白酒「鰻の幇間」に喝采 鈴本夏祭りもまた来年(3)
2010年 08月 22日
でも喋りたくてしょうがない。
子供が、ね、ね、凄かったんだよ~と息を弾ませて報告するようなものだ。
鈴本夏祭り、18日の話の続き。
白酒「鰻の幇間」
野ダイコ・イッパチが客・旦那を見つけてせめて昼飯でもゴチになろうと食い下がる。
二人で歩きながら客がイッパチの履いてる柾目の入った新しい下駄に目を付けて褒めると、イッパチも「だんなも立派な、、」ちびた草履だか雪駄だか、褒めるのに窮してる。
これが噺のサゲで効いてくる。
ところで雪駄と草履の違いって?
それまで子供が勉強していたらしい鰻屋の二階、床の間には「いいじゃないか人間だもの」の額が下がって、しかも偽物。
「鬼畜米英」と書いた手習いの紙が障子の破れ目に張ってある。
時代考証なんて無視!
出てきたお通しが、ザーサイ!
徳利に描かれてるのが三蔵法師と沙悟浄、猪八戒が俺の方に向いてるのは当てつけか(白酒、そういわれれば似ていなくもない)。
三蔵法師とザーサイとくれば連想が湧いちゃうだろ。骨法正しく無駄のない小満んの「鰻の幇間」と比較したら白酒流のクスグリが随所に飛び出す。
肝心のものも疑いたくなるじゃないか。
そういえば表にイトーヨーカ堂の段ボールが置いてあったし。
しかしそれはすらっとさりげなく、うっかりすると聞き洩らしてしまうようなしゃべり方で噺の運びは飽くまで本格本寸法だ。
熱演なのにくどくなく明るくテンポがいい。
20分ちょっと、十分堪能させてくれた。
さん喬「水屋の富」
さん喬のこの噺は二度目だ。
富くじに当たったのはいいが、賞金800両をどこに隠したらいいのか。
押入れの中の行李の中に着物に包んで?神棚に?水がめに?
夜は800両を盗みに来る盗賊や金を貸せと云う長屋の人の夢をみて殆ど眠れない。
泥棒に800両を盗まれて「ああ、今夜からゆっくり眠れる」。
この噺は水屋という商売が江戸の町で大事な働きをしていたこと、この水屋が小心なだけに律儀で町の人たちに愛されて日々を送っていたことを話すと、富くじに当たってからの“悪夢”にリアリテイが出る。
今日のさん喬は時間のせいか、そこはチョと物足らなかった。
他に順不同で喬太郎・新作
タケシが遊びに来るとお祖父ちゃんは箪笥の上にいる。
猫は風の通り道を知ってると云うから猫のいるところに上がってみたんだ。
「おお、タケしか、よく来たな、、お前が出てくるってことは古典じゃない」、鈴本中席10日間を新作で通すのだと云う。
屋根の上(ここも猫の行くところ)に登ってタケシとお祖父ちゃんがとぼけた会話を交わすうちにタケシとその母が交通事故で死んで幽霊になって現れていることがわかってくる。
まあね。
喬之助「堀之内」
ロケット団・漫才
扇遊「家見舞い」
紋之助・曲独楽
小菊・俗曲
仙三郎社中・太神楽曲芸
正楽・紙切り
「線香花火」「かさご」っていうから魚の名前かと思ったら「笠碁」、落語のネタだった。
「かっぽれ」
左龍、権太楼のことは前に↓書いた。
私も新しい携帯です。細かい文字の説明書は読んでいませんので、携帯の実力の30%ぐらいしか使いこなせないと思います。意味不明のアイコンが時々つきます!
でもひまなときにいろいろやってると時間つぶしにはなりますね。
もっともコメントないのはさびしいですが。
だから一日分をなんどにも薄めて引き延ばして書いてます^^。
行きたいけれど難しいなあ。
それが面倒、いろいろやってるとシャッターチャンスを逃したりして何のために携帯を変えたのか分からなくなる。
電話を携帯できることだけでも大変なことなんだからそれでフイルムも要らない写真を撮れるなんて物凄いことだとは思うのですがね、欲望には切りがない^^。
以前無意識のうちに止めてしまい二度寝して遅刻した事があるので、ベッドから離れた箪笥の上に置いてあるのです。
起きてみると夢ではなく現実だったというオチ(でも実話です)
いいじゃないか人形だもの みつき
おネショはしたことありませんが^^。
喬太郎は、たぶん『孫帰る』かと思いますが、たしかに手放しで楽しめる噺ではないですよね。似た系統で『布哇の雪』を高く評価する声が多いですが、私は、この手の喬太郎の新作は苦手です。やや無理があるんです。「いい話でしょ!」とか「どうです、感動したでしょ!」という感じの噺って、どうも馴染めない。
ともかく、来年の鈴本夏まつり、何とかやり繰りして行きたいと、歯軋りしながら拝見していました。