まこてえ、人間は鬼よりこわか 石牟礼道子「苦界浄土 第三部天の魚」

石牟礼道子の「苦界浄土」、その第三部を読み始めた。
「舟非人」という章があって不知火湾で舟の上で暮らしていた人の語りがある。
本人も含めて一家5人が水俣病になり、それがなければ食べていけない海の幸を獲ることを禁じらても
ここの海から出てゆけるほかの海はなし。
海はあってもそこに出てゆけるような人間じゃなし。舟はなし。
という人だ。

「非人」は「かんじん」と読む。
おどまかんじんかんじんのかんじんじゃ。
まこてえ、人間は鬼よりこわか 石牟礼道子「苦界浄土 第三部天の魚」_e0016828_11454482.jpg
美しい言葉で在りし(水俣病以前の)日の暮らしを語る。
辛かろう、不便じゃろうと思われるような海の上の暮らしがまるで浄土のように聞こえる。
わたしどもはもうみんな、夢のごたる人間ばっかりで、陸の上の理屈のごたるもんは、しちめんどう臭うして、なんにも知りませんとでございます。

それはもう、おしまいじゃなかろうかと思うような嵐に逢うことも、一度や二度ではございませんけれども、舟の上の暮らしむきは、物さしあてて囲いをして、時計の針できざむようにはありません。もうほんなこて、簡単も簡単、ことにおなごには、陸の上の百姓わらと違いまして、肥も汲まんでよかでしょうが。仏壇飾り立てるわけじゃなし、台所飾り立てるわけじゃなし、食うた茶碗は、ふなばたの波でじゃぶっと洗うてそれでおしまい。おなごにとって、この上簡単な暮らしはなか。どっちかといえば、わたしどもは魚の性でございましょうなあ。
とつとつと喪われた浄土の得がたさを語る。
チッソに対する怒りは声高に叫ばれるよりはるかに深い叫びとなって伝わる。
炭坑でも、会社でも、ああいうもののあんまり賑あう盛りのときは、必ず、にんげんの、たくさん、死にますなあ。

チッソのえらか衆の、まだ死にきれずにおるわたし共の姿を、眺めなさいますお顔をみておりますと、昔の人が、鬼がおとろしか魔がおとろしかちゅうても、人間よりおとろしかもんはおらん、人間より上の魔はおらんぞいと、教えなはったことば思います。ああやっぱり、お互い、人間がいちばん、何の性のなり替わりか知れぬもんじゃと、思いますなあ。
水俣病で死んだ娘が解剖されて繃帯巻きになったのをタクシーの運転手が気味悪がって乗せてくれない。
はらわたのくずじゃろとなんじゃろと、わが子にはちがいなか。残しておけばそれにも魂の残る。骨のかけら、髪ん毛(かんげ)いっぽんもわが腹痛めて産んだもんですけん、拾いあつめて、連れて帰ろうごたる。他人ならばおとろしゅうもありまっしょ。
繃帯でつないだだけの体が、くたくた、音がする、背中で、、。泣いているようだ。
和子ォ、、、、
まこてェ、死んだ後までも痛か目に遭うかい。おう、痛かねえ、ほんに。
柔らしゅう歩こうばってん、この汽車道の、なかなか、よかあんばいに歩かれんとぞ、、、手切るるめえぞ、うちに着くまで、首ども、つっ転すまいぞ、、。
雨のしとしと降る晩に、親子びっしょりになって、家に帰ったのだ。
まこてえ、人間は鬼よりこわか 石牟礼道子「苦界浄土 第三部天の魚」_e0016828_11462252.jpg
ああ、辛いなあ。
切ないなあ。

藤原書店
石牟礼道子全集 第三巻
Commented by takoome at 2012-03-22 12:09
サワディ〜カ〜
素直な心ですね、
何時から人は持てなくなったのでしょうか、
Commented by 蓮花草 at 2012-03-22 12:36 x
saheiziさん、ご無沙汰致しました。
石牟礼道子氏の事は、以前、水俣の海の事を放送したおりに知りました。
この作家が語る水俣のチッソの態度は、この本の中で語られる通りですね。
イタイイタイ病や水俣、そして今回の原発事故、構造は何も変わっていないのだと今更ながらに思い知らされます。
良い本を教えて頂きました(下の記事の本も^^)
そして遅ればせですが、お誕生日おめでとうございます。
ますますのご活躍を願っています。
Commented by saheizi-inokori at 2012-03-22 12:47
takoomeさん、今でも素直な心を持ち続けている人もいると思います。
そういう人がなんのトガもないのにひどい目に遭うのって辛いですね。
飯館のまでいの人たちとか。
Commented by saheizi-inokori at 2012-03-22 12:48
蓮花草さん、ありがとう。
お孫さんが増えてにぎやかですね^^。
Commented by hisako-baaba at 2012-03-22 14:40
沢山お読みになりますね。
重いテーマを。
世の中、一握りが栄えて、99%が苦労する?中流が無くなる?
不条理がまかり通る?
若い世代の時代になるまで、希望は持てるのでしょうか。
Commented by poirier_AAA at 2012-03-22 17:23
苦海浄土、他のどんな関連本よりも水俣病(公害)の本質を教えてくれると思いました。あの頃といまと、何も変わっていませんね。
Commented by cocomerita at 2012-03-22 17:32
Ciao saheiziさん
なんか今の福島の人達の叫びに重なって、悲しいやら腹が立つやら...

家の母も、人間が一番怖いよと言っていましたっけね
地球の害虫は、むしろ人間ですよね
Commented by saheizi-inokori at 2012-03-22 21:37
hisako-baabaさん、よほどみんなが変わらないと、難しいと思います。
そのことを考えて本を読んでいます。
Commented by saheizi-inokori at 2012-03-22 21:39
poirier_AAAさん、そうですね。人間は変わらないのかもしれないですね。
でもそのことを知れば少しは良くなるのかも知れない。
Commented by saheizi-inokori at 2012-03-22 21:42
cocomeritaさん、まさにその通り、フクシマや被災地のことを考えていくとどうしても水俣病や石牟礼さんや渡辺京二にたどり着くのですよ。
しつこいようだけどハシモトの対極なんです。
Commented by きとら at 2012-03-22 22:45 x
 石牟礼道子の描く海と漁民、ほんと、浄土のようですね。沖縄にもインドネシアにもポリネシアにも美しい海があるのに、石牟礼氏が描く不知火湾には及びません。
 何なんでしょうねぇ。筆力、では、なさそうです。
 
 苦界、これも、公害はあちこちにあるのに、水俣が最も悲惨です。
Commented by kaorise at 2012-03-22 23:02
鬼も悪魔も人間のことなんでしょうねえ。
ちょうど去年の夏ごろでしょうか、ネットで騒がれていた福島の話を
九州の母と妹にメールしたら二人とも「水俣や。水俣と同じことが起こりよる。」と怖れていました。
妹に「苦界浄土を思い出した、読んでみんね。」と言われたのに
まだ手にとっていませんでした。
もう読み始めなければなりませんね、、、
Commented by saheizi-inokori at 2012-03-23 09:34
きとら さん、筆力を生み出す何かがありますね。
地の霊とともに生きているような。
Commented by saheizi-inokori at 2012-03-23 09:35
kaoriseさん、磁力に引き寄せられるようにして読んでいます。
Commented by yukiwaa at 2012-03-23 20:47 x
とても、心にしみる言葉で書かれていて、思わず、読みたい・・と思い、さっそく、アマゾンで検索してみます。
声高に言うのは、何かチガウ気がします。
震災の時も声高に言われていた、「古着はダメです、残されたオシメは遺品みたいでダメです」・・と。優しさを感じない言葉でした。悲しくなりました。

佐平次さん!お誕生日だったのですか?
い・く・つ・・・になられました?
内緒でもいいですよ!
おめでとうございます。健康にココまでこれて私も、、でもまだまだ
怪物になるまでがんばりましょう!(笑)
Commented by saheizi-inokori at 2012-03-24 00:05
yukiwaa さん、いくつだと思いますか?^^。
そんなに健康とは言い切れない(なんせ身障者一級ですけん)のですが3・11を経てみたら文句を言えたもんじゃないですね。
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by saheizi-inokori | 2012-03-22 11:48 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(16)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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