がんばったよ!龍雄君、君はえらいよ 藤沢周平「雲奔る 小説・雲井龍雄」

藤沢周平も何冊目かな、なんせ町歩きをしていて目についた古本屋で状態がよさそうなのを買ってくるのだから脈絡のない読み方だ。
とはいえ、吉村昭の作品もそうなのだが、幕末に生きて世の礎、地の塩になったような人物の噺が多いのは偶然ではない。
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身を棄てて人のため、公(=正義)のために尽くしても世に報いられず、むしろ国賊のごとくに言われたり、名前すら埋もれてしまったような男の執念・反骨が好きなのだ。
そういう人のことを知ってあげる義務があるような気がする。

雲井龍雄、なんか浪曲師みたいな名前、この人のことも知らなかった。
米沢藩、”貧しい藩財政のために、地にしがみつくようにして生きることを余儀なくされている下級藩士”である龍雄(本名・小島龍三郎)は幼いころから俊才の聞こえが高かった。
米沢藩は貧しくとも学問を統治の基本において藩士の教育に力を入れていたのだ。

秀才であり詩作にも秀でると同時に”がむくちゃれ”、方言で猪武者ともいわれていた。
正義感が強く負けず嫌い、議論では相手をとことんやっつけないと気が済まない。

若い頃から胸を病み時折り血を吐く龍雄は
政事というものには、無数の人間が係わり合っているな。一人一人血の通った人間がな。
ということを知る。
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やがて願いがかなって安井息軒の門下に入り師の尊王攘夷論を学ぶ。
息軒の三計塾塾頭として師の傍にいる間に日本が大きく変わる節目にいることを知る。
米沢藩世子・茂憲の許しを得て探索方になる。
京都を中心に各藩の動きを探り時勢にどのように処すべきかを藩に具申する。
幕末の志士として名を知られるようにもなるのだ。

大政奉還、王政復古、、将軍慶喜と薩長土肥など雄藩の駆け引き、薩賊会奸と憎しみ合った薩長の劇的連合。
龍雄は反幕でありながら薩摩の強引なやり方に義憤を感じる。
会津藩を救うために奔走するが、大勢は決している。
長州藩などの同志たちも次々に翻意して大勢に従う中で幕府側、新政府側の双方から命を狙われながら同志に会い条理を尽くし、しかも妥協することなく説得するが刀折れ矢尽きる。

奥羽列藩同盟の成立に新しい日本の可能性(独立国)を夢見て「討薩の檄」を書き、米沢藩とともに闘おうとするが、圧倒的不利な情勢の中でいち早く米沢藩は降服してしまう。
藩の存続のために米沢藩幹部は降服するのみか会津追討の先鋒を買って出るのだ。
龍雄が反対した版籍奉還に応じようとする米沢藩幹部に向かって龍雄がいう。
貴公らの言うことは、子孫のため、門閥のためにするということだけだ。この座に、果たして憂国愛君の人がおられますか。おられるなら、失礼ながらお目にかかりたい。
居並ぶ幹部たちは龍雄を狂人と言い辟易する。
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明治3年12月、龍雄は小伝馬町の牢屋敷で斬られ、その首は小塚原の刑場に曝された。
27歳、当時全国に広がりつつある百姓一揆や不満士族の反乱にたいする新政府の”起こした大獄”であった。

龍雄が情報不足もあって薩摩藩の行動を背信と取ったこと、米沢藩によかれと思ったにせよ、かくまで会津を救うために命がけになるところがもう一つ分かりにくかった。
しかし龍雄という人間には親しさを感じる。

師・息軒が龍雄に言った言葉
匹夫の勇を慎め。また小さな頓挫に心を屈してはならん。
相手を音をあげるほどやり込める癖についても
理正しければ、流れは自ら従うものだ。大声もいらず、膝で詰め寄ることもいらん。穏やかに理を述べるようでないといかんぞ
と諭してくれた。
故郷の親友は「直を好んで、やや過ぎる」ところがあると孔子の言を引いて忠告してくれた。
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(むべ)
門閥どころか家が断絶されて養子として貧しさの中で学問をして世に出る。
そのときは何時だって必要以上に自分が正しいことを言い募り、相手が口に出してそれを認めてくれるまでは不安なのではないだろうか。
まして自らの保身や出世などの利害を行動原理とせずに公(=正義)と信じることをやり抜こうとしたら、性急にならざるを得ないのではないか。

