志ん朝と枝雀が生きていれば 「名人とは何か」(岩波書店)

「文七元結」で、左官の長兵衛が、娘・お久が自ら身を売った先の吉原・佐野槌の女将にコンコンと諭されて、一年以内に返せば娘を店に出さずに待っているからといって貸してもらった50両を懐に帰る場面。

40歳代の志ん朝は
あー、やな風が吹きやがンな。ああ、お久、すまねえ、勘弁してくれ、な。おとっつあん、もう金輪際ばくちは打たねえよ。一生懸命かせいで、いちんちも早くよ、むけえに行くから、いいな。辛抱してくれ。たのむよ、このとおりだ。ああ、、、。お、お、待ちな(文七の身投げを止める)
と娘に対する述懐を丁寧にやって道中の地名の言いたて(志ん生にはある)はしてなかった。

それが、すぐ後の高座では、大門から見返り柳、道哲(寺の名)、聖天の森、山の宿から花川戸。左へ曲がる吾妻橋と簡潔な言いたてが入り、お久に対する述懐は短くなる。
そして亡くなる4年前には
吉原を出ます。大門をそこそこに、見返り柳を見て、土手の道哲右に見る。待乳山から聖天町へ。山の宿から花川戸。左へ曲がる吾妻橋。
と言いたてに長兵衛の動作が加わり、逆に娘に対する述懐がなくなってすぐに文七の身投げを「おーっと、待った」となる。

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本書所載の「名人芸の言語空間ー志ん朝と枝雀ー」の中で野村雅昭はこのことを指摘して
晩年になるにしたがって、志ん朝はこの述懐を捨てたくなっていたという推測が可能である。心中の思いをことばに出さず、吉原から吾妻橋までの道筋を語るだけで、重い鉛のようなものを胸にのみこんで歩いて行く主人公を描くのには十分だと思ったのではないだろうか。少なくとも人情噺で志ん朝がたどり着こうとしていたのは、こういう簡潔で暗示に富む描写だったと思われるのである。
と書いている。

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(玉川中学の校門の近くで。なぜ亀なのか?)

志ん朝と枝雀、二人とも全力で走り抜いて惜しまれて早世した。
その二人がもっと長生きをしていたらその芸はどんな展開を見せただろうか。
志ん朝がもう少し長生きをしていたならば、むだをすべて省いた人情噺を聴くことができたのではなかったか。
それは圓朝以後でもっとも完成された人情噺の姿だったろうと言う。

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(と思って歩いて行ったら、こいつが)

枝雀については「日が沈み、空が暗くなり、星が数を増す」というようなメルヘンチックな描写(「三十石夢の通い路」「夢たまご」)を取りあげて、そういう表現が枝雀落語の行方を示唆するものだったかもしれないと書いている。
高座に上がってひと言もしゃべらず、ただにこにこしている。聴き手もそれで満足し、笑みを浮かべている。
枝雀が、そういう境地が願いだと語ったことがあるそうだ。
志ん朝と枝雀。あらゆる意味で対照的だった二人の名人を、はやばやとあの世に送らなければならなかったのは、かえすがえすも口惜しいことである。
落語の世界シリーズの2、このほかに小沢昭一、池内紀、野村万之丞による「名人とは、芸とは」と題した座談会、「含笑長屋の名人たち」(関山和夫)などが面白かった。

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(散歩道、ハナミズキもいいね)

万之丞が
狂言師や落語家は、神と人とのインターフエイスで、神に向かったときは観客の代表者、人に向かったときは神の代表者になる。
そして、神に向かうときは過去に対する報告儀礼、人に対するときには未来に対する警告儀礼というのが本質だったのに、今は未来も過去もなくなって、現在だけを話すようになって、非常に薄っぺらになっている、と語る。
難しいことをいうなあ。
感じは分からんでもないが。

ずいぶん前に買ったものを今頃やっと読み終えた。
延広真治・山本進・川添裕 編著
Commented by きとら at 2009-04-19 22:28 x
>枝雀については「日が沈み、空が暗くなり、星が数を増す」というようなメルヘンチックな描写・・・
 
 枝雀はいろんな試みをした人ですね。仏教の教義解説のような新作もありました。その部分、面白くありません。しかし、風貌に禅味が出てきて、お師匠さんというより和尚さんと呼んだ方がいいような、いい顔になりました。その笑顔の裏には我々には計り知れない闇があったのですねぇ。
 
