心と自然の原風景 藤沢周平「蝉しぐれ」

吉村昭が好きになってそのことを書いたらきとらさんに藤沢周平も面白いとコメントをいただいた。
それまでやや食わず嫌いだったが読んでみたら確かに面白い。
それで今度は有名な「蝉しぐれ」だ。

読みながら残ったページ数が減って行くのが嬉しい本と嬉しくない本とがある。
もっとこの世界に浸っていたいのに、そういう本だからこそ頁を繰るのがもどかしいように先へ先へと進んでしまう。
本書はまさにそのいつまでも終わって欲しくない、けれど寸暇を惜しんでも先を読みたいような本だった。
心と自然の原風景 藤沢周平「蝉しぐれ」_e0016828_142966.jpg

江戸時代の山形あたりの小藩が舞台なのに何故か俺の子供や学生の頃が懐かしく思い出されてくる。
山や畑、田んぼ、川、光と影、日照りに雨や風などの風景もそうなのだが生き生きと描かれる主人公たちの心の動きが懐かしい。

通奏低音は「蝉しぐれ」だ。
幼馴染のおふくが蛇に食われて悲鳴をあげたときに聞いていたにいにい蝉。
切腹を前にした父と会った帰り道に狂ったように鳴きたてる、これはあぶら蝉だったろうか。
父の亡骸を受け取りに行ったとき寺の奥から聞こえてきたのは介錯の声ではなく境内の蝉の声だけだった。
そして最後にお福さまと別れて砂丘の切り通しの道で、気がついた黒松林の耳を聾するばかりの蝉しぐれだ。
その蝉の声は、子供の頃に住んだ矢場町や町のはずれの雑木林を思い出せたのだ。
主人公の耳に聞こえる蝉の声が俺の子供の頃をも思い出させて、やがて過ぎ去った人生をも考えさせるのだ。

豪くなろうとか、大きなことをしようというのではない。
真っすぐに母を守り家名を守り友情を大切にし曲がったことをしない。
ひたすら日々の仕事に精進する。
剣も百姓たちの生活を見るのにも謙虚な心があり愛がある。
理想的日本青年の姿がここに描かれる。
しかもメッポウワクワクするエンタテインメントとして。

なるほど傑作だ。
Commented by maru33340 at 2010-10-22 07:56
この本は確かに傑作ですね。読み返したくなりました。
Commented by c-khan7 at 2010-10-22 07:58 x
読み終わるのが惜しい本もありますね。
もう少し、皆の仲間でいさせてぇ〜〜〜〜と。思う本。
時代小説はより想像力がかき立てられます。
Commented by みい at 2010-10-22 10:57 x
テレビ版も映画版も観ましたよ~
しみじみとよかったです。
本、わたしも読み返してみたくなりました^^。
Commented by minmei316 at 2010-10-22 13:39
>いつまでも終わって欲しくない、けれど寸暇を惜しんでも先を読みたいような本
と聞くと読んでみたくなりますね
ああ、ここにくると、あれもこれも、読みたい本がいっぱいだ・・・
だけどまずは、タバコ・・・ですかね?
Commented by sakura at 2010-10-22 17:03 x
ついこの間読み終わった所です。読むのは2度目ですが、この年になって読むと又味わい方が全然違って本当に良かったです。saheiziさんと一緒で何時までも終わってほしくない本。確かにそうです。私は剣術の果たし合いの場面が特に好きで、以前から「居合」を教わりたく思ったぐらいです。でもちょっと、もう無理ですね。
今、山本周五郎の”ながい坂”を読んでいますが山本周五郎の本は初めて読み、文章が自分の思いや話し言葉が最初、づらづらつながっているのに面喰いました。でも面白くて今は(下)を読み始めました。主人と読書の秋を楽しんでおります。
Commented by ume at 2010-10-22 18:17 x
>山や畑、田んぼ、川、光と影、日照りに雨や風などの風景もそうなのだが生き生きと描かれる主人公たちの心の動きが懐かしい。
架空の藩、東北辺りのどこか、海坂藩をずーっと実在する藩だと思いこんでいました。海坂藩に作者の郷愁を凝縮させたのでしょうが、田舎住まいの私でさえも懐かしさを覚えます。
[下級武士が主人公」はいつもの通りですが、藤沢には珍しいスリルとサスペンス、私もワクワクして読みました。
吉村昭、城山三郎、北杜夫、結城昌治、みんな同年(昭和2年)の生まれだそうです。

Commented by waku59 at 2010-10-22 21:54
寂寥感と言うのでしょうか…。

わびしさに美を感じるのは日本人の証(?)
Commented by 髭彦 at 2010-10-24 17:57 x
佐平次さんもついに『蝉しぐれ』を読まれましたか!
僕もかつては時代小説を敬遠して周平も読まなかったのですが、NHKのドラマでは『蝉しぐれ』を見ました。
その後、先輩同僚に教えられて周平を『蝉しぐれ』から読み始めました。
以来、周平の主な作品はあらかた読んできました。
周平について詠んだ拙歌を調べたら、けっこうありますね。
以下は、その一部です。

観るべきかべからざるかと『蝉しぐれ』舐めるごとくに三度(みたび)読みにき
蝉しぐれ耳を聾する二場面を映画のいかに描きてあらむ
ただ一度白き胸見し女(ひと)離(か)れて耳を聾する蝉しぐれ聞く
(051008日々歌う)
<たそがれ>に続く映画化<蝉しぐれ>誰ぞ演ずる文四郎と福
海坂(うなさか)の小藩めぐる周平の思ひの充つる世界なつかし
(050827日々歌う)
周平の『残日録』を横臥して読めば癒さる心も腰も
(『残日録』=藤沢周平『三屋清左衛門残日録』)
(100404日々歌ふ)
周平の遊びし川を見し山を訪ねゆきけりみちのく深く
(100812日々歌ふ)

さくらさんもみいさんも周平ファンでいらっしゃるようで、うれしいですね。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-24 21:09
maru33340 さん、確かに、この本は取っておきます。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-24 21:11
c-khan7 さん、そうそう小説の世界の一員になっているような気がするのですね。
読み終わるとサヨナラするのが寂しい。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-24 21:12
みい さん、TVも映画も見てないのですよ。
でも小説だけでも十分に満足です。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-24 21:14
minmei316 さん、「あなたは10日でたばこがやめられる」だったかなあ、見つかりましたか?
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-24 21:17
sakura さん、周五郎もいいですね。
彼の現代小説も好きです。
「青べか物語」とか。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-24 21:20
ume さん、サービス満点の小説ですね。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-24 21:21
waku59 さん、耳を聾するばかりの蝉しぐれには寂寥感が漂いますね。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-24 21:23
髭彦 さん、「ついに」ですか。
たしかに遅きに失したかも。
歌の数々、共感しきりです。
腰は悪くはなかったですが^^。
Commented by 髭彦 at 2010-10-25 12:41 x
実は佐平次さんが周平を読まれ始めたときから、いつ『蝉しぐれ』を読まれるかと待っていたのです。
ははは!
定年後のくらしに身につまされる傑作は『三屋清左衛門残日録』です。
『海鳴り』『風の果て』も傑作ですよ。
周平亡き後、彼の路線を継ぐ作家として僕が強く惹かれるのは、乙川優三郎と葉室麟です。
これも、いつ佐平次さんが読まれるかを楽しみにしています!
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-25 14:37
髭彦さん、ありがとう。前にも書きましたが古本屋次第で決まりそうです^^。
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by saheizi-inokori | 2010-10-22 07:25 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(18)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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