俺には到底耐えられない 吉村昭「漂流」

1785年、土佐の国は飢饉の真っただ中、藩の救恤米を運んだ船がシケに遭ってはるか南の絶海の孤島・鳥島に漂着する。
船は解体同様、着の身着のままで島に辿り着いた4人を待ち受けた苛酷な運命。
唯一人生き残った長平の12年に及ぶ苦闘の物語(実話)だ。
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当時の海難事故の多さ!
土佐だけでも1700年に破損船数165艘、遭難人員324人、死者・不明者175人という記録が残っている。
鎖国政策を取る幕府が遠距離航行が可能な船の開発を許さなかったりやむなく国外に漂流した者たちを国法に触れた罪人のように厳しく視たために帰国しなかった人もいることもその遠因といえる。

気にいった女を友人に頼んで”かついで“貰って半ば力づくで結婚を承諾させるという土佐赤岡村の風習、それでめでたく(娘も喜んで)婚約した若い船乗り・音吉、かついでやった兄貴分・長平のつつましくも希望に満ちた日々の描写が一転地獄を見るような遭難の迫真の描写となる。

やれ嬉しやとやっとの思いで上陸した島は火山島、アホウドリの群棲地、水もない。
アホウドリとその卵を食い(人間を知らないアホウドリは近寄っても恐れない)、卵の殻に雨水を貯め、アホウドリが渡りに旅立つまでに干物を作っておく。
ロビンンクルーソー裸足のサバイバル。
島から抜けだしたいとばかり願い、それが果たせぬことに絶望して、自殺まで思い立ったが、それはいずれも仏のみ心に反するものであった。これからは、ただ念仏を唱え、あらゆる欲望を捨て、日々達者に暮らしてゆこうと思った。
生きぬくことが仏のみ心にそうことなのだ。
上陸して2年を過ぎ仲間が死んでしまって一人きりになった長平が辿りついた心境だ。
言語を絶する孤独と絶望の中で克ちえた心境が長平を生かす。
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(夏油、蒸し風呂・蛇の湯。長平たちは洞窟に寝起きする)

それからさらに10年、その間新たに二組の遭難者たちを迎え長平のリーダーシップが彼らを救う。
漆喰をつくって貯水池を作り、アホウドリの首に救助を願う文を記した木片を結びつけ、アホウドリの羽で作った服を着て、、望みすぎず望みを捨てず今やれることを飽くことなくやり抜く。
四季の移ろいだけでなく周囲の変化を研ぎ澄ました感覚でとらえ新たな事態に対処する。
生きぬくために必要な知恵を凝らす。
平凡な船乗りに過ぎなかった長平がオーラを備えた人間に成長していくのだ。

そうして無から有を生ずるがごとくに船を作って生還する。
遭難した船の部材が漂着するのを少しづつ拾い集め古釘と古い碇をフイゴで溶かして釘を作る。
完成した船を海に降ろすための道も作る。
なんども絶望して戦いを止めてしまうが天佑神助、思いがけない漂流物が新たな戦いへの意思を支える。
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序に書かれた昭和26年にアナタハン島から帰還した元日本兵たちのこと。
日本兵、軍属、民間人計31名の男と一人の女に起きた物語、島で生活している間に、6名が殺害され、2名が病死し、3名が原因不明の死を遂げた物語。
生き残った人々を待っていた人生。
生存者であるP氏によって語られた物語、12頁だけだが、これだけで一編の短編小説だ。
鎖国政策、「生きて虜囚となるなかれ」の旧陸軍の教え、どちらも国の政策の犠牲となった漂流だ。

新潮文庫
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Commented by HOOP at 2010-10-30 13:54
生きてる間に脱出できたのは、人も供給されたことが大きいですね。
難破船の廃材が漂着、人が漂着、
いずれも過半はかすりもせずに流れ去るのでしょうから、
島の生活が大変である以上に、
背景には膨大な犠牲があったことにも思い至ります。

スーパー堤防が仕分けられてしまいましたね。
完成に400年かかるのなら、総工費は400で割れば小さなもの。
カミソリ堤防は見た目もあぶなっかしい上、
今や上流のダムを当てにはできない。
脱ダム、コンクリートから人であるならば、
400年かけてスーパー堤防を作る知恵くらいあってもいいのに。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-30 14:11
HOOP さん、そういうことを考える哲学が議論されていないのですね。
財源捻出の視点ではなくて何をもって無駄とし何を必要とするかの。
どういう国を作るかの哲学。
Commented by tona at 2010-10-31 09:03 x
おはようございます。
この小説、私も感動して感想文を書きましたが、未だに時々思い出しては感動を新たにしています。
もう1つアウシュビッツも極限では負けないショックを受けました。
佐平次さんが読み取ったことも加味させていただき、忘れられない書となります。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-31 09:15
tona さん、お帰りなさい。
極限状況でその人の本当の真価が問われるのでしょうね。
問われたくはないけれど。
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by saheizi-inokori | 2010-10-30 11:49 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(2) | Comments(4)

ホン、映画・寄席・芝居、食べ物、旅、悲憤慷慨、よしなしごと・・


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