民主党政権はあらかじめ想定された幻滅か 山口二郎「ポピュリズムへの反撃」
2010年 10月 26日
蓮舫が国会の中でフアッション雑誌に写真を撮らせた時に書いた「議員活動のため」とかいう言葉は国会事務員の示唆によったという発言はウソかマコトかをめぐって「防衛・経済についての集中審議」がなんども空転する。
追求する方もされる方もまるで子供の喧嘩、”熟議”とは程遠い国会の審議だ。
待望久しかった政権交代も無意味だったのか?
本書はその疑問に答えようとしている。

ポピュリズムとは?
自分たちは政治的統合の外部に追いやられており、教養ある支配層から蔑視され見くびられている、これまでもずっとそのように扱われてきた、と考えているような多数派を決起させることを目的とする、ある種の政治とレトリックのスタイルのこと。
バーナード・クリックの定義を引いて説明しているがかえって分かりにくいかもしれない。
要は「政治家、経営者、官僚、金持ち、都会人(地方人)、高額な年金受給者、、あいつらばかりうまいことやりやがって、許せねえ」と言うような感覚の人たちをなんとなく分かりやすい言葉を使って支持者として引っ張り込んでやりたいことをやるような政治手法とでもいうか。
「郵政民営化」「自立・自助努力」「構造改革」などの言葉や「自民党をぶっ壊す」などのワン・フレーズを使って本来は最も被害を被るはずの若年層を中心に爆発的な支持を取り付けた小泉政治などが最たるものだが、現代では程度の差はあってもポピュリズムと無縁な政治は存立し得ない。
著者はポピュリズムの特徴である「あいつら」と「われわれ」の線引きを間違えるなという。
「官」対「民」、「高齢者」対「若年層」、「生産者」対「消費者」、、これは本質的な問題を覆い隠す言葉だ。
そうして市民の間に対立を持ちこみ分断統治しているのだ、と。
「規制緩和=自立」を声高に叫ぶ経営者は、実は自分たちに有利な政府の支援(規制)を狙っているし、高齢者が老後に不安が無いことが若年層を親を扶養する必要から解放しているし、多くの市民は消費者であると同時に生産者でもあり、、一見明快な対立軸は突き詰めると曖昧だ。
著者が提言するのは「働いている人」と「人を働かせて利潤を取っている人」という古典的(マルクス的)な対立軸だ。
「富の分け前をよこせ」というようなポピュリズム的手法が今はむしろ必要な面もあるという。
子ども手当がバラマキであるという批判は現役の子育て世代と子育てを卒業した世代を離間させる言説であり育児、教育、医療、など国民がすべて平等に享受すべき政策は優先的に金をつけるべきだ。
その際支払う必要がないような富裕層(数は少ない)の峻別には費用と手間がかかることもあるから、それは課税などで考慮すべきだ。

かつてのマルクス主義者みたいに教条的なことを言っているのではない。
ポピュリズムの誘惑に対しては国家公務員が諸悪の根源だというようなステレオタイプな議論ではなく事実を厳正に把握した冷静な議論が必要であるということが著者の一番言いたいことのようだ。
ポピュリズムに動かされると社会的連帯が失われるリスクがある。
そのリスクを回避するための判断基準としての「働く者と働かせる者」の対立軸を使おうということか。
社民党が普天間問題で政権与党から離脱したのは一時の自己満足であり民主党の重心が右に行ってしまうことを考えていないとか社民党を「みんなの党」とともにポピュリズムの両翼と批判する。
「小さな政府」対「大きな政府」は間違いで、「再分配や貧困対策は社会全体の防衛」であり「みんなで負担して、みんなで受益するという新しい政策イメージ」を確立するのが民主党の使命と考えるべきだという。
分かりやすく言うと税金は高くても教育、老後の備え、医療、育児などには自己負担がないスエーデンで行くか、税金は安くても大学の学費が3万ドルかかるというようなアメリカで行くか、の対立で前者を選ぶのが民主党。
小泉が喧伝した「医療改革」とはオバマが国民皆保険導入で四苦八苦しているアメリカにしていこうということだ。
言葉に踊らされず中身を理解する、その際に有効な判断基準が「働く者の連帯につながるのか」ということのようだが、このあたりは民主党内部の新自由主義志向の連中とはひと悶着もふた悶着もありそうだ。
民主党の現状、とくに「確固とした理念にもとずいて、政権交代後の総括・反省・見直し修正が足りない」こと、「言葉が軽いこと」などを批判し、以前訴えていた年金制度の根本的改革などの長期的課題に取り組む姿勢が見られないことを指摘する。

その上で著者は
丸山は「政治はベストの選択である、という考え方は政治はお上がやってくれるという過度の期待と結びつき、幻滅や失望に転化しやすい」それが「強力な指導者による問題解決への期待」につながるリスクを示唆している。
そして著者は
それにしてもしんどいこっちゃ。
「現代民主主義復活の条件」が副題。
角川ONEテーマ21文庫
追求する方もされる方もまるで子供の喧嘩、”熟議”とは程遠い国会の審議だ。
待望久しかった政権交代も無意味だったのか?
本書はその疑問に答えようとしている。