 談春は名人になるでしょう。しかし枝雀が生きておれば、名人を超越した存在、しかし巨匠というのではなく、芸を超越した「ただにこにこしている」だけの、「○○人」になるかもしれませんね。
Commented by kaorise at 2009-04-19 23:32
星亀のみゅうです。
saheiさんたらなぜ亀が?じゃないわよ〜
だって亀は可愛いでしょ、理由はそれで充分!ウサギちゃんはいつでも亀族の引き立て役なのよん!
それにしてもこの亀さんツヤツヤしてるのは、きっとみんなが「かーわーいーいーっ」てナデナデするからよね。
ところでウチの女中、キング一家のホラーぶりにおののいていたわ、、
もう本読まなくてもいいよう、充分怖いよう(涙)ですって!
Commented by 旭のキューです。 at 2009-04-20 06:49 x
うさぎとかめの写真が実にいいですね。お蕎麦は、キュー杯食べました。
Commented by saheizi-inokori at 2009-04-20 06:59
きとらさん、晩年の枝雀にはなんだか見ていいて息苦しく感じるものがあったと友人がいってました。
内心の格闘がすさまじかったのでしょう。もしそれを乗り越えていたら、、巨人?聖人?宇宙人?観たかったですね。
Commented by saheizi-inokori at 2009-04-20 07:01
kaoriseさん、みゅうちゃんに謝っておいてください。失礼しましたって。
そんなこと言わずに読んでみてください。ま、私の親戚でもないけれど。
Commented by saheizi-inokori at 2009-04-20 07:06
フローラさん、豚もおだてると、、、。
おっしゃる通り、すでに体感され言い古された現代の実相、フラットな時空のみが語られると三次元の豊饒は掬すべくもありません。
観客側に感性を継承するためにも是非現場におみ足を運んで下され^^。
Commented by saheizi-inokori at 2009-04-20 07:07
旭のキューですさん、お腹がキュー、ですか?観ている人の。
Commented by 高麗山 at 2009-04-20 10:16 x
本書の内容とは全く関係ありませんが、偶然にも生前の枝雀と志ん朝のお二方と同席したことがあります。
大阪みなみの阪町、芸人さんとその筋の人がよく利用する”てっちり屋”です。私が入るまでに、枝雀さんはマネージャーと奥さんと思しき人とで相当ご機嫌でした、私は上り框の隣に座ると間もなく、志ん朝もマネージャーと谷町らしき人とで入ってきました。
お互い他人行儀な挨拶をすることに驚きを感じましたが、暫くすると、私を挟んで話の遣り取りをするので、枝雀さんに、私が席を変えましょうかといったら、「だんさん、えろうお気づかいいただきましてありがとうございます」とひれ酒、一ッパイ御馳走になりました。
その後も、“芸談”は無く世間話が延々と続きましたが、お互い、案外他人行儀のような会話でありました。
Commented by saheizi-inokori at 2009-04-20 10:54
高麗山さん、それは得難い人もうらやむ経験でした。無形文化財経験!
上方との交流にも人一倍配慮した志ん朝だそうです。
芸談はよほどでなくては人前ではやらないでしょうね。
先日能の会場ロビーで志ん輔が目の前に座っていました。
業界っぽい人とひそひそ話していましたが、それはどうも他の演芸の芸談のようでした。ボリュームを上げてほしかったなあ。
Commented by みい at 2009-04-20 14:40 x
うやつやの亀さんと、うさぎさんの表情が、なんだか面白いですね~
ハナミズキの散歩道いいなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2009-04-20 19:56
みい さん、そちらの散歩道とは違った味があるでしょう?
でもやっぱり自然豊かなのは羨ましいですよ。
Commented by convenientF at 2009-04-21 12:48
>オッサンが何やら怒りまくっているが、何を言ってるのか意味不明

病院が一番多いようですが、コンビニ、銀行、駅その他でもそういうオッサンオバサンが増えたように感じるのですが、どうなんでしょう。私よりは親子ぐらい若いのに....

やはり貧しくなったからでしょうか。私の最後のポストに今就いているヤツの年収は私の時の3分の1だそうですから。
Commented by saheizi-inokori at 2009-04-21 14:31
CFさん、切れやすい老人については「暴走老人」という本の記事http://pinhukuro.exblog.jp/6619807
で書いたことがあります。
確かに貧すればなんとやら、先行きの不安をとりあえず弱い立場のものにぶつけるということは多いようです。
私も要注意だ^^。
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by saheizi-inokori | 2009-04-19 21:21 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(13)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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