ブログは日本を変えるか? 佐々木俊尚「ブログ論壇の誕生」(文春新書)

筆者は、かつて存在した「論壇」が今や消滅したに等しい、その代わりに社会的影響力を持ちはじめたのが「ブログ論壇」だという。

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中心になるのはブログであり、2ちゃんねるのような掲示板やソーシャルブックマークが論壇を巨大化する。
その特徴は
1、発言のほとんどがペンネームであり、発言者の社会的な地位はほとんど問題にされない。
2、マスメディアがタブー視してきた社会問題に関しても積極的な言論活動が行われる。
3、誰しも自由に参加でき、発言内容を理由にネット空間から排除されることはない。

そして、
この論壇を構成しているのは、主としてロストジェネレーション世代の人たちーすなわち1970年代に生まれ、就職氷河期を堪え忍び、格差社会にあえぎ、しかしインターネットを自由自在に操っている彼ら彼女らだ。
彼らの新しい言論は、古い世界の言論を支配していた団塊の世代と激しく対立し、その支配を脱却しようとあがき、そして今や超克しようとしている。
これは新たな世代の、新たな公共圏の生成である。

本書は、ブログ論壇を巡る興味深い事例、事象を紹介しながら、その影響力、限界、内蔵する危険、可能性などを考える。

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(千石・「ビストロ・プルミエ」、鶉のロースト。家族連れなどに向く手頃な店だ)

大量な情報、速報性、ローコスト、オープンであること、優れた検索性などにおいてネットは新聞を寄せ付けないばかりか情報の取捨選択、論考、分析をブロガー側で行うという点でマスメディアのステレオタイプな切り口とはひと味もふた味も違った情報が発信される。
マスメデイアによって情報を得てきた団塊世代の価値観とは対立することが多い。

イラクやアフガニスタンなどへのアメリカの侵攻を批判してもチベットに対する中国の弾圧には触れないといった党派性に基づく政治の枠組みはネットでは個人が課題ごとに議論を行うために超克される可能性がある?
誰が書いたか?より、何が書かれているか?が重視されるのだ。

その反面、ネット空間では仲良しクラブ的な世界に安住は出来ない。
人々がリアルの世界で抱いている考えや情念がそのまま生々しく表出してしまう身も蓋もない世界なのだ。
何でも見えてしまう。

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今年、2月8日に日本共産党の志位委員長が行った国会質問は、あるブロガーが取り上げた結果、動画サイトを中心に爆発的な注目を集めた。
それはテーマが雇用格差問題一点に絞ったものだったことがブログ論壇を構成するロストジェネレーション世代の琴線に触れたからだ。
さらに志位委員長の追及スタイルが、議論の土台となる情報源をきちんと提示した上でロジックを破綻なく積み上げていく、というブログ論壇に受け入れられやすいスタイルだったことも効果があった。

資源の最適な分配とか全体最適といった考えはブログ論壇では容易には了解されない。
社会から疎外されつつある貧困ロストジェネレーションにとって、社会の全体最適化などという概念は、呪詛の対象でしかない。
大規模災害発生時などに、けがの程度によってけが人の治療に優先順位をつけるトリアージという仕組みについてのブロガーたちの議論が紹介されていて興味深い。
トリアージとか全体最適などという考え方は「上から目線」だ。
”全体最適“の母集団は富裕層にとっての全体最適に過ぎないというのがロスジエネの考えにある。
かといって、助かる見込みがないとして切り捨てられるけが人を可哀そうとだけ言って済ましている訳にもいかない。
インターネットでは誰も第三者になれない。
自らも傷つくことを恐れずに他者にきちんと向きあい、倫理を究極に研ぎ澄ませることが本当のモラルなのだ。

さらに彼らにとって”承認”の問題は切実である。
誰かと接続しているか?無条件で自分を承認してくれる人、組織はあるのか?

