2012年 05月 27日
深川江戸資料館で京の噺家・桂米二の一門勢揃い。
なかなか粋な試みだ。
あの辺り久しぶりだから早めに行ってあっちこっちと思ったけれど家事やサンチの散歩やらでそんなに早くは出られなかった。
でもまず清澄庭園。

各地の名石がたくさん集められている、もとは紀伊国屋文左衛門の屋敷跡とも伝えられる庭を岩崎弥太郎が社員慰安や貴賓を招待する施設として整備した。
東電の福祉施設を叩くジャーナリストみたいなのは明治にはいなかったのか、まあ、おかげで今俺たちがこうして楽しめるのだからよしとするか。
大震災や大空襲のときは避難所になったそうだし。

大きな鯉が餌をもらえると思って近づいてくる。
まさに舟をも呑まんさまだ。

江戸資料館の近くで、アサリの炊き込みご飯定食を食べて資料館へ。
深川佐賀町の「江戸の町並み再現」、実物大の長屋、表通りの八百屋、つき米や、蕎麦屋の屋台、、24時間のときの移ろいで照明を変えて、雀の鳴声とともにしらじら夜が明けてニワトリが時を作ったり浅利売りの声が聞こえ、屋根の猫が啼いたり、いろいろ見飽きない。

4畳半一部屋に住んだ長屋の衆、杉浦日向子によれば竈があるうちは少なかったという。

船宿の厨房。

一門会形式は初めてというけれど、可愛いい二葉と二乗に米二で勢揃い。
爆発頭のおニンギョさんみたいな二葉、子供みたい(子供カモ)可愛い声を張り上げて「道具屋」
東京初デビューだそうだが物おじもせず孫の学芸会を見ているようで楽しかった。
二乗「茶の湯」あたりから猛烈な眠気が襲ってきて、次の米二「百年目」の番頭が花見で大騒ぎしているところを大旦那に見つかるあたりまではウツラウツラ。
こんな経験は初めてだが、なんといい気持ちだろう。
病み付きになりそう。

(江戸は外食の町、天ぷら、蕎麦、寿司がそのベストスリー)
さて、米二の噺、謹厳実直で通していた番頭、芸者や幇間と賑やかにやってるのがバレタその晩、首になるのか、いっそ夜逃げをしよか、、とつおいつ悩み苦しむ番頭がやっぱり小心でマジメな本性を現して、見てる分には面白くてしょうがない。
いよいよ旦那がお説教、ときどき意地悪な皮肉をはさみながらも温情あふれる、番頭のこれからを想う真心ゆえのお諭し。
「旦那」という言葉の由来は「赤栴檀」とその根元に生える「難莚草」との共生関係、難莚草が生えては枯れして栴檀の肥やしになって、その栴檀が下におろす露が難莚草の肥やしになっていることから、「檀」と「難」を取って「だんなん」、それが「旦那」になった。

(蕎麦屋の屋台の内側、反対側には蕎麦と丼)
粋な鼠色の着物に着かえて米二「住吉駕籠」
ドジな駕籠かき二人が「へ、駕籠」、客引きをすると、いつも世話になっている茶屋の主人、同じ話を何度も繰り替えす酔っ払い、からかって行ってしまう夫婦、誤魔化してふたり乗りしようとする相場師、ろくな客に巡り合えない。
その都度の駕籠かきをからかう連中の話がみっちりと演じられて東京の「蜘蛛駕籠」とは一味もふた味も違った楽しさ。
俺の店にはケチな客しか来ないと愚痴った茶屋の主人
江戸っ子の啖呵も面白いけれど上方のもエゲツナさがメッポウ面白い。

はねてから、Kさんとぶらぶら森下へ。
ここは知る人ぞ知るうまい店の名所、だが途中で大好きだった高橋のどぜうの「伊勢喜」が閉店している。
魚三酒場は既に行列、「山利喜」の二階、厨房の前のカウンターに坐れてラッキー。

居酒屋と言っても本格的なフレンチに近いメニューも出せる優れた居酒屋の元祖みたいな店なのだ。

とろとろの煮込み、これをガーリックトーストと食うのが、この店入門。
ワインセラーもあるけれど俺たちはキリン樽生で始めて「磯自慢」「うきむた」「南部美人」(各正一合)を冷で飲み、再び白穂乃香 ”しろほのか”生ビール、「鯵のタタキ」「ソラマメ」「するめいかの焼いたの」「小肌酢」、、いろいろ食って、居残り会メンバーのYさんが切符の手配をしてくださったのに急用で参加できなくなったのを惜しみつつ話題はあっち飛びこっち来て、まだまだ飲みたかったけれど、またの日を期してご帰還。

最後に吸った「蛤汁」が肝臓を癒してくれたか。

小名木川を渡って清澄白河から半蔵門線で、桜新町からも歩いて帰って、今日は16000歩也。
なかなか粋な試みだ。
あの辺り久しぶりだから早めに行ってあっちこっちと思ったけれど家事やサンチの散歩やらでそんなに早くは出られなかった。
でもまず清澄庭園。

