好いなあ、落語の世界 堀井憲一郎「青い空、白い雲、しゅーっという落語」(双葉社)
2009年 02月 08日
(baka)正直(そう)なところも。
今度は寄席やらホールなどに行った時に見聞きした愉快な話を達者な漫談口調で披露している。
いわば“寄席・噺家ちょっといい・笑える話”だ。
読みたくて買った本が山のようになっているのにどうも今年は本調子(掛け言葉です)ではない。
あっち読みこっち読みして途中で放り出している。
今朝も4冊ほどあれこれしていたが、こいつをめくった途端引き込まれて一気読みしてしまった。
寄席というアジールに起きる事件、落語中年・ホリイの起こす事件(というほどでもないけど)が臨場感たっぷりに描かれる。
2005年10月の鈴本で小三治がやらかした“悪夢の独演会”、グランドピアノの前で大真面目に「ナァツガ、クゥーレバー、オモイダスゥー」、13曲を歌った噺は小さんが150人の中に入ってないことに目ざとく気がついて教えて下さった方からも聴いていたが、まるで「寝床」だと、「背中から何かが抜け出た、限度だ」と思ったホリイは中入り前に逃げ出す。
あとで弟子の三三に聞いたら
何があっても弟子になんかくれる師匠じゃないんですが、この歌の会のあとだけは弟子全員に小遣いをくださいました。あとにも先にもこのときだけです。ホリイは
客にも欲しかった。と書いている。
池袋演芸場は独特の狭さもあっていろんな事件が起きるのだが、酔っ払ってわけの分からないことを言う客を高座から
おい、何か文句があるのかと啖呵を切った入船亭扇辰。
文句があるなら、じかに言え
おい、前座さん、つまみだしちまいな
言いたいことがあるなら、おれんところに来い。
いままで見た落語の中で、もっともイナセな落語だった。さすが江戸っ子だ。このとき扇辰がやってたのが「紋三郎稲荷」、俺は落語研究会で扇辰のこの噺を聴いたことを書いている。なんだか嬉しい。
あとで調べたら扇辰は新潟の人でした。
でもおれの中ではずっとちゃきちゃきの江戸っ子です。
米朝がボケてループ状態、話がぐるぐる回りだして収拾がつかなくなったときに小米朝(現・米団治)が脇から登壇して助け船を出すときのやりとり、ついには一升瓶を持って来て湯のみで飲み始める様子などは爆笑ものながらそこばくとない哀れをさそう。
談志一門の話題が多い。
談春とTBSのカフエで秘書を連れてあったとき、談春は控えていた女弟子・こはるを呼んで、その場で「道灌」をやらせて「言葉尻を呑むんじゃない」「隠居になったからって声を下げるんじゃない」、、二言三言言うたびに細かく指導してみせた。
これに慣れりゃ、舞台の上なんか全く怖くなくなるんだよ。談春は談志に山手線の中で通路に正座して稽古をつけられたこともあるそうだ。
我がご贔屓、喜多八と初めて鮨屋で偶然隣り合って、閉店間際の焼き鳥やで結局夜を通して飲み続けた話、喜多八がマクラで飲み過ぎることを自嘲的に話している裏が取れた。
ホリイは喜多八と別れてふらふらと帰る途上で
ぎぼぢわるぐなっだ。橋の途中で神田川を覗きこんで吐こうとしてメガネを落としてしまう。
翌朝、メガネを探しに行く。
神田川も流れてますね。ってやるねえ、君も。
付録のように談春、喬太郎、志らく、三三、喜多八、、10人の落語家のインタビューが載っている。
落語家になったゆくたて、苦しかった寄席の思い出、師匠やライバルについて、落語観、、それぞれの人柄が出ていて面白い。
昇太の「楽しんで何ぼ」の落語観、柏市の成人式でやったとき誰も聴いてないので「全員死ねばいいのに」と思った話、志の輔が
俺はもしかすると落語家じゃなくてライブ家なんじゃないかと思うときがあるという話には、そうかも、と思いましたね。
タケノコに蕗、菜の花、お麩にぎんなん、イクラものって、良いですね〜
こういう料理作りたくなりました。一段落したら作っちゃおう!
それにとっくりのしゃれてること、saheiさんお店の趣味がいいですね。
居合わせた乗客はラッキーでしたね。
落語のプラチナ切符を手にして鈴本に行った人たちの残念がり方は一通りのものじゃなかった。
でも今は伝説の場面に遭遇したということにはなるのでしょうか。
ちっちゃな花ですね。昨日はgakisモードにしてみました。面白いですね。まだ帰宅して調べるまではいきませんが。
そうか↑のhoopさんのコメントはそういう意味だったんだ。
でも上野鈴本はハキダメじゃないですよ^^。昼夜入れ替えと云う強気の寄席です。
やはり、日本酒でないと、ですね。熱燗で・・・(わたしも、少しは飲めます。日本酒好きですよ)
海越えて気持は飛んでいきますよ。
高名な植物学者も、可憐なこの花になんとも因果な命名をされたものです。
されば、「東風吹かば夜道に香る蛍光の如くに・・・」(狂歌)