ポピュリズムとは?
自分たちは政治的統合の外部に追いやられており、教養ある支配層から蔑視され見くびられている、これまでもずっとそのように扱われてきた、と考えているような多数派を決起させることを目的とする、ある種の政治とレトリックのスタイルのこと。
バーナード・クリックの定義を引いて説明しているがかえって分かりにくいかもしれない。
要は「政治家、経営者、官僚、金持ち、都会人(地方人)、高額な年金受給者、、あいつらばかりうまいことやりやがって、許せねえ」と言うような感覚の人たちをなんとなく分かりやすい言葉を使って支持者として引っ張り込んでやりたいことをやるような政治手法とでもいうか。
「郵政民営化」「自立・自助努力」「構造改革」などの言葉や「自民党をぶっ壊す」などのワン・フレーズを使って本来は最も被害を被るはずの若年層を中心に爆発的な支持を取り付けた小泉政治などが最たるものだが、現代では程度の差はあってもポピュリズムと無縁な政治は存立し得ない。
著者はポピュリズムの特徴である「あいつら」と「われわれ」の線引きを間違えるなという。
「官」対「民」、「高齢者」対「若年層」、「生産者」対「消費者」、、これは本質的な問題を覆い隠す言葉だ。
そうして市民の間に対立を持ちこみ分断統治しているのだ、と。
「規制緩和=自立」を声高に叫ぶ経営者は、実は自分たちに有利な政府の支援(規制)を狙っているし、高齢者が老後に不安が無いことが若年層を親を扶養する必要から解放しているし、多くの市民は消費者であると同時に生産者でもあり、、一見明快な対立軸は突き詰めると曖昧だ。
著者が提言するのは「働いている人」と「人を働かせて利潤を取っている人」という古典的(マルクス的)な対立軸だ。
「富の分け前をよこせ」というようなポピュリズム的手法が今はむしろ必要な面もあるという。
子ども手当がバラマキであるという批判は現役の子育て世代と子育てを卒業した世代を離間させる言説であり育児、教育、医療、など国民がすべて平等に享受すべき政策は優先的に金をつけるべきだ。
その際支払う必要がないような富裕層(数は少ない)の峻別には費用と手間がかかることもあるから、それは課税などで考慮すべきだ。

かつてのマルクス主義者みたいに教条的なことを言っているのではない。
ポピュリズムの誘惑に対しては国家公務員が諸悪の根源だというようなステレオタイプな議論ではなく事実を厳正に把握した冷静な議論が必要であるということが著者の一番言いたいことのようだ。
ポピュリズムに動かされると社会的連帯が失われるリスクがある。
そのリスクを回避するための判断基準としての「働く者と働かせる者」の対立軸を使おうということか。
社民党が普天間問題で政権与党から離脱したのは一時の自己満足であり民主党の重心が右に行ってしまうことを考えていないとか社民党を「みんなの党」とともにポピュリズムの両翼と批判する。
「小さな政府」対「大きな政府」は間違いで、「再分配や貧困対策は社会全体の防衛」であり「みんなで負担して、みんなで受益するという新しい政策イメージ」を確立するのが民主党の使命と考えるべきだという。
分かりやすく言うと税金は高くても教育、老後の備え、医療、育児などには自己負担がないスエーデンで行くか、税金は安くても大学の学費が3万ドルかかるというようなアメリカで行くか、の対立で前者を選ぶのが民主党。
小泉が喧伝した「医療改革」とはオバマが国民皆保険導入で四苦八苦しているアメリカにしていこうということだ。
言葉に踊らされず中身を理解する、その際に有効な判断基準が「働く者の連帯につながるのか」ということのようだが、このあたりは民主党内部の新自由主義志向の連中とはひと悶着もふた悶着もありそうだ。
民主党の現状、とくに「確固とした理念にもとずいて、政権交代後の総括・反省・見直し修正が足りない」こと、「言葉が軽いこと」などを批判し、以前訴えていた年金制度の根本的改革などの長期的課題に取り組む姿勢が見られないことを指摘する。

