村上春樹は通俗小説家? 小谷野敦「現代文学論争」

川端康成が自殺したあと臼井吉見が「事故のてんまつ」という小説でその真相を明らかにする。
川端がある少女に執着して叶わず死んだというその小説は評判になりメデイアでも大きく取り上げられたことは俺も覚えている。
この小説に対して川端の遺族は単行本化中止の仮処分申請をする。
このこともメデイアでは様々な形で取り上げられるのだがその多くは川端家の側につくものだった。
小谷野は当時のメデイアに掲載された記事をあたり、この事件では臼井はスケープゴートにされたようなもので
臼井の小説が出来が悪いとか、虚構が混じっているとかいうならそれを正せばいいのに、それもなされず、ただ一番攻撃しやすい臼井を、マスコミ(特に『週刊文春』)と解放同盟と川端家が痛みつけたのである
と書き、その結果川端康成の自殺の真相などを公にすることが一種のタブーになってしまい川端研究がいまだに進んでいないと嘆く。
小説で川端が被差別部落出身と書かれたことを不名誉だという川端未亡人の発言の方が差別的であるのに解放同盟は臼井に標的を絞ったことも非難する。

柳美里が「石に泳ぐ魚」でモデルの人権を無視したとしてモデルの女性が出版差し止めを求めた裁判に関連して大江健三郎や坂本義和(国際政治学者)、木村晋介などの人権派弁護士などが論陣を張り柳支持の作家たちとも論争になった。
小谷野は柳にモデル女性を侮辱する目的がないから人格権侵害はなく顔の腫瘍は隠されているものではないからプライバシー侵害にもあたらないとして出版差し止めとした最高裁を異常な、むしろ柳に対する人権侵害だとする。
そしてこの判決以降、明らかに私小説の出版を恐れる出版社が増えたという。
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本書は1970年以降に起きた17の文学論争をとりあげて関係者の言い分、その背景を検証しバッサリと小谷野判決を下す。
論争の影響がその後の文学活動にどのような影響を与えたかについても考察する。
江藤淳、福田章二、倉橋由美子、奥野健男、大岡昇平、大江健三郎、秋山駿、中上健次、絓秀美、小田切秀雄、筒井康隆、、、多士済々が「内向の世代」「堺事件」「反核アピール」「たけくらべ」「こころ」「永山則夫」「湾岸戦争」「宮沢賢治の評価」「純文学」、、さまざまなテーマでくんずほぐれつ。

果たして小谷野の分析判断がどれほど正しいのか判断する力はないけれど一読面白い。
偏っているとも思われない、是々非々の言だと感じた。
バッサリと切られた側にすればとんでもない本だろうが。

著名な作家、評論家、学者たちが随分小心でつまらない見栄や打算で怒ったり得意になったりしているのが滑稽だ。
その論理もいい加減、感情論が先に立つ罵詈雑言の類も多いということを小谷野がズバズバと指摘する。
俺は難解な文章を分からないのは俺の能力のせいだと哀しく思うことが多い。
しかし半分はその通りだけどあとの半分は作者の方に問題があって分からないのが当たり前だったのだ、ということを教えてくれた本でもある。
たとえば柄谷行人の言葉をとりあげて
湾岸戦争と文学批判と何の関係があるのかは、まったく分からない。しかし当時は、柄谷がこういうことを口にすると、知識人たちは、分かったふりをする、というのが、暗黙の了解になっていた
とか、丸谷才一が英国ではディケンズの当時は純文学・大衆文学という区別はなかったと書いているのを
丸谷の無知は相変わらずだ、と思った
と書き丸谷入学以前の東大教授・斎藤勇がディケンズなどより遥かに売れた、今では名前も忘れられた通俗小説家がいたと書いていることを紹介して
丸谷のように、世間では、英文学について間違うはずがないと思われている人がこう不勉強では実に困る
と断じる。
たしかに俺は丸谷の無謬性を半ば信じていたことがある。
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(”パパ”がくれたカシミヤの靴下、大事に履かなきゃ)

今論争は行われていない。
新聞・雑誌は論争の場を提供しなくなり、どれほど人が真面目に批判していてもさらさらと受け流すというのが作法となって、それは社会的地位のある人ほどそうで、その分、批判された者のファンみたいなやつがネット上で匿名で絡んできたりする。実に厄介なご時世になったものだ。
小谷野は金持ち喧嘩せずとばかりに敢えて反論せずに黙って耐えることを美徳とするような「沈黙の共同体」を慨嘆する。
村上春樹のような、純文学に見せかけた通俗小説が売れているのが実情で、しかしそういった「文藝雑誌に載っている通俗小説」「純文学を名乗っている通俗小説」を告発するような輩は、文藝雑誌や新聞から敬遠されて、文芸雑誌はそんな論争をするより、とにかく純文学ということにしてある小説が売れればいいから、論争などさせたらまずいのでさせずにいる
小谷野はこれが実情だという。

同感だ。
ずるいんだよ、金持ち・権力共同体ってのは。
パイが小さくなればなるほどますます既得権益を守ろうとする連中の結束は強まる。
文学の世界だけではない。

筑摩選書
Commented by mimizu-1001 at 2010-11-24 14:20 x
すみません、記事の言わんとすることとまったくずれたコメントです(毎度のことですが)。

この小谷野さんとやらの村上春樹評は、ファンとしては気に入らん!
まさに、バッサリと切られた側にすればとんでもない本です(笑)
でも、坊主憎けりゃ的に読んでみたくなる本ですね。
佐平次さんのところで紹介されている本や映画、けっこう読んだり見たりしてます。
Commented by saheizi-inokori at 2010-11-24 15:29
mimizuさん、小谷野は本書では村上を論じてはいません。
上に引用した部分くらいです。
私は春樹は嫌いではないのですがエンタテインメントとして楽しんでいます。
もっともエンタと純文の違いは?なんて責められると困るのですが^^。
Commented by c-khan7 at 2010-11-24 18:51
純文学でも、通俗小説でも読み終わって、胸にズキュ〜んとくるのが、いい本だと思うので、とりあえず読んでみないとね。
ずれたコメントになりますが、昨今の「いじめ」と同じで人権侵害ってのも、受けた側が「嫌だ」と感じた時点で侵害しているんのではないでしょうかね。個人の感情は人それぞれなので、そこらへんがヤッカイですね。
Commented by HOOP at 2010-11-24 22:51
はっきり言って、実生活の差別と小説内の差別は同次元で語れないと思います。中学1年で発禁小説の作家に教わり(もちろん、当該小説に関しては一切語らない先生でした)、その小説を地方の図書館でみつけて読んでも、差別うんぬんはむしろ問題と気付かせる書き方であり、決して差別を助長するものではないと(高校生が)判断できるものでした。

これからは、やばいものは著作権留保を明記しながら
ネットで公開するのがいいのでしょうが、
それにしても執拗な出版妨害には反吐が出ます。
Commented by saheizi-inokori at 2010-11-24 23:39
c-khan7 さん、落語が好きだなんていうとフェミニストからバッシングされそうです。
吉原賛歌とは何事ぞ!って。まじに田中優子とかは叩かれているようです。
樋口一葉もか^^。
Commented by saheizi-inokori at 2010-11-24 23:40
HOOP さん、言葉狩りも嫌ですね。
わざと書きたくなります。
看護婦さんのどこがいけないのでしょう。
Commented by HOOP at 2010-11-25 01:22
看護婦さんは差別ではないのですがねえ。
時代考証的には使っていた時代の台詞などに、
むしろ積極的に使うべきでしょうね。
Commented by saheizi-inokori at 2010-11-25 08:45
HOOP さん、内田百閒が敬愛する宮城道雄をめくらさんと呼び目の見えないのをからかう悪戯をした随筆は心をうちます。
Commented by kaorise at 2010-11-26 00:28
文学の世界はやっぱどろどろですねえ、、小学生の頃は将来は文学を研究しつつ、何か書く人になりたい〜なんて思ったものですが、私生活はあっさりが一番と思うから写真の道で良かったです。
私は柳美里さんを見るだけで怖いもん、、(どんだけビビリ?)
でも以前読んだ婦人公論の西原理恵子さんとの対談は面白かったから、、少し怖くなくなりました(やっぱりビビリ)
Commented by saheizi-inokori at 2010-11-26 09:06
kaorise さん、どろどろ、怖い、それをぎりぎりまで追求してどれだけあからさまに描けるかが文学なのかもしれないです。
手法はいろいろあるのでしょうが。
通俗小説との違いはそのあたりにあるのかも。
Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2014-07-11 04:51 x
村上春樹の作品が純文学か大衆文学か、なんて論議しているのは日本くらいなもので、欧米では<良い作品>と<下手な作品>があるだけですね。
Commented by saheizi-inokori at 2014-07-11 09:51
根保孝栄・石塚邦男さん、おっしゃる通りでしょうね。
柳田国男が文學かだとしたらジャンルは?みたいな話です。
下手、媚びる、通俗な小説はあります(ほとんどがそうかも)。
Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2014-07-25 01:46 x
七月二十六日午後一時から、室蘭の港の文学館で村上春樹を材料に文学トークの会が開かれます。
私もパネラーとして出席、出席者はトーク出演者に点数をつける、という趣向で、優勝者には記念品が贈呈されます。
Commented by saheizi-inokori at 2014-07-25 10:02
根保孝栄・石塚邦男さん、涼しい?ところで楽しそうです。
健闘を祈ります。
Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2015-01-16 15:56 x
今時、純文学か通俗文学か、なんて論議しているのは、日本くらいで、良い作品と悪い作品があるだけだ。

村上春樹の作品は、世界で認められているのに、国内で通俗小説だ、なんて時代遅れの論議をしていること自体、日本の文学は、日本列島のみで通用するだけの話。
文学に限って言えば、遅れているなあ、日本は。
Commented by saheizi-inokori at 2015-01-16 22:37
根保孝栄・石塚邦男さん、再び三度、コメントありがとう。
文學に限って、ですかねえ。
Commented by 柄谷行人ごとき・・ at 2015-01-21 11:31 x
なんていうと、柄谷信奉者くちお怒りと思うが、小林秀雄以来教祖は失墜するのが当たり前。信者となる愚者が悪いというわけなのだが、世にはびこるのは新興宗教です・・。
Commented by saheizi-inokori at 2015-01-21 12:27
柄谷行人ごとき・さん、柄谷、小林信者も新興宗教なのですか?
Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2015-12-03 09:48 x
川端康成の自殺をモデルにした小説臼井の「事故の顛末」は、面白いものだったが、真相はどうだったか、となると闇の中で、日本の近代小説を代表する川端康成の自殺の「真実」が、今だに解明されていないとは。
Commented by saheizi-inokori at 2015-12-04 19:59
根保孝栄・石塚邦男さん、かくして芥川賞作家がバラエテイ番組に出ずっぱり、、関係ないか。
Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2017-11-02 01:35 x
純文学、不純文学論争なんて、古い話まだしてるのか
なんて思うけど。
ま、いいか・・・。
Commented by saheizi-inokori at 2017-11-02 09:50
> 根保孝栄・石塚邦男さん、ま、いいでしょ。
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by saheizi-inokori | 2010-11-24 13:59 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(22)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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