邪悪な魂は美しい世界にも宿る 映画「白いリボン」
2010年 12月 09日
泊ったことがあるわけでもなく何かホテル側に不都合があったのでもないのに。
昔、仕事でどうしても説得しなければならない人にイイように鼻ずらを引きまわされて、それでも這いつくばってでも言うこと(そんなに無理なことではない)を聞いて欲しかった。
切羽詰まって大事な右腕とも頼む人のお通夜(俺が仕切っていた)の日にもなんとかして会ってもらいたいというと、行きつけのホテル○○で会おうという。
豪奢なロビーで待たされたあと喫茶室で伏し拝まんばかりにしてお願いしたけれどつれない返事だ。
欲の塊に志とかお客様第一などという言葉の意味すら通じない。
亡くなった方のことも知っているけれど同情もない。
殆ど不眠不休の毎日で、まさに目の前が暗くなる思い。
無念やるかたなくホテルを出たのだが行きかう連中がみんな冷たい金持ちに見えてしょうがなかった。
そのホテルの隣にある映画館で観た「白いリボン」。
第一次大戦前夜の北ドイツの農村が舞台。
閉ざされた村に起き続ける奇怪な事件。
生と死、悪意、異常性愛、不条理な罰、支配、専制、、人間の業が小さな子供につきつけられる。
2時間半、わけがわからないまま固唾を飲んで見ていた。
ハッとする、モノクロの美しさ。
とくに一面の雪野原に大きな並木が真っ白な雪をかぶっている景色は言葉を絶する。
教会で子供たちが歌う「神は我が力」の合唱も美しい。
歌っている子供の中に邪悪な魂も潜んでいるかもしれないのに。
腕に巻かれた白いリボンは子供たちの純潔を守るというけれど。
見終わってぼ~っとして外に出たら急に尿意を催した。
ボーイの敬礼を受けながらホテル○○の階段を上ってトイレに。
相変わらず金と権力の嫌な臭いがする。
白いリボンでも付けたらいいのに。
映画「白いリボン」、見終わった直後より少したった今、もう一度見たくなる。
訳が分からない映画なんだけれど。
あの白い雪景色だけでももう一度見たいものだ。
100年前に国家によって起こされた大逆事件、首謀者たち4人以外はまったくのでっちあげで天皇への爆裂弾テロ計画の犯人として24人が非公開・秘密・即決審理の末、死刑の判決を受けてそのうち12人が判決の僅か5日後に縊り殺された。
処刑を急いだのは国際世論の反発を恐れたからともいう。
そのときの大阪朝日の社説はこれを「社会より黴菌を除去するもの、吾人は之をペストの掃蕩と同一視し、毫も之を仮借するの必要なしと信ず」と書いた。
幸徳らの死体は二日に分けて引き渡された。
堺、大杉や遺族たちは棺を荒縄で縛り丸太棒を通して担ぎ落合の火葬場まで運ぶ。
途中で何度も警察官たちに止められて身体検査をされるなどの妨害を受け、落合火葬場につくと全員拘束されて新宿署に連行される。
“逆徒”の火葬にこんなに大勢が参加するのは穏当ではない、という理由だった。
大逆事件について詳細が知られ出したのは戦後のことだ。
今、検察の暴走とか国策捜査ということが”あってはならない”ことのように言われる。
しかしそんなものはず~っと当たり前のように続けられて来たのじゃないか。
むしろ無い方がおかしいのかもしれない。
裁判員制度で一般市民が死刑判決を下す苦しみが報じられている。
これもその内、死刑が当たり前、死刑判決に反対した市民が糾弾されるようになるのじゃないか。
脈絡はないかもしれないがこの映画を見てそんな感じがして来た。
もう一度見たいのは怖いもの見たさ、人間の心の深淵を見たいのかもしれない。
人間の心も、今の世に起こっている出来事も深すぎて深すぎて。。
ところで私、確たる陰謀論者ではないけれど、陰謀ってあるよね~
っていつも思ってしまいます。その陰謀、知りたいような
知りたくないような。。。
この映画はそういうものを描きたかったのでしょうか。
>むしろ無い方がおかしいのかもしれない
その通りだと思うんです、、だからこそ、それではいけないと心だけでもしっかり持たねばとも思います。
ホテルのエピソード、お気持ち察しますよ。
私の経験なんてもっとせこくて小さいですけど、形は違うけど似たような状況になった事が何度かあります。
でも、良い人は必ずいて逆にそういう人の有り難みがわかるというか、、そちらに希望をつないで生きて来た気もします。
本当に”良い人”たちに希望を託したいです。
大逆事件の判決を大歓迎した朝日新聞の記者も正義を求める青年だったときがあるのでしょうね。
菅政権の誕生を喜んだメデイアの人々と彼らにそれほどの差はないと思います。
何の偶然か、イタリアではここのところ権力に殺された普通の人々が話題になっています
この7月までに、刑務所で理由もなく亡くなった人70人強
権力を手にすると、人は理性を忘れるようです
だから、昔から権力にはなるたけ近寄らないようにしてきたんだけど、国家それ自体が狂気になる危険性
最近ますます感じます
でもアメリカでもロシアでも中国でも怪しいものです。
そしてそういうことを恐れて人々が物を言わなくなることを望んでいる連中がいる。
リアルだと思いました。