鯛やヒラメの舞い踊り ただ珍しく面白く 第4回「ござる乃座」
2010年 09月 12日
盛りだくさん、まるで寄席の狂言版だ。
開口一番が萬斎の息子・9歳・野村悠基がおじさんの万之介とやる「盆山」。
「盆山」を知人(万之介)の家に盗みに入ったけれど気がつかれてしまう。
こいつはひとつからかってやろうと
あれは犬か?
盆山の陰で頭隠して尻隠さずの悠基泥、犬にならなきゃ、って
びょうびょうびょうびょう!
いや、猿かもしれないなあ。
えっ、きゃあきゃあきゃあききき!
違うようだ鯛らしい。
鯛?はて、鯛の鳴き声って?
タイタイタイタイ!
ばれてしまってピョンピョン跳ねながら逃げていく。
かわいいかわいい。
落語にも似た噺があるなあ、泥棒が猫、犬、象、キリン、、猫八でも連れてこなくちゃ。

(夕闇せまる国立能楽堂)
ついで万作「鐘の音」。
前にも観た演目だ。
太郎冠者(万作)が主(竹山悠樹)から太刀を造りたいので飾りに使う「鎌倉に行って金(かね)の値(ね)を聞いて来い。いろいろ聞いてくるんだぞ」と云われて「鐘の音(ね)」と聞き間違えて鎌倉の寺を回って鐘をつく。
寿福寺は、じゃごじゃごじゃごぶお~ん、たいていじゃ、円覚寺は、ぱ~ん、うすいなあ、極楽寺はじゃがじゃがじゃが、なんじゃ割れ鐘じゃ、建長寺は、ご~んごごごご~ん、うん、いい音じゃ。
「政治とカネ」でも菅違い評論が多いけど、太郎冠者の勘違いはいいねえ。
上↑の演目ではズカズカと鋸を引く音、メリメリと垣根をこじ開ける音など擬音を演者がセリフとともに発していくのが面白い。
主に叱られた後の舞がメリハリに富んだ哀歓こもごもの表出、さすがだ。
萬斎が柿売りになって「合柿」。
石田幸雄、月崎晴夫、野村遼太、中村修一、時田光洋、岡聡史と大から小まで揃って舞台に勢ぞろいして声を合わせ大きな声で笑うと迫力がある。
萬斎の売る柿が渋柿だ、違うというなら自分で食って見ろ、甘ガキだ?そんなら口笛吹いてみろ、渋柿食ったら口笛吹けないぞ、大小凸凹連隊と柿売り萬斎のやり取りが可笑しい。
ひと足先に秋の気配を感じさせる。

悠基君の小舞「八島 後」。
背筋がしゃんとしてアッパレ若武者ぶり。
お兄ちゃんの遼太君の小舞「名取川」。
もう立派な青年になって堂々たる舞だ。
謡が川尽くし、丸谷才一が日本文学の伝統にある「もの尽くし」「道中言い立て」について書いていたのを思い出す。
枕草子、落語の「黄金餅」、、たしかに多い。
それが何に由来するのか、丸谷の説をもう忘れたなあ。
単に日本人が好きだということか、それとも世界共通なのか。
今頃になって好奇心・知識欲が湧いてくる。

(代々木で食べた野菜カレー、長いも、納豆、オクラ、、ネバネバカレー)
最後が萬斎「呼声」。
居留守を使う太郎冠者(萬斎)を呼び出そうとする主(深田博治)と次郎冠者(高野和憲)。
普通に呼んでもダメならと、平家節、小歌節、踊り節と手を変え品を変え呼びかける。
お調子者の太郎冠者がそれぞれの趣向に合わせて「太郎冠者殿は留守でござる」と歌うのだが、だんだん興に乗って踊りだす。
「太郎冠者殿、宿にござるか」
シャキシャキシャキ、合いの手をいれて滑稽な手ぶり足ぶり「太郎冠者殿は留守でござる」シャキシャキ、負けずに手をあげ足を蹴上げ、「かじゃかじゃ」「るするす」どんどんテンポが上がっていく。
萬斎の声の朗々と快いこと、三人の舞の可笑しくも又ピタッとレビューのようだ。
天の岩戸の舞い踊りもかくやとばかり。
爽やかに腹の底から笑わせて退場していった。
理屈も何もなし、ただただ楽しい狂言寄席だった。
開口一番が萬斎の息子・9歳・野村悠基がおじさんの万之介とやる「盆山」。
「盆山」を知人(万之介)の家に盗みに入ったけれど気がつかれてしまう。
こいつはひとつからかってやろうと
あれは犬か?
盆山の陰で頭隠して尻隠さずの悠基泥、犬にならなきゃ、って
びょうびょうびょうびょう!
いや、猿かもしれないなあ。
えっ、きゃあきゃあきゃあききき!
違うようだ鯛らしい。
鯛?はて、鯛の鳴き声って?
タイタイタイタイ!
ばれてしまってピョンピョン跳ねながら逃げていく。
かわいいかわいい。
落語にも似た噺があるなあ、泥棒が猫、犬、象、キリン、、猫八でも連れてこなくちゃ。

