楽しいけれど重い言葉 倉橋由美子「偏愛文学館」(講談社)
2005年 09月 26日
去る6月に急逝した作家が”偏愛した”作品37編を紹介する。それぞれ2ページから長くても10ページ程度にまとめてサラッと書いてある。ユーモアもあって楽しい”読み物”になっている。作家の文章の持ち味を食べ物や飲み物に喩えたり。
でも見かけに騙されてはいけない。短い選び抜かれた言葉は決意と宣言に満ちている。彼女はこの作品を覚悟の遺言として書いたのではないかと思うほどだ。
小説とは何か?世に流布する常識的な見解や作品に対する一刀両断の訣別の弁。潔い。
漱石は・・弟子にとりまかれた大文豪なんかにならず、大学の先生でもしながら気楽に小説を書いていれば、もっと型破りで面白い小説を沢山書いたのではないかと思います(漱石では「夢十夜」を高く評価する)。
今の若者たちのしゃべり方でしゃべり、メールの文章と同じ調子で文章を書くような人物が登場するような小説は読みたくもないし、勿論自分で書くことなど思いもよりません。
こういうやりきれない状態を俗に孤独と言いますが、それは自分のベッドや枕の具合が悪くて、どんな姿勢をとっても快適に寝られない、という状態に似ています。あまり大げさに考えるほどのことではありません。しかし自分と折り合いがつかない人間にとっては、この快適でない状態は耐えがたいものです。
有名人や数奇な運命をたどって話題になった人の姿を何から何まで描いたものは見たくもありません。皮膚を顕微鏡で拡大した写真や、この人の排泄物の分析結果なども見たくありません。それより、この人の顔を一筆で描いた名人芸を楽しみたいと思います。細密かつ巨大な壁画とはおよそ別のものですから、文章で書けば当然短いものになります。
絵を描くのに少しも苦労をしなかったということは、実は画家の才能がなかったということ
作家というものは、読者やフアンの入り込めない柵の中に蟄居していて、いわば動物園の珍しい動物のように柵の外から観察することはできても、「心の交流」とか「ふれあい」というような気持ちの悪い関係とは無縁の存在でなければなりません。読者との交流を求めて自ら柵の外に出てうろうろするようでは信用できる作家とは言えません。どうです?いくらでも引けます。あたかも箴言集の趣ですね。
取り上げられた中で俺の読んだもの。
漱石「夢十夜」、潤一郎「鍵・瘋癲老人日記」、百閒「冥途・旅順入場式」、秋成「雨月物語」、中島敦「山月記・李陵」、宮部みゆき「火車」、カフカ「カフカ短編集」、カミュ「異邦人」、モーム「コスモポリタンズ」、ラヴゼイ「偽のデユー警部」、サキ「サキ傑作集」、ゴダード「リオノーラの肖像」、壺井栄「二十四の瞳」、康成「山の音」、太宰治「ヴィヨンの妻」、吉田健一「怪奇な話」、北杜夫「楡家の人々」。彼女は、吉田健一について「明治以後の日本の文人で、この人のものさえ読めばあとはなかったことにしてもよいと思える人の筆頭」と言い、北杜夫の「楡家の人びと」は「無人島に持っていく一冊の最有力候補」だと言う。
読んだ記憶があっても内容となると覚えていないものがほとんど。読み飛ばしている。ラチもない粗雑な本読みだ。しょうがないもんだ。肝心の彼女の作品は「パルタイ」くらい、これも内容となると・・。
取り上げた作家は上記以外では鷗外、綺堂、杉浦日向子、蒲松齢、トーマス・マン、イーヴリン・ウオー、ジュリアン・グラック(俺は初耳の人だが彼女は「アルゴールの城にて」「シルトの岸辺」の2編について熱く愛を語る)・・35人、まあさまざまな人選だ。
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from カイエ
at 2005-09-26 22:49
タイトル : 倉橋由美子『偏愛文学館』
偏愛文学館 作者: 倉橋 由美子 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2005/07/08 メディア: 単行本 急逝した倉橋由美子の書評集である。『群像』等に連載した書評を集めたもので、漱石、鴎外、澁澤龍彦、コクトー、カフカ、宮部みゆき、杉浦日向子等、古今東西の名作からマンガまで、彼女が偏愛する39冊が紹介されている。二百数頁で、この冊数なので、当然、短い文章ばかりではある。肩の力を抜いて書いた軽めのエッセイであるが、所々で、差し込まれる、気の利い...... more
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from どこまで行ったらお茶の時間
at 2005-09-27 11:48
タイトル : 倉橋由美子『偏愛文学館』
