啓蟄を過ぎて今日は暖かい日和、佐平次虫ももぞもぞと動き出す。

上野・国立西洋美術館で
「ユベール・ロベール-時間の庭」展。
「廃墟のロベール」と呼ばれた18世紀のフランス人・風景画家。
古代遺跡とそこで日常生活を送る今を生きている人々をカプリッチョ(奇想画)として描く。
ちょっとSF的な映画の情景を思わせるが、緑滴る自然とともにある風景であるところが映画のそれとは違う。
「大木の下の母子」などのやさしい母子の絵が何枚か目について、最近赤ちゃんが生まれたばかりのいちはさんのブログを思い出した。

何十年ぶりかで上野動物園に行ってみようと思ったがもう閉園の時間なのでいつもは歩かない「両大師橋」を渡って坂道を下りて下谷に向かう。
あたりには何べんも来ていてもどういうわけか行ったことのないのが恐れ入りやの鬼子母神。
こうやって迷いながら歩くのが好きなのだ。

わざと裏道を迷っていくと味のある建物がひょっこり現れる。

猫に道を訊く?

居酒屋の店先にギターがいくつも置いてあるのでカメラを構えていたら外から帰ってきたのが女将さんらしい。
訊いてみたら好きな人たちが合奏したりして楽しむのだそうだ。
12時で閉店だけどそれまでに入ってしまえば、いつまでも遊んでます、、帰りに寄ろうかと心が動く。

あった、あった、入谷鬼子母神、雑司ケ谷の鬼子母神に比べると小さくて如何にも町に溶け込んでいる。

子規の句碑。
一番右は、「漱石くる」のまえがきがあって
蕣や君いかめしき文學士
「蕣」を「朝顔」と読むのは後で「笹乃雪」に行ってから教わったのだ。

坂本小学校、1926年、大震災後いち早く建てられた学校、平成8年に閉校となったと、これは帰宅してから調べたのだが、レトロな建物、壊すのはもったいないと思ったら、上野公園再開発チームの事務所に使われている。
校庭ではサッカーをやっている子供たちもいた。

右手前は小学校の講堂、つたが絡まる円柱に特徴がある建物だ。


路地を抜けて鶯谷駅の下の歓楽街を抜けて根岸の里に向かう。

(坂の上が鶯谷駅南口)
これまた昔から行ってみたいと思いつつも、真剣に探したわけでもなかったから見ることのなかった「子規庵」を今日こそは、との気持ち。

こんな張り紙(小さく曲がり角の家の壁の低いところに貼ってある)に力を得て、ぶらぶらとそんな雰囲気の町の中を歩いていく。

みつからない。
たまに地図があるので近よって見ると子規庵のシもない。
道行く人に三度ほど訊いてみたが「さァ~知らないなあ」。
煎餅屋↑のおばさんがやっと教えてくれた。
どうやら方向ちがいを歩いていたようだ。
ラブホテルが密集している中を所番地を頼りに歩いたがみつからない。
たまたま普通の民家の前にいたご夫婦に尋ねると丁寧に教えてくれたのが、この家。

時間切れで中は見られなかったが満足。
それにしてもこの家、今はラブホテル街に近接している、だれがこんなところにあの子規の家があると思うだろうか。

(右手前が子規庵)

かれこれ歩き始めて2時間、月影もかなりはっきりしてきた。

今宵の集いは「笹乃雪」。
元禄4年、京都から宮様のお供をして来た初代玉屋が絹ごし豆富で「豆富茶屋」を開いたのが始まりという老舗。
俺は二度目だが、相変わらずスタッフのおばさんの客あしらいがよくないのに興ざめ。
8時半閉店を厳守するのが翌朝の要員操配上、必要なこととは思うが、前菜に始まりデザートまで9品のコースを、たまさかの酒の集いを楽しみながらゆっくり味あわせようという気配りが感じられない。
某アンコウ料理やなどもそうだが歴史のある老舗は案外ホスピタリティにかける。
今でも来るのだろうか、はとバスなどの団体客が店を荒らしてしまうということもあるだろうが、やはり経営者の問題だと思う。
毎日毎晩店に顔を出して客の反応や料理の出来栄えを自ら確かめていたらこんなことにはなるまい。
「季節の一品」というポーチドエッグみたいな料理も、一人都合で遅れた仲間を気にして「ちょうどいい塩梅でお出ししたいから、いつおいでになるかはっきりしてくれ」みたいなことを言ったわりには卵はカチカチの固ゆでだし、それまでの料理も頃合いを図って持ってくるということがないから暖かいものがみんなさめてしまう。
蕣に朝商ひす笹の雪
「あさがおに あさあきなひす ささのゆき」と読みを書いた木札を添えた句碑が玄関前にあった。たしかに豆腐屋は朝早い、それは同情するけれど。

「生盛膾」、真ん中にある白い豆富を酢で溶いたものに全部の具をがあーっと混ぜて食う。
それを教わったときは食いしん坊の俺は別々に食べ始めていたぜ。

(あんかけ豆富、いちどに一人二椀づつ出すのが習わし)

「雲水(湯葉巻豆乳蒸し)」
とはいえ、「冷奴」「胡麻豆富」「揚げ物」「お茶漬け」「豆富アイスクリーム」など不味いわけでなく、ワイワイやりながら腹いっぱいになり、愉快な一夜ではあった。
根岸といえば落語「茶の湯」がすぐに思い浮かぶ。
蔵前の旦那が隠居したのが根岸の里、退屈を紛らわすために定吉と自己流の茶の湯を始める滑稽噺だ。
今日のメンバー7人に訊いたら誰もこの噺を知らない。
退屈な老後を過ごさなければいいが^^。

追い込みの座敷(俺たちはテーブルの個室)にあった河鍋暁斎の「七福神」。
歴史のある店だけにあちこちに名のある人の絵とか色紙みたいなものが飾ってある。