改めて成人の自覚もないままに、、それがまずかったか!
2009年 01月 13日
それは特集だったのかも知れないが、感謝の言葉をいろんな人が言っていて、その対象はやはり母に、父にというのが多かった。
俺は学生時代に成人を迎えた。
東京でいろんな年齢の連中と「オレ、おまえ」で寮生活をしていたので改めて成人の日の感慨を抱くこともなかった。
もちろん祝典に参加するなんて、考えてもみなかった。
何が哀しくって市長だの区長だのに成人を祝ってもらわなきゃいけないのか、くらいな感じだった。
ナマイキ。
かといって一人で大きくなったとは思ってなかった。
曲がりなりにも「母親にいつまでも貧しい生活の苦労をさせておけない」ということが、リスキーな職業を選ばなかった理由のひとつだった。
しかし、心底は才能に自信がなかったのと自分の安定を望んでいたということはその後の人生を見ると歴然としている。
本当に
親孝行したいときには親はなし実感として感じられる。
でも、「もし親が元気でいたらやっぱり憎たらしい息子でいるんじゃないの」と俺の監視人は意地悪な目でみている。
祖母の歌から。
みたりの子ところところに今もかもこよなき春をほぎてやあらむ
人の性の善き面をのみ思はなと心に決めし幾とせなれど
すこやかにあらば生くるも又楽し久々に出でて町に物買ふ
母は。
雨音に囃す七種香ばしき
白鷺のさぐり歩きや落ち葉沼
ナマイキだったな、あんなもん、糞くらえだったよ、
後になってからちょっと失敗したって思ったけど、
天の邪鬼!
なんだか、わけがわからないです。
でも20才の誕生日には自分でホールケーキを注文して、、
お友達読んでお誕生日はやりました。ケーキ美味しかった〜
成人式の若者の写真を撮影したことがあるのですが、、成人式に出る子というのは、若者らしい生意気を諦めた気分が漂っていて、若く楽しい時は今だけと思っているような、どこか寂しい風情がありました。
彼らと話して写真とってると、心から応援したくなりました。
年賀はがきの抽選は終わったのかな。
生意気をあきらめるって“いい子”になるってことかな、そうだとすると確かにちょっとさびしい。
成人式?あんなものって思ってました。
田舎に帰って、着物着てなんて、できないよ馬鹿馬鹿しいでした。
娘にも「着るの?馬鹿じゃない」といってしてやりませんでした(もっとも着物は私のものを着せて、誕生日に写真をとってやりましたが)。
歩いて3分の式場は、毎年恐ろしい若者でいっぱいで、意地悪おばさんをしたくなります。
みんな親のお金で着る貸衣装。せめて心だけでも借り物でないことを祈りたいですね。
しかし、息子にとっての母は、甘える存在みたいなのです。その対象である私はうっ。そんなの困る。私が甘えたいし。^^;
よくわからないんだけどこのふた組をセットで想います。
自分を大事にして生きて欲しいものです。私の分も。
彼らがいたら私はきっとぐれていたかなあ、なんて根拠もなく想像したことがあります。
橘曙覧の「独楽吟」の世界ですね。
たのしみはまれに魚煮て児等皆がうましうましといひて食ふ時
こういう楽しみも、修養に依らなければ味わえないようです。ついつい物事を深刻に陰鬱に悲観的に考える癖がついてしまってます。
ホントに毎日生き生きと明るくしている人には「なんのこっちゃ?」かもしれない。
おかしいことが大好きな二人でしたよ。