中国の暗部・アキレス腱か? 陳桂棣・春桃「発禁『中国農民調査』抹殺裁判」
2010年 01月 24日
悪代官(安徽省臨泉県党委員会書記)がいて法律も何もない、朕が法なりって、思うまま苛斂誅求の限りをつくす。
産児制限政策が始められる以前に出産した女性に罰金を課し、高齢で不妊手術の必要がない女性にも手術を受けないからと罰金を課す。
何ら政策の根拠もなくいい加減な名目を立てて役人の気分で罰金が課され払えないと家畜を奪い、食糧を奪い、家具を奪い、家を壊す。
罰金は役人の懐に入る。
俺は「七人の侍」を思い出した。
中央からの農民保護のための指令は握りつぶされる。
中央への報告は嘘ばかり、二重帳簿が作られる。
途中の役所も同業かばい合いだ。
ただでさえ全国でも有数の貧困県の農民たちが収奪の限りを尽くされる。
耐えかねた王営村農民が北京に直訴をすると報復に武装警官・公安局が村を襲撃、村人だれかまわず殴る蹴る、熱湯を頭からかけられる。
なんでそうなるのか知らぬ村人が殺され、逮捕され拷問される。
一ヶ月もの間、24時間後手に手錠をかけられ、飲み食いや排泄も家畜同然の生活だった。直訴した村民代表が法廷で証言した。
そのうち手錠をかけられた腕がむくんできて血だらけになった。看守はやっと事の重大さに気づき、手錠を外そうとしたが腕のむくみがひどくて手錠が見えない。肉に食い込んでしまったのだ。
かつて魯迅文学賞も受賞したことのある著者たち、陳桂棣・春桃夫妻は三農問題(農業の低収益性と低生産性、農村の荒廃、農民の低所得と高負担および社会的貧困の問題)を象徴する白廟鎮事件(1994年)を題材に「中国農民調査」というルポルタージュ文学の傑作を2003年に出版する。
中国の三農問題は、つまるところ中国そのものの問題だ。それは単なる農業問題や経済問題にとどまることでもなく、政権を握る中国共産党が直面する最大の社会問題なのだ。改革開放政策が始まって久しいが、農民は虐げられたままだ。中国の9億人の農民は、いまだに真の解放や豊かさとは無縁であり、有人宇宙ロケットを飛ばそうと、オリンピックで100個の金メダルを取ろうと、中国は「後進国」のままなのだ。だが不思議なことに、この問題が目の前に存在しているというのに、長い間主要メデイアで農民の苦しみ、農村の貧しさ、農業の危機が報じられることはなく、聞こえのよいニュースだけが一方的に報じられてきた。本書の冒頭にある著者の言葉だ。
”ただ本当のことを書いただけ、中国農民の行き場のない悲惨な生活、農村改革の紆余曲折をありのままに書いただけ”の「中国農民調査」はたちまち大きな反響・感動をもって迎えられる。
ときの政権にとっての恥部をこれほど堂々と世に問うた作品は中国文学史上、画期的な出来事とも評価される。
世界のメデイアでも大きな関心を呼び「ユリシーズ国際ルポルタージュ賞」を受賞する。
悪代官・張西徳が著者たちを名誉棄損で訴え、その意を受けた裁判所によって著書は発禁、メデイアの取材報道も禁じられる。
張はそれだけの悪事を働きながらも阜陽市のエライ役職についていて裁判はその影響力のある裁判所で行われることになる。

本書は訴訟提起後の彼らの戦いを迫力をもって描く。
発禁、メデイア規制、証拠のでっち上げ、裁判所とグルになった審理の進行。
中国が法治国家とは到底言えない実態があますところなく明らかになる。
人治国家、どなたかエライ人の胸三寸ですべてが決まる。
三権分立ではない共産党専制、憲法の保障もなんのその。
著者が勇気をもって世に明らかにした事件の被害者農民たちが手弁当で訴訟支援に駆けつけ真率かつ怒りの証言をする。
無償で弁護活動に奔走する弁護士。
張原告の証人たち(すべて息のかかった部下役人か買収された者)が完膚なきまでに化けの皮を剥がされ悪代官がパニックに陥る経過は痛快でもある。
体制外と言われる知識人のみならず要路の人からも激励や支持する論考が寄せられる。
国内メデイアの口を封じても海外メデイアは事態を報じる。
身動きできなくなった権力は判決を出さないまま凍結している。
行政権力と癒着した司法官僚の腐敗ぶりはすさまじく本書の舞台になった裁判所の歴代所長が3人も失脚する。
中央が地方の実態把握をして的確な管理をすることができないようだ。
このあたりは「お主も悪よのう」、水戸黄門だ。
ただ共同被告になった出版社(国営)に対しては中央が圧力をかけて調停に応じさせたらしい。
二元戸籍制度。
すべての中国国民は農村戸籍と都市戸籍に分けて管理される。
農民の都市部への流入を阻止し農業に縛り付けて食糧確保を狙ったものだ。
食糧の配給は都市戸籍をもったものだけになされた。
それでも出稼ぎ農民が都市になだれ込み「民工」とよばれるが、彼らは「暫住証」という臨時居住許可証をもたなければならず都市住民と同等の社会保障は受けられない。
民工が従事できる職種は低賃金の土木工事や飲食業などに限定されそれですら都市住民からは邪魔者であり犯罪者予備軍とさげすまれている。
2008年の共産党中央委員会はこうした政策を改める方針を打ち出したけれど実行には多難が予想される。
訳者による巻末の「背景説明」、阿古智子(早大準教授)による「険しい法治への道のり」なども含めて現代中国の実態を知って驚く。
納村公子・椙田雅美の役はこなれていて読みやすい。
朝日新聞出版

先日、チャイナの水事情をからめて人民の実態をホンのちょっと書きましたが、チャイナの農民、農村部の実態を明らかにした本がある事を知りました。一昨年一月に出版されるや直ちに発禁処分となった『中国農民調査』(陳桂棣・春桃著、人民文学出版社)で、日本では文芸春秋より翻訳本が出版されています。 それによると、農民は都市住民と区別されて農民戸籍を与えられ、生まれながらに二等国民として差別され搾取を受けている事実、都市住民に与えられている国家による教育も無く福祉も無く、地域のインフラも整備される事もない、...... more
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日本では文芸春秋から出ています。
本書は香港から出そうとしたけれど妨害されて結局は台湾から出版されたのです。
著者はメールアドレスの新たな開設ができなくなり合肥市文連の名誉首席、作家協会の主席の地位をはく奪された由。
農村での取材も暴力的に妨害されるようになっているそうです。
農業が衰退して国が潤うはずはなく、日本もそう言う意味では自分を見直さなければいけませんね。
それががむしゃらに突っ走るのは迷惑でもあります。