カワユイ閻魔大王 狂言「朝比奈」(第六回能楽現在形①・宝生能楽堂)
2008年 08月 08日
まず狂言の方から。
「朝比奈」
「次第」の囃子がある。
一噌幸弘(笛)、吉阪一郎(小鼓)、亀井広忠(大鼓)、観世元伯(太鼓)、能の次第とはちょっと違うように思うけれど、よく分からない。
が、先日歌舞伎座で聴いた囃子と違って「アァ、能楽堂はいいなあ」と思った。
緊張感、響きが懐かしい(大げさだが)。
閻魔大王(アド・茂山千三郎)が登場する。
「武悪」という面をつけて、頭巾を被り、赤を基調にした袴の裾はくくってある。
杖をもち笛座の方を向いて次第を謡う(何やら呪文・真言みたいにきこえる)と後見(月崎晴夫)がやはり聴きとりにくい地をとる。
ついで正面を向いて
これは地獄にその名も隠れ無き閻魔大王で~す「で~す」に思わず見所から笑いが起こるが、この「です」は現代語の「です」とは違って「にて候」の訛った言い方で「ござる」よりもふんぞり返った言い方らしい。
最近、人間たちが利口になって仏教を信仰するもんだから極楽へばかり行っちまって、地獄はあがったりで窮乏餓死するありさまだ。落語の「お血脈」でも地獄が不景気になったために閻魔大王召集の緊急対策会議が開かれる。
今日は閻魔大王オン自ら六道の辻(地獄・餓鬼・畜生など六道への分岐点)に出て通りかかる罪びとを地獄に責め落そう。
落語では善光寺の「お血脈の御印」を額に押しいただくと極楽に行くということが地獄衰退の原因だからと石川五右衛門に善光寺から御印を盗み出せと命じる。
五右衛門は首尾よくお血脈を手に入れるが、芝居っ気の強い男だから「ありがて~」とお血脈を押しいただく見栄を切ってしまって、あっという間に極楽へいっちまうのだ。
この時代の閻魔さまは働き者だし、リーダーの自覚があるから自分が先頭切って罪人誘致に乗り出したってわけ。
さて、朝比奈(シテ・野村萬斎)の登場だ。
こっちは白装束に白鉢巻、太刀をたばさみ、七つ道具を背負い、大竹をついてくる。素面。
これは娑婆に隠れもない、朝比奈(あさいな)の三郎義秀です。我 思わずも無常の風にさそわれ、ただいま冥途へ赴く。待ち構えた閻魔大王、好餌きたれりと杖を使って様々に朝比奈を責める。
それがね、もう最初から勝負あった、なんですね。
観ただけで威風堂々颯爽(亡者になっても)たる朝比奈に対する閻魔大王は背が低いばかりか落ち着きのない、どことなくヒョウキンな凄みのない男なんだ。
朝比奈の登場ですっかり地が現れてしまった。
でも閻魔大王は必死です。
賑やかなお囃子に乗ってぐるぐる朝比奈を回って責める。
急げ急げせかし責めるが朝比奈は微動だにしない。
あげくに
ヤイヤイ!さっきから目の前をちらりちらりと、うるさいお前は何者じゃ閻魔憤然と
地獄の主、閻魔大王たァ俺様のことよ朝比奈
なんとも哀れな恰好じゃないか。地獄の主ともなれば王の冠に石の帯をして、金銀ちりばめ、あたりも輝く姿と聞いていたけれどその有様は?いや、そのことだ!閻魔思わず
オオ、昔はその通りだったんだ。でもなあ、当今は人間どもが利口になってさあ、もう地獄は大変!食っていけないのさ。それでこうして俺さま自ら地獄へ責め落としに来たのさ。一層、責めるがびくともしない。
ここに至って流石に閻魔も
いったい、お前はなにものじゃ?その名も高き朝比奈であると聞いて驚き杖を放り出して座り込む閻魔
へえ、こりゃ一杯食ったぜ、朝比奈と知っていれば責めたりはしなかったのに。でも朝比奈と聞いて責めるのをやめたら地獄の名折れだ。奮起して責めるがラチはあくもんじゃない。
やがて朝比奈が舞台をワキ座から常座に向けて歩きだすと、閻魔はついに責め落ちたかと大喜び「それよそれよ」と杖にまたがり跳び歩く。
地獄へ先導するつもりで橋掛かりを先にいく。
ところが朝比奈が舞台の真ん中で止まってしまうのを見て、引き返し杖を投げ捨て、朝比奈の大竹に取りついて動かそうとする。
へっぴり腰の閻魔は朝比奈が大竹を一振りすると宙返りしてワキ座までぶっ飛ばされてしまう。
ここまでの閻魔(千三郎)の滑稽な動きが素晴らしい。
ほんとうは面をつけた上に重そうな装束だから体や謡の不自由さはさぞかしと思うが、如何にも身軽に舞台中を動き回る。
朝比奈とのやり取りも可笑しくて笑いが絶えない。
もう、責める気力もうせた閻魔は朝比奈が生前名をあげた和田義盛の乱のときのことを聴かせてくれと頼むのだ。
今度はシテの語りだ。
攻める様子を仕方噺で朗々と流石に猛将ここにあり、と講釈とは似ているが狂言らしくどこか飄逸さもある。
すっかり感心して「ほー」「ほー」と聴きほれ、敵が押し寿司のように死んだといえば「その寿司をほうばりたい」などと天真爛漫に腹ぺこぶりを露呈する閻魔がカワユイ。
カワユイのに朝比奈は意地悪、仕方噺の末に閻魔を敵と見立てて引き回し投げつけてしまう。
アァ、もう結構だ、聴きたくないと閻魔がいえば
そんなことを言うなら浄土への道案内をしろ大竹に七つ道具を結びつけて閻魔大王に担がせて浄土へ案内する朝比奈でした。
休憩時間にロビーでは「あんな可愛い閻魔さまなら会いたいなァ」、恐ろしいことをいう若者がたくさんいた。
落語の閻魔様と云い、この閻魔さまと云い日本人は閻魔様を怖がらないのかな。
最後に地謡が、朝比奈が閻魔大王に荷物を担がせて浄土へ行く様を謡う。
地謡・野村万作 石田幸雄 深田博治 高野和憲
いかにも働き者といった顔ですね。
武悪は鬼なんですよ。
閻魔さんとか地蔵さんとか鵺もそうかも知れないけれどいろいろ憎まれ役になったり人間の罪を代わりに背負ってくれるのかもしれません。
阿吽の吽の顔がかえってユーモアを感じさせます。狂言の鬼たちはみんなシテヤラレルのだそうです。
それが「強い強い」と強調する面をつけるところからして滑稽です。
道化役者は運動神経がことのほか必要なのですね。
働き者?そうかも知れない。あまり成果はあがらないけれど。