戦慄すべきイラクの実態 デクスター・フィルキンス「そして戦争は終わらない」

時々、私たちは精神病院に侵入してきたのではないかと思うことがある。それも、すっかり忘れられ放置されてきた、19世紀から続く古い病院に。ドアを無理やりこじ開けて中に入ってみると、患者たちは寄り添い、部屋の隅で頭を抱えながら、自分たちが垂れ流した汚物の上に座っている。言ってみれば今のイラクはこんな感じなのだ。そう考えてもらうとわかりやすいかもしれない。
殺人と拷問とサディズムが、今やイラクの一部となり、それが人々の頭の中から離れないのである。
著者はニューヨークタイムズ紙の記者としてタリバン政権下および2001年9月11日同時多発テロ後のアフガニスタン、2003年アメリカのイラク侵攻後のイラクに赴き取材した。
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銃弾が飛び交う戦場にも兵士たちと同行し命がけの取材をする。
単なる従軍記事とは違ってアフガニスタンとイラクのさまざまな人々の生の現実を注意深く観察し、彼らの言葉を聴いている。
少年といってもいいような米軍兵士、イラク赴任後性格が変わった指揮官、イラクの市民たち、それはアメリカ寄りの人から武装勢力、テロリスト、老若男女を問わない。
抜け目のないチャラビやイランのアフマディネジャド大統領にも会う。
著者の取材を護るために死んだ兵士の遺族にも会う。

武装勢力はゴミ収集人を殺害し、パン屋を殺し、教師を殺す。
パンも学校もない、ゴミだらけの町ができた。
地域の機能をストップさせたいとしたら、なんとも独創的で効果的なやり方ではないか。
陽気で面白くて活発な、いち早く新しい自由に飛びついた通訳のイラク人女性がいう。
サダムの時代は、口を閉じていたら、彼に逆らうようなことを云わなければ安全だった。でも今は違う。私が殺されてもおかしくない理由がたくさんある。私がシーア派だから、スンニ派の息子がいるから、アメリカ人のために働いているから、車を運転するから、私が仕事をしている女性だから、、
無道、残虐な戦闘、殺害、誘拐が日常化している。
親を殺され兄弟を殺され、ついには家の玄関にメモが差し入れられる。
「48時間以内にこの地を去れ」、あてのないさすらいが始まる。
映像ではないから想像力にブレーキをかけることによって我慢して読み進むことが出来たのかもしれない。
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さっき衛星放送で枝雀の落語をやっていた。
戦時中の「空襲警報」「警戒警報」のことを面白おかしく仕方噺をしていた。
イラクにはそんな警報はなさそうである。
突然爆弾が投げつけられたり弾が飛んでくるようだ。
突然拉致されるようだ。

すさまじい事実を淡々と書いているが抑えた怒りが伝わる。
人間の命がかくも簡単に奪われることに対する悲しみと怒りが。
アメリカが悪いとか武装勢力が悪いというのではなく、どうにもならない人間の愚かさに怒っているようだ。
それでいてドライなユーモアもあるのだ。
凄い記者がいるものだ。

正月早々、ではあるが読むべし。
有沢善樹 訳
NHK出版
Commented by きとら at 2010-01-03 00:36 x
 問題が苛烈になり複雑になると本も苛烈になり、そして数が増えていく。読みたいのは山々ですが・・・。イラクの次にはアフリカが待っている。昔のように、東西問題、南北問題と単純に割り切れなくなってますね。
 そうそう、日本も保守革新という牧歌的風景が崩壊してしまっている。ところが日本の政治を大まかにでも掴める本が見当たらない。
 いったい、この世の中、どうなるんでしょうねぇ。
Commented by saheizi-inokori at 2010-01-03 08:47
きとら さん、年をとっている者の責任もあるのでしょうが、ただ安穏に暮らしています。
Commented by sweetmitsuki at 2010-01-03 15:52
以前にもコメントしましたが、イラクの警備会社で働く人の月収は7000ドル、日本の建設現場で働く外国人労働者の月収はその半分より少ない程度、風俗産業で働いている人はそれ以上だそうです。
打つ手がないと悲観するのはまだ早いと楽観するのは軽率でしょうか。
Commented by saheizi-inokori at 2010-01-03 23:52
sweetmitsukiさん、楽観したいのは山々なれど、、本書を読むと先は遠いなあ。
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by saheizi-inokori | 2010-01-02 21:39 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(4)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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