万作さんおめでとう 「万作を観る会 喜寿記念公演」(国立能楽堂)
2008年 10月 20日
狂言・「蝸牛」
まず山伏・野村遼太が腿を高く上げる歩き方で登場、凛々しい若者、ちょっと甘さも残ってなかなか男前じゃ。
17歳、万作の外孫。
あれあれ、藪の中で寝転がってひと寝入り。
なんとなくいい感じだ。
ついで登場はなんとも可愛い太郎冠者・野村裕基、3歳で初舞台を踏んで、もう8歳、”ベテラン”かな^^。
主は萬斎、お父さんだ。
この狂言は「昔は親子の話にしたやり方もあるけれど、それでは大人の芸になりにくい。やはり主従の方があっている」と七世万蔵が「狂言 伝承の技と心」に書いているが、これじゃあまるで親子に戻ってしまう。
主の申しつけと言うのは「伯父さんに薬としてあげるから蝸牛を取って来い」。
かしこまっては ござれども まだカタツムリとはどのようなものか見たことも、ましてどこにいるのかも知らないと大きな声を張り上げる。
そうかそうかと主が教える。
「藪にいて、頭の黒い、腰に貝をつけて、折々角を出す」
教わった言葉を思い出しながら歩いて見つけたのが寝ている山伏。
「頭の黒い、、?」首をかしげながら山伏に近づくところで観客は笑い出す。
ちょっと起きてたもれ~肩を揺さぶって、、どうしてもお兄ちゃんを揺り動かしているようにみえてしまう。
起きた山伏に
もし お前はかたつむり殿ではないか大笑い、分かっていて大笑い。
山伏を蝸牛と思い込んだ太郎冠者は連れて帰ろうとする。
山伏は、それじゃ囃しをしながら行こうと、大真面目に囃し踊る。
はあ雨も風も吹かぬに、出な、かま打ち割ろう、出な、かま打ち割ろう山伏は
でんでんむしむし でんでんむしむし随分長い間舞台を回って舞い囃す。
太郎冠者、というより裕基くんの声が続くかと心配になるくらい。
蝸牛に「でんでんむし」と囃したてるのは京都あたりの子どもの遊びだったそうだ。
そんなリズム感のある楽しい子どもらしい空間を山伏と太郎冠者が創りだすところがこの狂言の見所かもしれない。
そこは天晴れ万作さんの孫たちは観衆を飽きさせないで楽しませた。
演者が子どもだから出来たんじゃなくて一旦太郎冠者になって、その太郎冠者が子どもになって舞い囃すというのが筋なんだと思うけれど、サテ、今日の舞台はどういったらいいのかなあ。
小さな子が子方として、そもそも子どもの役をするのはもう慣れて違和感がないけれど、本来大人の役をやるのは、初めて観るせいかちょっと、、。
可愛いし楽しいんだからいいのかな。
帰りが遅いので様子を見に来たパパ、じゃない主が、これは蝸牛ではないと教えるがその傍から山伏がちょっかいをかけてまた踊りだす。
そのたんびに「こいつは売僧だぞ」と教えるパパ、じゃない萬斎の横顔が笑っているようだった。
後見が万作おじいちゃん、喜寿の記念公演だ。
一家揃っての舞台は微笑ましくて楽しい。
でも、狂言として考えたら一人ひとりが役になりきって一家とは異なる世界を創り上げなければならないのは当たり前だ。
俺なんかが考えると一家、それも大名人、国宝のジイチャンなんかと一緒にやるのは大変難しいことだと思う。
先日は花緑が名人落語家の孫と生まれて落語家になる悩み(でもないか?)、昨日は作家・島尾敏雄の息子の苦しみについて書いた。
能や狂言は世襲が本筋の世界だ。
子どもは親を選べない。
選ばれた名人の子として生まれて来た子どもの、太宰流(本家はヴェルレーヌ)に言えば”選ばれたものの恍惚と不安”か。
俺たちはそういうことをも含めて愉しんで見ている。
観られる方は大変?
他の演目などについては追って。
上半期を終え、上司にとっては実に辛い「評価・面談の時期」ともなっています。
不如帰、萩、そして槿、芙蓉、木犀は概ねその盛りを終え、ムベ(別名:常葉アケビ)の実がその赤みを日に日に増してゆくこの頃です。
いいなあ。ちょっと羨ましい。
嘉牛はいっそ親子の話の方が自然だったかもしれない。でもゆうきくんが一生懸命太郎冠者をするのも得難いです^^。
だから使い捨てだとかパワハラだとか、うつ病が蔓延します。
前に住んでいたうちのムベがどうなっているか見に行きたい。
亡母の遺句集の題名となりました。
うん、誰でも自分では選べないんだから一度はやってみるのも^^。
明日行くつもりです^^。