どうしていいるかなあ。アノ青年。
2005年 09月 21日
前原さんが、早くお父さんを亡くして母親に苦労をかけ苦学生として大学を出た、と聞き「おやっ」と思った。
一見イイトコのお坊ちゃんに見えたのと、俺も小4のとき父が死に、その前から貧乏だったのが、その後貧乏に磨きがかかって貧乏の国から貧乏を広めにやってきたような生活だった。
新聞配達も小5から中2くらいまでやった。毎朝5時前に起きて駅のホームまで行って汽車からおろした新聞の梱包をリヤカーで販売店まで運ぶと余計に賃金がもらえる。
”お年玉”として500円ほど配達店の親爺がくれるのが嬉しかった。その金で英語の辞書を買った。辞書の独特のにおいをうっとりと吸い込んだことが忘れられない。”岩波”という字が輝いて見えた。
もちろん大学の学資もアルバイトと奨学金でまかなった。
もっとも、服は着たきり雀だし寮にいて食事部委員なんてのをやってると、結構食っていくだけなら困らずしょっちゅう安酒を飲んだ。家庭教師をやった帰りに寄るバーがあった。スツール6つくらいのカウンター、黒を基調にしたインテリア、というとかっこよすぎるかも。要するに壁もスツールも黒だった。
「オーシャンウイスキーの白」のストレートがシングルで80円くらい。3,400円が(3400円じゃないよ)一晩の予算。到底足りないからちびちびやって時間を稼ぐ。新劇女優みたいな感じのママがイナカッペの俺に”都会的”な会話(当時はそう思った)を教えてくれて楽しかった。
文学論などもそこで交わすほうが寮の友人とやるより面白かった。たまに大学教授なども来て助平な話をしたり。ママが閉店後しばしば俺たちを近所のおでんやに連れて行ってご馳走してくれるのも魅力のひとつ。
店の常連に某有名私立大学生がいて、かっこよく浴衣ナンゾでご来店遊ばし、なかなかいい感じだった。
その子がある日突然泣き出した。そして”衝撃の告白”!
「実は僕は浪人なんです。某大学生なんてウソです。皆さんをずっとだましていてごめんなさい」。
その日は結局白々夜明けまで飲んでしまった。もちろんママのおごり。
その店がある日突然閉まっていてその後なにも消息を聞かない。
前原さんが母子家庭と聞いてママのことを思い出した。どういう関連があるのか自分もわからないが。
学生時代のsaheizi-inokoriさんにとっては、ママさんは母親的存在だったんだ。そこに集う仲間にとっても・・・・・
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miyachan
at 2005-09-22 01:14
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saheizi-inokoriさんには、ご両親が残してくれた包容力豊かで、強靭な意志力、頑健な体力、そして何よりも優れた頭脳という遺産をお持ちです。
要領よく生きる人、地位のためには策略の限りを尽くして這い上がっていこうとする人、勝ち組はどっちかと常に周囲を見渡して自分を亡くして生きていく人・・・。saheiziさん推薦の著、「メディアの支配者」ならぬ、それが人間と言うものかもしれませんが、saheiziさんは、人の道を外れて生きていくことのない「志の人」だと思います。
要領よく生きる人、地位のためには策略の限りを尽くして這い上がっていこうとする人、勝ち組はどっちかと常に周囲を見渡して自分を亡くして生きていく人・・・。saheiziさん推薦の著、「メディアの支配者」ならぬ、それが人間と言うものかもしれませんが、saheiziさんは、人の道を外れて生きていくことのない「志の人」だと思います。
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saheizi-inokori at 2005-09-22 07:41
過ぎたるお言葉痛み入りすぎて・・返す言葉もありません。過ぎこし方を反省する毎日です。反省の重みに負けてしまわないようにこうして毎日ブログで恥をさらしています。落ち込んでくると一行のブログですら嫌になりますが、最近は今まで知らなかった方との交流(ブログ上だけですが)も生まれ励まされています。いろんな方がいます。自分の至らなさをよくわかります。
浪人さんのお話、小説みたい。そういう日々から、今この日までちゃんと生きてこれた。当たり前のような、いやすごいことです。
浪人さんやママさんたちはどうしておられるか?
浪人さんやママさんたちはどうしておられるか?
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chaotzu at 2005-09-22 23:02
むかし、早稲田大学熱望の友人が上京して早稲田予備校に通っておりましたが、学食も大学で食べたりしているうちに、目的意識を喪失したみたいになってしまい(ノイローゼ?)、とうとう親に連れ戻されました。
その彼は立ち直って二浪で地元の大学に進学しましたが、そんなことをふと思い出しました。
その彼は立ち直って二浪で地元の大学に進学しましたが、そんなことをふと思い出しました。
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saheizi-inokori at 2005-09-22 23:25
なんと、”某”とはその大学のことでした。まさか彼では?そういう人が結構たくさんいたような時代でしたね。今の子たちはナニに夢中になっているのでしょうか。喪失すべき”とりあえず”の目的すらもてない子が多いように思います。電車の席取りとか、でかい足組むとかしかない。親もそうなってしまって。学校・会社で仲間はずれになりゃあせんか、と言うことが最大の恐怖・関心事になっている。仲間はずれにならないことが目的の社会。ポチ化した社会だと思います。
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pompu
at 2005-09-23 09:53
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打ち明けた浪人さんも、それをそっと受け入れた人達も素敵ですねえ。私達団塊世代も、競争社会、バブル崩壊など結構大変な時代を通過してきましたが、そんな中でも、友達を大事に思い、人の心を感じ礼節を重んじる日本人の素敵な魂も受け継いでいたと思います。懐かしい日本と新しい日本を知っている幸せな世代だと最近つくづく感じます。今の人達にも本当の仲間とは何かを考えて欲しいし、本当の友達になって欲しい。
先日、荷物を抱えていたら、顔中にピアスした若者が席を譲ってくれました。お礼を言う間もなく、去ってしまったので、降りるのかなと思ったらそうではなくドアのところにずっと立っていました。降りがけに「さっきは有難う」と声をかけたら、ピアスの顔がパッと笑って嬉しそうでした。心の中で「頑張れよ!」と呟きました。
先日、荷物を抱えていたら、顔中にピアスした若者が席を譲ってくれました。お礼を言う間もなく、去ってしまったので、降りるのかなと思ったらそうではなくドアのところにずっと立っていました。降りがけに「さっきは有難う」と声をかけたら、ピアスの顔がパッと笑って嬉しそうでした。心の中で「頑張れよ!」と呟きました。
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saheizi-inokori at 2005-09-23 11:12
いいなあ。そういう話。
by saheizi-inokori
| 2005-09-21 22:04
| よしなしごと
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Comments(8)