その上で著者は
自由と解放の後に幻滅の感が来ないとしたら、そっちの方が不思議なのであったが、自由と解放の輝光があまりに美しかった場合、その後に来るものが、絶えることのない政党間の抗争であり、裏取引であり、不決定であり、旧悪の暴露合戦であったりした時、幻滅は不可避である。というベルリンの壁崩壊後の東欧革命について書いた堀田善衛の言葉と丸山真男の
民主主義は、それ自体に、これが民主主義か?という幻滅の感を、あらかじめビルト・インされたform of govermentなのであった。
政治的選択というのは、悪さ加減の選択だという言葉も引く。
丸山は「政治はベストの選択である、という考え方は政治はお上がやってくれるという過度の期待と結びつき、幻滅や失望に転化しやすい」それが「強力な指導者による問題解決への期待」につながるリスクを示唆している。
そして著者は
幻滅を一つ一つ乗り越えて、しつこく、末長く政治の変化を追求することこそ、市民としての心構えだと書く。
それにしてもしんどいこっちゃ。
「現代民主主義復活の条件」が副題。
角川ONEテーマ21文庫
なるべくポジティブに書こうとしているのでしょうね。
表層だけの批判より説得力があるように思いました。
表層だけの批判より説得力があるように思いました。
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山口氏は以前どこかに「鼻をつまんで民主党に投票しろ」と書いていました。なんだかんだ言っても民主党は自民党よりは市民大衆の味方である、とかろうじて思ってますが、これではいつまで続くか解りませんねぇ。
前原、野田、原口、玄葉、長島、樽床らが次に来るのでしょう?
それに地方のポピュリズム、橋下、河村・・・。
>それにしてもしんどいこっちゃ。
もう、あきまへんで。(笑)
前原、野田、原口、玄葉、長島、樽床らが次に来るのでしょう?
それに地方のポピュリズム、橋下、河村・・・。
>それにしてもしんどいこっちゃ。
もう、あきまへんで。(笑)
HOOP さん、辛いところですね。
堀田善衛で納得まではいかないけれど頷きました。
堀田善衛で納得まではいかないけれど頷きました。
医療に関していえば、北欧は医療制度は整っているものの、医療設備や技術はそれほどでもなく、イギリスなどの医療先進国への依存に頼っていて、その渡航費まで税金で賄っているのですけれども、日本の場合、臓器移植など倫理面で問題視されているケースを除けば日本で出来ない施術はありませんから、北欧よりずっと少ない負担で医療制度改革は行えると思うのです。
民主党支持者はそのへんのシステム論をもっと追及すべきなのではないのでしょうか。
民主党支持者はそのへんのシステム論をもっと追及すべきなのではないのでしょうか。
sweetmitsuki さん、おっしゃる通りだと思います。
長期的にどういう制度を作っていくのかのビジョン(懐かしい言葉です)が必要ですよね。
長期的にどういう制度を作っていくのかのビジョン(懐かしい言葉です)が必要ですよね。
福祉というと北欧ばかりがクローズアップされますが、ヨーロッパのそれもなかなかのものですよね。
その恩恵に授かろうと他国から医療ツアーを組んで患者群がやってくるらしいですし、そうした患者群を断りもせずに自国の税金で診るという、そういう寛容さが今の日本人には欠けていると僕は思います(江戸時代とかはそうでもなかったように思うのですが)。
効率の良さばかりを追求し、それに見合う技術ばかりを磨いてきたのが日本の医療と思いますが、おかげで福祉とは縁のない、冷たい、寂しい国になってしまった気がします。
その意味で、福祉国家的な国を目指そうときれいごと並べ立てた民主党に期待したのですが、選挙前に言ってたこととやってることがあまりに違いすぎて、最近気持ちが離れかけているというのが本音です。
上でsweetmitsuki さんが言われているように、システムに目を向ける必要は僕も強く感じますが、形而下の話さえ及ばない人に、精神性を望むなどととんでもない話なのでしょうね。
でも、ここで見捨ててしまっては無責任。
選んだ限り、もう少し見守りたいと思っています。
それで痛い目見たって、自分が選んだ結果なんだからしかたないと。
その恩恵に授かろうと他国から医療ツアーを組んで患者群がやってくるらしいですし、そうした患者群を断りもせずに自国の税金で診るという、そういう寛容さが今の日本人には欠けていると僕は思います(江戸時代とかはそうでもなかったように思うのですが)。
効率の良さばかりを追求し、それに見合う技術ばかりを磨いてきたのが日本の医療と思いますが、おかげで福祉とは縁のない、冷たい、寂しい国になってしまった気がします。
その意味で、福祉国家的な国を目指そうときれいごと並べ立てた民主党に期待したのですが、選挙前に言ってたこととやってることがあまりに違いすぎて、最近気持ちが離れかけているというのが本音です。
上でsweetmitsuki さんが言われているように、システムに目を向ける必要は僕も強く感じますが、形而下の話さえ及ばない人に、精神性を望むなどととんでもない話なのでしょうね。
でも、ここで見捨ててしまっては無責任。
選んだ限り、もう少し見守りたいと思っています。
それで痛い目見たって、自分が選んだ結果なんだからしかたないと。
mimizu-1001 さん、おっしゃる通りですね。
民主党はグランドデザインというか医療にしても子育てにしてもあるべき日本の姿・哲学を根気よく説かなければならないと思います。
聞く側もかなりの努力が求められます。
でも出てくるかなあ?
民主党はグランドデザインというか医療にしても子育てにしてもあるべき日本の姿・哲学を根気よく説かなければならないと思います。
聞く側もかなりの努力が求められます。
でも出てくるかなあ?
by saheizi-inokori
| 2010-10-26 12:47
| 今週の1冊、又は2・3冊
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