偏愛文学館 倉橋 由美子 講談社 2005-07-08売り上げランキング : 8,681 おすすめ平均 最後の恐怖短編集 Amazonで詳しく見る by G-Tools 急逝した作家、倉橋由美子が残した至高の言葉。 創作、その根源をたどり、著者が愛した作品だけを集めた、37篇、39冊の偏愛書評集。夏目漱石、吉田健一、宮部みゆき、ジュリアン・グラック、ラヴゼイ……。古今東西39冊の「本」を取り上げた、倉橋由美子の手による私的書評集。最高のブックガイドとしてだけでなく、著者の作品世界、そ...... more
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from 思い
at 2005-10-02 19:10
タイトル : 思い
里見八犬伝 部活 [その他]マジでか! 不思議なメール 会話(4/25) 楽しいけれど重い言葉 倉橋由美子 ひとりでできるもん。 QQQ いい日。 【韓国ドラマ】「恋歌」 ... more
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saheizi-inokori さん、こんばんは
TBありがとうございまいした。
漱石について、僕が引用したのと同じ場所が引かれているのを拝見して、何だか嬉しくなりました。
「偏愛文学館」は、読みやすいけれど奥が深い本だと思います。
こちらからもTBさせていただきますので、よろしくお願いします。
TBありがとうございまいした。
漱石について、僕が引用したのと同じ場所が引かれているのを拝見して、何だか嬉しくなりました。
「偏愛文学館」は、読みやすいけれど奥が深い本だと思います。
こちらからもTBさせていただきますので、よろしくお願いします。
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saheizi-inokori at 2005-09-26 22:53
こちらこそよろしく。lapisさん。
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みい
at 2005-09-27 09:15
x
読書家のsaheizi-inokoriさんの解説先に読ませていただいて早くこの本読みたくなりました。というのは私もこの本「アマゾン」で注文してあるのです9月2日に注文、10月初めに発送とか、人気なのですね。
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saheizi-inokori at 2005-09-27 09:20
倉橋さんの書いたものももっと読みたくなりました。
saheizi-inokoriさん、はじめまして。TBありがとうございました。
倉橋さんが偏愛する作品を紹介してもらうブックガイドとしても興味深かったんですが、
いたるところから生身の倉橋さんの存在を感じられて、ファンにはたまらない1冊でした。
…読み残した作品も多いのですが(汗)。
さらなる『偏愛文学館』を!と読み終えて思ったものの、倉橋さんは亡くなられていていない…。
本当に惜しい方を亡くしました。
倉橋さんが偏愛する作品を紹介してもらうブックガイドとしても興味深かったんですが、
いたるところから生身の倉橋さんの存在を感じられて、ファンにはたまらない1冊でした。
…読み残した作品も多いのですが(汗)。
さらなる『偏愛文学館』を!と読み終えて思ったものの、倉橋さんは亡くなられていていない…。
本当に惜しい方を亡くしました。
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saheizi-inokori at 2005-09-27 12:48
七生子さん、梨木果歩もお好きなのですか?
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hanamaki3 at 2005-09-27 23:10
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saheizi-inokori at 2005-09-27 23:30
星の王子様のどこかにも「気がついてあげることの決定的な意味について書かれていたような気がします。内藤訳で何年も前のことだから勘違いかも知れません。「偏愛・・」の中でも倉橋さんは違った訳文を並べて見たりしています。短い文章の中でそういうことをやるということは訳のあり方の重さを強調したのでしょう。確かに彼女の例示を読むとまるで違う文章に見えたりします。そういう人の「星の・・」やはり読むべしですね。
by saheizi-inokori
| 2005-09-26 20:55
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
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