ついで万作「鐘の音」。
前にも観た演目だ。
太郎冠者(万作)が主(竹山悠樹)から太刀を造りたいので飾りに使う「鎌倉に行って金(かね)の値(ね)を聞いて来い。いろいろ聞いてくるんだぞ」と云われて「鐘の音(ね)」と聞き間違えて鎌倉の寺を回って鐘をつく。
寿福寺は、じゃごじゃごじゃごぶお~ん、たいていじゃ、円覚寺は、ぱ~ん、うすいなあ、極楽寺はじゃがじゃがじゃが、なんじゃ割れ鐘じゃ、建長寺は、ご~んごごごご~ん、うん、いい音じゃ。
「政治とカネ」でも菅違い評論が多いけど、太郎冠者の勘違いはいいねえ。
上↑の演目ではズカズカと鋸を引く音、メリメリと垣根をこじ開ける音など擬音を演者がセリフとともに発していくのが面白い。
主に叱られた後の舞がメリハリに富んだ哀歓こもごもの表出、さすがだ。
萬斎が柿売りになって「合柿」。
石田幸雄、月崎晴夫、野村遼太、中村修一、時田光洋、岡聡史と大から小まで揃って舞台に勢ぞろいして声を合わせ大きな声で笑うと迫力がある。
萬斎の売る柿が渋柿だ、違うというなら自分で食って見ろ、甘ガキだ?そんなら口笛吹いてみろ、渋柿食ったら口笛吹けないぞ、大小凸凹連隊と柿売り萬斎のやり取りが可笑しい。
ひと足先に秋の気配を感じさせる。

悠基君の小舞「八島 後」。
背筋がしゃんとしてアッパレ若武者ぶり。
お兄ちゃんの遼太君の小舞「名取川」。
もう立派な青年になって堂々たる舞だ。
謡が川尽くし、丸谷才一が日本文学の伝統にある「もの尽くし」「道中言い立て」について書いていたのを思い出す。
枕草子、落語の「黄金餅」、、たしかに多い。
それが何に由来するのか、丸谷の説をもう忘れたなあ。
単に日本人が好きだということか、それとも世界共通なのか。
今頃になって好奇心・知識欲が湧いてくる。

最後が萬斎「呼声」。
居留守を使う太郎冠者(萬斎)を呼び出そうとする主(深田博治)と次郎冠者(高野和憲)。
普通に呼んでもダメならと、平家節、小歌節、踊り節と手を変え品を変え呼びかける。
お調子者の太郎冠者がそれぞれの趣向に合わせて「太郎冠者殿は留守でござる」と歌うのだが、だんだん興に乗って踊りだす。
「太郎冠者殿、宿にござるか」
シャキシャキシャキ、合いの手をいれて滑稽な手ぶり足ぶり「太郎冠者殿は留守でござる」シャキシャキ、負けずに手をあげ足を蹴上げ、「かじゃかじゃ」「るするす」どんどんテンポが上がっていく。
萬斎の声の朗々と快いこと、三人の舞の可笑しくも又ピタッとレビューのようだ。
天の岩戸の舞い踊りもかくやとばかり。
爽やかに腹の底から笑わせて退場していった。
理屈も何もなし、ただただ楽しい狂言寄席だった。
盆山、いいですねえ。
こんなかわいい狂言があるとは知りませんでした。
子供の役者の可愛さ、今だけの一瞬の美だと思います。
擬音語がおもしろい!
こんなかわいい狂言があるとは知りませんでした。
子供の役者の可愛さ、今だけの一瞬の美だと思います。
擬音語がおもしろい!
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kaorise さん、必ずしも子供の役者向けというわけではないらしいのですが、稽古曲といって初心の役者がやるものです。
幼稚園の子どもが一生懸命お遊戯をするようなかわいらしさがありました。
幼稚園の子どもが一生懸命お遊戯をするようなかわいらしさがありました。
能・狂言にはまったくの音痴で、活字でしかその世界を知らないのですが、この演目は子供向けNHKのTV番組で観た事があります。
友達のお子さんのお受験の合格祈願に天満宮に絵馬を奉納しに行った時、せっかくですから天神さまに願いを聞き届けてもらおうと神主さんに作法を聞いたのですが、「いいんですよ。思いを込めて書けば。」と教えられ、思いっきしオリジナルな作品を作ってしまいました。
あの、ズラッと並んだビジュアルがいかにも効きそうって感じで、日本の伝統文化のもの尽くしなのではないのでしょうか。
由来は唐にすでにあったそうですけど。
友達のお子さんのお受験の合格祈願に天満宮に絵馬を奉納しに行った時、せっかくですから天神さまに願いを聞き届けてもらおうと神主さんに作法を聞いたのですが、「いいんですよ。思いを込めて書けば。」と教えられ、思いっきしオリジナルな作品を作ってしまいました。
あの、ズラッと並んだビジュアルがいかにも効きそうって感じで、日本の伝統文化のもの尽くしなのではないのでしょうか。
由来は唐にすでにあったそうですけど。
今の子供は、顔が小さいですね。昭和の人とは身体のバランスが全然違います。昔の歌舞伎や落語の映像をみると、みんな迫力の顔立ちでしたが、今は、、小顔でシュとしてます。観ている方も、そういうバランスに慣れるものですね。
sweetmitsuki さん、物尽くしは信心と関係がある?面白いですね。
c-khan7 さん、体つきもすらっとして、着物には合わないかもしれないですね。
舞も変わっていくのでしょう。
舞も変わっていくのでしょう。
takoome さん、ご希望があれば調べておきますよ^^。
では、その時にはよろしくお願いいたします。^^
合点承知の助!早めに知らせてね。
by saheizi-inokori
| 2010-09-12 11:27
| 能・芝居
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