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こうして本書の内容をつまみ食いのように書いてくると、日本でブログ論壇が建設的な意味で現実社会に影響を与えるためには、まだかなりの紆余曲折を経なければならないように思う。

小泉を支持して自民党、郵政改革派の地滑り的な勝利をもたらしたのは、ブロガーたちの寄与によるものかは俺には疑問(分からない)だし、もしそういう面があったとしても、それは”自民党・既成権力をぶっ壊す”ことに共鳴したように思う。

ぶっ壊すとか否定、拒絶的な世論が力を得て何らかの作用をすることが無意味だとは毛頭思わない。
半死半生みたいな民主主義にカツを入れるためにはせめてもノー!という力の存在が不可欠だと思う。

しかし、そういう力を持つためにもブログ論壇は建設的な世論を作りあげるのに有効な力を持とうとしなければならないのではないか。

その条件として筆者は、ブロガーたちなどの意見の「何らかの集約システム」があること、個人に対する誹謗中傷や荒らしなどの「衆愚化」や同じような価値観を持った人ばかりが集まるコミュニテイが多くなることなどの「カスケード化」を防ぐことをあげる。

そしてアメリカ大統領選でハワード候補が自分のブログを支持者の意見を書き込む場として活用したことがオンラインの選挙事務所として20万人近い人びとの現実的な活動につながっていったことや韓国のワールドカップ・サッカー応援団や大統領選挙でのノムヒョン応援団への参加呼びかけが大きな効果をあげたことを紹介して、そういうことが日本では出来ていない原因を三点あげる。

1、ネット論壇を担うロストジエネレーションに弱者・マイノリテイ意識が蔓延してしまったため「社会の中心を担う」という自信がない。
2、問題について討議し、解決策を考えていくというディベート文化が欠落している。議論で対立するとバカにされたと感情的になり、ロジカルな議論が続けられなくなる人が少なくない。
3、理念としての「社会」と、リアルな「世間」との乖離。いくら討議して理念を語っても、現実の社会は説明のできない「世論」という同調圧力に覆われている。この絶望感が、ロジカルな議論をまっとうな政治議論に向かわせず、「まあどうせ世の中変わらないし」と遊びに堕させて、リアルな政治議論へと結合させない。

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(千石・「おとめ湯」、坪庭)

筆者はネット論壇がマイノリテイ意識を乗り越え、「われわれの世論こそがリアルな世論である」という認識に達し、衆愚化を防ぐ何らかのアーキテクチャを実現できれば、ネット論壇の世界は公共圏へと昇華していくことになるだろうと結語している。

俺は、残念ながら、やや悲観的にならざるを得ないな。
Commented by HOOP at 2008-10-14 21:25
なるほど、と思う部分もあるのに、
私も著者ほど楽観できないのはどうしてでしょう?
別に反論したいわけでもないのですが、
なにか、違和感があります。
Commented by saheizi-inokori at 2008-10-14 21:42
HOOPさん、むしろ怖さの方を感じてしまいませんか?
Commented by gakis-room at 2008-10-14 21:54
ブログが論壇をつくることはないように思います。ブログは不特定多数を対象としているようですが,実際はその対象は少数の特定多数のように思います。さらに,ブログの論者は匿名です。一過性的な影響は「場」としての継続性はないように思います。
Commented by saheizi-inokori at 2008-10-14 23:13
gakis-roomさん、少数の特定対象という極私的ブログと毎日何千ものアクセスがあるブログとがあるようです。
そういう多数のアクセスがあるブログに極私的ブログがリンクしたりTBしたりしていろんな議論がなされていく。
それは2チャンネルとか動画とも並行して議論が広がっているようです。
私は(gakisさんも?)そんなことは考えていないけれど。
そして匿名であっても議論の内容は記述されて検討されていきますから連続性は保たれるかもしれません。
そう云う意味では論壇的に機能することはありえると思います。
問題はその質と影響力だと思うのです。
可能性はあるし従来のマスメデイアがロクな機能をはたしていないのですから、何とか建設的な機能を果たせるといいのですが上に書いたように、現状では悲観的にならざるをえません。
ということは日本の公論とはどのようにして形成されていくのか、はなはだ心もとないと思います。
Commented by saheizi-inokori at 2008-10-14 23:29
gakisさん、ただブログによる論議とは本書でも言っていますが非対称的な議論になっていることが特徴で今までの論壇のように誰を相手にして議論をするのかが不明確、まるで空気を相手にしているようなところがある。
それだけに個々人のささやかな意見が一つの方向にまとまると意外な力を得てそれを止めることができなくなる。
今夏、「毎日デイリーニュース」が低俗な記事を配信していたのに対してNETの間で反発が広がりリアルなデモ行動にまで発展毎日新聞は担当役員を減俸にしたとか、毎日のウエブサイトの広告出稿がなくなるという事態になったようです。
このときも毎日は誰に謝り誰と交渉すればいいのかは手の打ちようがなかったわけです。
Commented by HOOP at 2008-10-15 00:06
漠然とした不安はずっとあるのですが、この本の問題は
ポジティブな部分については明確に評価しながら
ネガティブな側面については、我々が感じるのと同レベルの問題、
すなわち漠然とした不安を例示するだけで、
解決策を提示しなかったことがあるのでは?