もって生まれた性格のせいもあるだろう。
そうであればなおのこと、その性格と環境、使命感や自負ゆえに”狂人”と言われ”辟易”とされるのは、一人の柔らかな肉体を持った人間としては辛く寂しいのではないか。

大同について伸び伸びと世の行く末を甘受する、そういうことが出来る人間が羨ましく感じる一瞬もあると思う。
その一点で感じた親近感には苦味があった。

今の世「子孫のため、門閥のためにするということだけ」で非難されることってあるのだろうか。
実のところはそういう人こそ”豪い人”として認められているのじゃないか。
薩長という門閥政治がそんな原型をつくった、と書いたら龍雄君、少しは気が済むかい?

文春文庫
Tracked from 境界通信 at 2010-10-05 23:44
タイトル : 雲井龍雄
 歴史上の人物に関して思い違いを重ねてしまうことがよくある。私の場合、「雲井龍雄」がその一人である。    私が小学校五年の頃、三橋美智也の「男涙の子守唄」が流行った。一番と二番の歌詞の間に詩吟が峡..... more
Commented by c-khan7 at 2010-10-04 17:39
彼岸花、昨日、よくよく観察してみました。
小さな百合に似た花の集合体です。花の数は5個だったり7個だったり、様々。自然の神様は、色々なデザインを考えるものだなぁ〜〜。葉っぱを付けるのは、面倒くさくてやめちゃったのかもね。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-04 22:47
c-khan7 さん、そういわれればアップして撮ると百合の花束を想わせるところがありますね。
Commented by きとら at 2010-10-04 23:41
 東北や裏日本の志士たちには、悲劇的というか不遇というか、暗いイメージがありますね。一方、非業に倒れた薩長の志士たちには救われたような報いられたような、明るいイメージがあります。
 
 司馬遼太郎風志士と、藤沢周平風志士との違いでしょうか。(笑)
 
 雲井龍雄は山田朝右衛門に首を切られ、遺体は解剖に付されました。「女体の如し」だったそうです。吉村昭がエッセイに書いていました。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-04 23:53
きとらさん、確かに藤沢志士は寂しいですね。
吉村は雲井を書かなかったのでしょうか?読んでみたいけど彼の好みとはちょっとずれるかな。
Commented by たま at 2010-10-05 00:27
会津から米沢も回りましたが、私の知っている「杉山」さんが確か米沢の産であったことを想い、「杉山鷹山」のことを思い起こしました。
「貧農」に喘いだ「キリシタン大名の豊後の人」が畦にはびこる有毒の「彼岸花」の球根を長いこと水に晒し、貴重な澱粉質を補った私の祖先のことをも車窓に眺めました。
「むべ」は種の占有する容積が多過ぎる嫌いはありますが、「アケビ」と違って決して「口」を開けない表皮を無理やりこじ開けて、「糖分補給」をした後に、プッと噴出す方法は、まさに「スイカの醍醐味」でした。
「木犀」の芳香が似合う季節となりました。草々
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-05 10:20
たま さん、金木犀が香りだすと冬支度です。
もう着ることはない背広などを始末しなきゃ^^。
Commented by webobjects50 at 2010-10-05 11:00
こんにちは。下級武士シリーズ大好きです。
武士の一分、隠し剣、たそがれ清兵衛(ミーハーに映画の、だけでお恥ずかしいのですが)何度見ても毎度、涙、涙。
彼岸花きれいですね~♪今年はあの酷暑でお彼岸に彼岸花が
咲かないとどこかで聞きましたが、こんなにきれいに咲いていたとは!
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-05 11:59
webobjects50 さん、彼らに台湾のかき氷食べさせたらどんな顔するでしょうね^^。
なにやら頭の芯が痛くなり申したぞ!なんて。
Commented by kaorise at 2010-10-06 01:04
こういう人は長生きしたら、味のある人物になっただろうに、若くして殺されるとは勿体ないことですね。
とはいえ不器用だから、長生きしても辛い人生なのかなあ、、
まったりお気楽リラックマをたっちゃんにプレゼントしたいわ。
Commented by saheizi-inokori at 2010-10-06 09:12
kaorise さん、若いうちも魅力はあったのでしょうね。だから多くの不満分子が集まり冤罪(フレームアップ)にひっかかったのでしょう。
年をとると横丁の隠居みたいに詩作に耽っていたかな^^。
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by saheizi-inokori | 2010-10-04 11:51 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(1) | Comments(10)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori