泣く男は信頼できるか 映画「マイ・バック・ページ」

「ファイブ・イージー・ピーセス」、「真夜中のカーボーイ」、どちらも見ていない。
前者ではジャック・ニコルソンが泣き、後者ではダスティン・ホフマンが泣くのだって。
「しっかり泣ける男の人は好き」と恋人が言うのだ。
それで主人公・心情的に新左翼に傾斜している朝日ジャーナル(映画では違う名前だが)の新人記者は、新左翼の地下活動家と名乗る男の「『真夜中のカーボーイ』のダスティン・ホフマンの泣くところが良かった」という言葉で、その男を信じてしまう。

「マイ・バック・ページ」
1971年に実際に起きた「朝霞自衛官殺害事件」、そのとき主犯を信じ彼からスクープをものにしようとして犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪に問われ懲役10ヶ月、執行猶予2年の有罪判決を受けた川本三郎の同名の自伝的な小説「マイ・バック・ページ-ある60年代の物語」が原作。



ベトナム反戦、米軍戦車輸送反対、沖縄返還闘争、第二次安保闘争、成田闘争、東大闘争、、いろいろあった。
毎年10月21日は国際反戦デー、活動家たちは暴れた。
俺が務める会社の支店でも現場の活動家が数人逮捕されて出勤できなくなった。
4日も休んだだろうか、結局送検されることもなく釈放された。
日頃の活動家の狙い撃ちだったがデモに参加しただけではお灸をすえておしまい。
本社からは全員首にしろと強い指示があった。
俺は逮捕されただけで首にはできないと頑張って彼らの一人づつと面談をした。
ベトナム戦争についてあんたはどう思うのか?良くないと思うならそのことをどう表現するのか、じっと会社に出勤するだけなのか?
逆に問い返してきた若者たち、好い顔だった。
全員に無断欠勤についての反省文を書かせて一件落着にした。
泣く男は信頼できるか 映画「マイ・バック・ページ」_e0016828_18493118.jpg

それを俺は新宿騒乱事件のときのことかと思いこんでいたが、その翌年1969年の事件だった。
新宿伊勢丹前の交番がメチャクチャに壊されたのはどっちのときだったか。
あんなにいろいろあって俺も大変な思いをしたのに、もう忘れたことが多い。

映画を見ていると押し入れにしまい込んだ古いアルバム(そんなものもみんな処分してしまったのだが)を見ているような気がした。
そうして、わずかながらあの頃の青い熱い気分も蘇ってきたかのような。
相模原戦車闘争でノースピア近くの路地で血だらけになって転がっていた若者たちの気配までがたちあがってきた。

主人公の記者が新左翼・反体制の行動にシンパシーを感じた動機とか状況の説明が弱いような気がした。
単にスクープをものにしたいという功名心だけでは説明できない行動だったはずなのに。
いや、俺がそう思いたいのかもしれない。
やや長すぎる気もしたし最初からネタは割れているのに最後まで緊張してみ続けることが出来た。
最後の“男の涙”も分かっていて泣けた。

今、あいつらと遭ったら
あんたは今も原発反対なんていうだけじゃないか。
いつまでも変わらないね。
と言われそうだ。

それにしても「定期点検中の原発は安全だから再稼働せよ」なんて経産大臣のトンデモ発言。
今、新しい耐震指針はできてないというのに。
”戦わない国民”になってナメラレっぱなしになったのはあの頃からかもしれない。
今目の前に海江田がいればぶん殴ってやるのに。
Tracked from 掬ってみれば無数の刹那 at 2011-08-04 13:05
タイトル : 徹頭徹尾、朝日新聞社の言い訳
もし、この映画の原作者が自身の物語として書いたものだと、 帰ってから調べて知ることがなかったら、 私は間違いなくそう思い込んでしまったに違いない。 まして、今のように、大手新聞社がどのような立場で記事を書いているか よくわかっているならば、なおさらのことだ。 しかし、この物語はそうではなかった。 麻布中学・高校を卒業して東大法学部、 そして当初からのマスコミ志望を果たして朝日新聞社に入社した 川本三郎自身の物語だったのだ。 誰が、どのように書いたのか、という映...... more
Commented by きとら at 2011-06-18 21:53 x
 ダスティン・ホフマンが泣いたシーンはよく憶えてます。カウボーイとホフマンがフロリダに行くんです。その長距離バスの中で、「小便、ちびっちまった・・」とホフマンが泣くんです。そして死んでしまう。
 
 あの頃、「真夜中のカウボーイ」とか「イージーライダー」とか、「心中天網島」とか「エロス+虐殺」とか、アートシアターでよく観ました。訳のわからない映画が多かったですね。「真夜中のカウボーイ」もどこがいいのかよく解りません。(笑)
 
 私にとってはアートシアターも「朝日ジャーナル」も一種のポーズでした。
Commented by saheizi-inokori at 2011-06-18 22:23
きとらさん、私もアートシアターには行きました。砂の女、の佐々木通子といったか、色っぽかったなあ。ポーズですか?新左翼にも多分にそれはあったでしょう。でもポーズすらなくなって欲望丸出しよりは可愛い?
Commented by kaorise at 2011-06-18 23:20
>ぶん殴ってやるのに

ピカチュウのお面かぶって、電気ショックお見舞いしてやりたい!
奴が気絶したら顔にマジックで落書きしてやる〜!
Commented by antsuan at 2011-06-18 23:42
わたしも『真夜中のカウボーイ』を見ましたが、好い映画だという記憶はありません。
あの時代の若者はもっと純粋だったと思います。しかし、特攻隊員よりは純粋じゃなかった。今から思えば、そのわずかな不純が時を経て増殖してしまったのでしょう。
Commented by kanafr at 2011-06-19 07:53
今の若者ってボランティアはするけれど、闘うという熱いものはないって言うのですが本当でしょうか?
かつての、熱い思いが押さえきれなくて石を持った若者を責める事はできませんが、いつしかそれが単なる暴力に変わった時、うまく牙を抜かれて、闘う事を止めた人達。彼らは生きていくには大きなリスクがあるって、上手にたたきこまれたんじゃないかって思います。
闘うには石は必要じゃない、草食系の若者達の静かな力が大きな波になって動かす事もあるって信じたいんです。
国を、愛する人を守りたいっていう熱い思いはきっと誰にでもあるんですもの。
Commented by saheizi-inokori at 2011-06-19 09:29
kaorise さん、おおこわ!オクターヴのマスクはもったいない?
Commented by saheizi-inokori at 2011-06-19 09:31
antsuan さん、不純であることを恥じない、むしろそれが純粋(欲望に忠実)だと開き直ってきたのかもしれないですね。
楽しんで何が悪い?って。
Commented by saheizi-inokori at 2011-06-19 09:33
kanafr さん、日常において自分だけの為じゃない発言、それがKYであろうとも、をすることが必要だと思いますね、とりあえず。
Commented by hanarenge at 2011-06-19 10:23
毎日テレビでヘルメットとゲバ棒のニュースが流れていました。
安田講堂の事は、ずっと後で特集とかで見ました。
私の知っている学生運動は、浅間山山荘と赤軍派のリンチ事件に象徴されています。
もう私たちの頃は学生運動は、危険な事で悪い奴と言う認識でしかありませんでした。その理想は挫折してしまった言い訳に聞こえました。
冷たい言い方ですね、ごめんなさい。
経済産業省の大臣は業界のスポークスマンですね。
Commented by saheizi-inokori at 2011-06-19 11:20
hanarenge さん、学生運動が悪とみなされ組合運動も企業べったりになり、市民運動も菅を産み、原発に反対する人は変わりモノにされてしまった。
新しい力が結集できるか?課題ですね。
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by saheizi-inokori | 2011-06-18 21:29 | 映画 | Trackback(1) | Comments(10)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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