読んでいないのに、ちと言い過ぎかもしれませんが、、、
Commented by saheizi-inokori at 2008-10-15 07:24
HOOPさん、ご指摘の通りだと思いますよ。
そもそもNET新世代の展開をめぐっては性善説というか集合知を信頼するかどうか、のようなこれからの成り行きを見守るところがあるのですね。
Commented by bs2005 at 2008-10-15 07:34
>>>問題について討議し、解決策を考えていくというディベート文化が欠落している。議論で対立するとバカにされたと感情的になり、ロジカルな議論が続けられなくなる人が少なくない。

全く同感です。インド人は議論好きで、集まると活発に議論が始まりますが、正反対の意見でも実に和気藹々と実に楽しそうに延々と論じます。

先日テレビで、インドでは子供の頃から英語でディベートの授業があるのが当たり前というのも見て、なるほどと思いました。

日本でもそういう教育に力を入れて行かないと、堂々と和やかに国際社会で対等にものを言えるようにはならないでしょう。それが出来なければ段々、国際社会でも相手にされなくなるでしょう。

ブログの力も生産性の高いものにはなって行かないでしょうし、裁判制度も冤罪が増えるかもしれませんね。
Commented by 芙蓉 at 2008-10-15 07:53 x
おはようございます。
ネット議論ならぬ、「ブログ論壇」なのですね。
今、ネットの世界で何が起きているか知りたい方には、
いいのかしら...。
しかし、「論壇」という言葉、久しぶりに聞きました。

ちょこんと覗いてるフクロウ、可愛いですね♪。
Commented by antsuan at 2008-10-15 09:33
臭いものにフタをする事が出来なくなった、「噂の眞相」の大衆化と情報の草の根化として、ブログの論壇を評価します。しかし、そのうち権力側が思想弾圧の場として、力を入れてくる事は十分予想されます。 一番怖いのは謀略宣伝の場に使われる事ですね。
Commented by tenjin95 at 2008-10-15 09:37 x
> 管理人様

この本、店頭で見かけて興味はあったのですが、まだ買っていませんでした。早速買ってみます。

拙僧的には、このブログが公共性を持つためのシステム作りという点に、非常に興味があります。今のところ、むしろ逆で、ブログはただの「情報の垂れ流し」に使われている感があって、有名なブログの中には、コメントやトラバを禁止している例があります。それでは、公共性どころか、逆にたこつぼ化していくのではないかとすら感じてしまいます。拙僧は宗教人でありますので、特に、こういう議論の難しさを感じています。ただ、それでも、なんとかなるのではないか?という希望も持っています。あとは、この本を読んで、考えてみます。
Commented by saheizi-inokori at 2008-10-15 11:24
bs2005さん、「空気が読めない,YK」などと理外・言外のニュアンスとかその場の雰囲気に重きを置く文化は文学・絵画などでは「陰翳礼賛」的な美になるかもしれませんが、利害や価値観の対立する人たちが合意してものごとを進めるときには問題になりますね。
Commented by saheizi-inokori at 2008-10-15 11:26
芙蓉さん、「ブログのことを論ずる論壇」ではなくて「世の中で起きていることを論ずるブログ」なのですよ^^。
まあ、この本はブログのことを論じているけれど。
Commented by saheizi-inokori at 2008-10-15 11:28
antsuan、ブログが匿名が多いので書いてあることと書いた人の現実行動がどうリンクするのかがイマイチ不透明ですね。
どっちに転ぶか?恐い側面はあるなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2008-10-15 11:30
tenjin95 さん、ありがとう。
読後感を聞かせていただければありがたいです。
読んでいる時は珍しい(私には)話題も多くて興味深く読みましたが、読後感をまとめようとしたらご覧の通りなかなかしんどいことになりました。
Commented by 旭のキューです。 at 2008-10-15 17:14 x
ブログって本音で書けるような気がしますので、私自身皆さんのブログ読ませていただいていますが、気持ちは十分に出ている感じがします。
Commented by saheizi-inokori at 2008-10-15 20:27
旭のキューです。さん、ありがとう。
佐原に行きたくなりましたよ。
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by saheizi-inokori | 2008-10-14 20:51 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(17)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori