嬉しかったなあ、40年ぶりの再会 気分は鶴瓶 (2)
2009年 06月 09日
俺はここにいたことがある、わずか3ヶ月間だけれど。
40年以上も前のことだ。
街中で蕎麦を食うことにした。
意地汚く”一本だけ”つけた。
昼の蕎麦屋酒がまずかろう筈がない。
当然のことながら”もう一本だけ”となる。
「美味しいね、このお酒、なんていうの」「”稲川”です」それは分かっていた。
稲川のなんという名前の酒かを知りたかったのだ。
壁にずらずら名前が書き出してあるから。
えと~、ただの稲川です。一升瓶に入っている稲川です大笑いになってしまったが彼女奥から一升瓶を”たがえて”(持って)くるではないか。
ついでに誉めた突き出しの「蕗味噌」を余計に持ってくる。
「これです。ほら清酒って」ラベルをこちらに見せてくれる。
そうだ、壁に書いてあるのは冷酒のブランド名、こいつらはきっと4合瓶に入っているんだ。
それで一升瓶に入ってる清酒、といったんだね。
気分のいい娘なので気持ちが動いて「この辺りに”小椋旅館”てない?」と訊ねてみると、大きな声で「小椋旅館」と復唱して厨房で「小椋旅館ナントカカントカ」と言っている。
奥から白いコック服のオヤジが出てきて教えてくれた。
俺がその旅館に下宿していたと話すと「旅館ではなくて民宿だ」とか「呉服屋をやっていた」「昔の建物は立て替えられた」などといろいろ人懐っこく話をする。
俺が寝泊りしていた部屋のことをいうと「アア、あの部屋ね、あそこが一番いい部屋だったさ」と。
S君が俄然乗り気になって自分たちは先に駅に行ってるから是非訪ねてみろという。
一緒に来たらというと「それじゃあ、ゆっくり話もできねえべ」と千葉弁でいうのだ。
ガラガラと引き戸を開けて土間に入るとシーンと人気もない。
式台の脇に畳の部屋があって炬燵が覗いているけれど人はいないようだ。
やや大きな声で「たのもー」ではないが呼ばわると、「はい」、返事があって炬燵の脇から何かが持ち上がった。
それは人間の頭でテッペンがこちらを向いてその向こうからメガネがコッチを見ている。
頭を玄関の土間に向けて寝ていたんだね。
億劫らしくそのまま「はい、なんですか?」って、おいおい、お宅旅館だんべが。
用件をひと言で言うのも難しいからゴモゴモ言ってると渋々という感じで起き上がったのはおばあさん。
訳を話していると、突然ピカリ、目が光って破顔一笑「ああ、居残りさん!」
40年以上昔のことを思い出してくれた。
あがらんしょ~、アア、ゆっくりしてったらイイべしたァ~友だちが駅で待っているからと上がりかまちに腰かけてお茶をご馳走になる。
出がらしでもうまいさ。
俺に大学に行っている弟がいたこと、その後俺が会津に又勤務したこと、その後東京に行ったことなどを知っていて身内の人間にするようにいろいろ尋ねてくれる。
居残りさん、よく浴衣着てたっけホントにゆっくりしたい気分だ。
帰るときには外まで出て
気をつけて帰るんだよ~、気をつけてナアと繰り返す。
なんともいえない温かな気分で駅に急いだ。
その温かさにピリッとスパイスが効いていたのは、なんでこんな人とかくも長い間ご無沙汰していたのかという気持だ。
故郷に帰ったような気持ちにさせてくれる素朴な人がそこにおられたのですね。いい時間ですね。
もっとゆっくりすればえっがったのに。
気いつけて帰えるんだあよ!・・・もうこんな言葉を言ってくれる人はいなくなりました。今度、言う番ばかりです。私も何処かホッコリ出きる故郷・・・と言えば~~佐平次さん!ホッコリされたんでしょうね。
そうですよね、こっちが言うばんですね。
私は60代の終わりに、カタカナの町になってしまった大阪府下の生まれ故郷と、高校を出るまで育った北陸の都市へ挨拶に行ってきました。
残るは、敗戦前後の3年間住んでいた積丹の小さな漁村です。親父の生まれ故郷で、ちょっと必要があって祖父について役場に問い合わせて以来、「札幌でも千歳でも迎えを出します」と先代村長も現職村長も年賀状に書いて来てくれています。
今でもウニは波打ち際で取り放題、アワビだって膝まで入ればポコポコ獲れるそうです。秘境ですね。
山形秋田経由で行ってこようかなぁ。
積丹、ぜひ行くべし、奥様も連れて、犬もかな。
ついでにお蕎麦を食べてきてください。「蕎麦古家」といえば見つかりますよ。
佐平次さんは何時も居残りのお仕事でお帰りが遅かったのでしょうか。心が温かくなりますね。
>奥様も連れて
米沢、秋田(含 秋田犬の大館、秋田美人の角館)で道草するとなると一人でなくっちゃ(^^;)。
>犬もかな。
ブルドッグは運搬も宿泊も不可能でしょう。
ジャック・ラッセルのチビは大丈夫かな?
ジャック・ラッセルという犬種の最大の問題は、飼い主が「ジャック・ダニエルズ」と言い間違えること!
saheiziさんはもちろん、おばあちゃんもうれしかったでしょうねえ~
40年ぶりの再会とは!嬉しいですね。私なら舞上がりそうです。
まごまごしていると会いたい人ともお互いに一生会えないことになります。
よく浴衣を着ていらっしゃったとは。文人のようですね。
桧原湖懐かしいです。
こっちの気持ちだけで考えずに。
ハハ、そうですね。今や脳から足腰までの諸機能を補完しあっているわけですから....
それに角館からススキノまでの旧知の美人ママ、美人女将も私と同年配。今更....ネ。
ところで「ユダヤ警官同盟」、読み始めました。訳書の方なので訳者の工夫なのかどうかわかりませんが、カーター・ブラウンよりエド・マクベインに近いスタイル。文庫本で字が小さいのが難ですが、この出版不況の中、こんな小説をハードカバーで出したんじゃ全く売れないでしょうね。
「ユダヤ人、、」独特のユーモアがあるでしょう?
エドの「87分署」シリーズに「マイヤー・マイヤー」という面白いユダヤ人刑事がいましたよね。あのキャラクターを持ってきているように、今のところ感じます。