お祖母さまもお母様も、素敵な方だったのですね~
遺されたお歌と句、拝見していつもそう感じております^^。
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mama
at 2012-03-31 19:43
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saheiziさんのブログには、読者にとってたくさんの楽しみがあふれています。その1つにお母様、お祖母さまの俳句・短歌があります。周囲のものを見つめる凜としたまなざしに、思わず姿勢を正してしまうのです。同じ日本人として、女性として恥じ入り、言葉の豊かさに胸打たれます。
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saheizi-inokori at 2012-03-31 22:24
たまさん、わがマンションの壁の蔦です。
ちょっと色っぽくないですか^^。
ちょっと色っぽくないですか^^。
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saheizi-inokori at 2012-03-31 22:25
みい さん、ありがとう。
亡妻は週刊○○のイラストがうまかったですよ^^。
亡妻は週刊○○のイラストがうまかったですよ^^。
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saheizi-inokori at 2012-03-31 22:27
mama さん、そんなことを言われると穴があったら、、とも思いますが、母と祖母はすでに穴の中ですね。
さぞかし照れ笑いをしていることでしょう^^。
さぞかし照れ笑いをしていることでしょう^^。
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kaorise at 2012-04-01 01:16
saheiさんちはことば好きの家系なんですねえ。
家族で共通の趣味を持つって幸せですね〜
うちも芸術好きの家系で祖母は俳句をやっていたし、母もやってるみたい、、読んだ事ないのですが〜
祖母の俳句は淋しい感情が多かったと妹が言っていました。
祖母が健在のときは、私は仕事で苦労していた時期で余裕がなくて、、優しくできなかったことを後悔しています。
家族で共通の趣味を持つって幸せですね〜
うちも芸術好きの家系で祖母は俳句をやっていたし、母もやってるみたい、、読んだ事ないのですが〜
祖母の俳句は淋しい感情が多かったと妹が言っていました。
祖母が健在のときは、私は仕事で苦労していた時期で余裕がなくて、、優しくできなかったことを後悔しています。
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saheizi-inokori at 2012-04-01 09:25
kaoriseさん、祖母の時代は歌を詠むのは一種のたしなみみたいな感じもあったのではないのかな。
母の家系には作家も出ていますが。
母の家系には作家も出ていますが。
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蛸
at 2012-04-01 11:15
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旭のキューです。
at 2012-04-01 11:29
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お母さんの偉大さが感じ取れました。すごい!
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saheizi-inokori at 2012-04-01 16:45
蛸さん、向上心が旺盛なんではないですか^^。
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saheizi-inokori at 2012-04-01 16:46
旭のキューです。 さん、母親は誰の母親もに偉大です。すごいです。
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cocomerita at 2012-04-01 20:01
Ciao saheiziさん
>どうしてもっと、と今頃思ってもせんないことだ。
わかります、苦いものが今だに こみ上げます 苦笑
親への恩って、返しても返しても返しきれないもんだよね
でも、こういう思いも、彼女たちはあっち側でしっかりい感じ受け取って
それが彼女たちの供養にもなってると 私は思います
苦い思いは忘れてないので、一期一会をもっと強く自分に課すようにはなりましたけどね 笑
>どうしてもっと、と今頃思ってもせんないことだ。
わかります、苦いものが今だに こみ上げます 苦笑
親への恩って、返しても返しても返しきれないもんだよね
でも、こういう思いも、彼女たちはあっち側でしっかりい感じ受け取って
それが彼女たちの供養にもなってると 私は思います
苦い思いは忘れてないので、一期一会をもっと強く自分に課すようにはなりましたけどね 笑
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saheizi-inokori at 2012-04-01 22:06
cocomeritaさん、そうであることを念じます。
by saheizi-inokori
| 2012-03-31 11:31
| わが母と祖母の遺したまいしうた
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Comments(14)