東電の福祉施設を叩くジャーナリストみたいなのは明治にはいなかったのか、まあ、おかげで今俺たちがこうして楽しめるのだからよしとするか。
大震災や大空襲のときは避難所になったそうだし。

まさに舟をも呑まんさまだ。

深川佐賀町の「江戸の町並み再現」、実物大の長屋、表通りの八百屋、つき米や、蕎麦屋の屋台、、24時間のときの移ろいで照明を変えて、雀の鳴声とともにしらじら夜が明けてニワトリが時を作ったり浅利売りの声が聞こえ、屋根の猫が啼いたり、いろいろ見飽きない。



爆発頭のおニンギョさんみたいな二葉、子供みたい(子供カモ)可愛い声を張り上げて「道具屋」
東京初デビューだそうだが物おじもせず孫の学芸会を見ているようで楽しかった。
二乗「茶の湯」あたりから猛烈な眠気が襲ってきて、次の米二「百年目」の番頭が花見で大騒ぎしているところを大旦那に見つかるあたりまではウツラウツラ。
こんな経験は初めてだが、なんといい気持ちだろう。
病み付きになりそう。

さて、米二の噺、謹厳実直で通していた番頭、芸者や幇間と賑やかにやってるのがバレタその晩、首になるのか、いっそ夜逃げをしよか、、とつおいつ悩み苦しむ番頭がやっぱり小心でマジメな本性を現して、見てる分には面白くてしょうがない。
いよいよ旦那がお説教、ときどき意地悪な皮肉をはさみながらも温情あふれる、番頭のこれからを想う真心ゆえのお諭し。
「旦那」という言葉の由来は「赤栴檀」とその根元に生える「難莚草」との共生関係、難莚草が生えては枯れして栴檀の肥やしになって、その栴檀が下におろす露が難莚草の肥やしになっていることから、「檀」と「難」を取って「だんなん」、それが「旦那」になった。
番頭さんも店の連中から見たら立派な赤栴檀や、赤栴檀はえらい馬力で栄えてるが、店の難莚草はちょっとグンニョリしてえへんか。ええなあ、これやで、社員に権利のある有給休暇を取らせないのが有能な管理職だと思ったりそういう管理職を引き立てて偉そうにしている経営者に聞かせてやりたい。
もしも店の難莚草が枯れるてなことがあったら、店の赤栴檀のこなたが枯れる、こなたに枯れられたらこの赤栴檀(主人)いとたまりもないでな。まあまあわが身可愛さに言うてると思うかしらんが、こらちょっとまた店の難莚草にも露をおろしてやってもらいたい

粋な鼠色の着物に着かえて米二「住吉駕籠」
ドジな駕籠かき二人が「へ、駕籠」、客引きをすると、いつも世話になっている茶屋の主人、同じ話を何度も繰り替えす酔っ払い、からかって行ってしまう夫婦、誤魔化してふたり乗りしようとする相場師、ろくな客に巡り合えない。
その都度の駕籠かきをからかう連中の話がみっちりと演じられて東京の「蜘蛛駕籠」とは一味もふた味も違った楽しさ。
俺の店にはケチな客しか来ないと愚痴った茶屋の主人
そんなこまかしい客つかまえて、へー駕籠、へー駕籠ちゅうて、屁で死んだ亡者みたいなこと言いやがるさかい、誰もいやがって寄り付かへんわい。誰のおかげでここで商売でけてるとおもてんねん。いっぺん、そのドたまを、バアーンと胴体へにえこまして、へその穴から世間のぞかしたろか、おい。頭と足と持ってこう糞結びに、結ぶぞ、グーと。口から尻(けつ)までピューッと青竹通して、裏表こんがり火にあぶったろか、おい。まごまごさらしてけつかったら、踏み殺すでおい。高下駄はいて前掛けして塵取り持ってる茶屋の主人を駕籠に乗れと言った間抜けな男たちは散々だ。
江戸っ子の啖呵も面白いけれど上方のもエゲツナさがメッポウ面白い。

ここは知る人ぞ知るうまい店の名所、だが途中で大好きだった高橋のどぜうの「伊勢喜」が閉店している。
魚三酒場は既に行列、「山利喜」の二階、厨房の前のカウンターに坐れてラッキー。


ワインセラーもあるけれど俺たちはキリン樽生で始めて「磯自慢」「うきむた」「南部美人」(各正一合)を冷で飲み、再び白穂乃香 ”しろほのか”生ビール、「鯵のタタキ」「ソラマメ」「するめいかの焼いたの」「小肌酢」、、いろいろ食って、居残り会メンバーのYさんが切符の手配をしてくださったのに急用で参加できなくなったのを惜しみつつ話題はあっち飛びこっち来て、まだまだ飲みたかったけれど、またの日を期してご帰還。









































































































