大塚英志「護憲派の語る『改憲』論ー日本国憲法の『正しい』変え方」(角川ONEテーマ21)

今秋に予定されている結婚の準備に忙しい(前撮りなんてことを教えてくれた)20代の美容師と話していて何かの弾みで「女性には選挙権がない時代があったんだよ、それも大昔って訳じゃなくて60年ほど前のことだ」と云ったらびっくりしていた。
「長い歴史の上に勝ち取られたともいえる選挙権なんだからよく考えて投票しないとネ」、訓戒を垂れる梟でありました。
誰であれ、支持率90パーセントなんて民主主義じゃないと思うのです。

大塚英志「護憲派の語る『改憲』論ー日本国憲法の『正しい』変え方」(角川ONEテーマ21)_e0016828_17144944.jpg


”サヨク”護憲論者である大塚がこの本で云っていることは国民投票法により改憲に賛成するにしても“考えなし”にするなよ、ってこと。

近代は“個”の確立と、その反対側の“他者”の存在を認めること。
それは言葉による相互理解が必要になる。
さらにそういう他者とともに生きていく”社会”についての合意が必要になるし、そういう社会を創る責任を果たすこと。
責任を果たすとともに社会(国)には憲法で定められている義務が履行されるように求めていく権利と義務がある。

憲法に決められている国や公務員の義務が果たされてもいない。
健康で文化的な最低限度の生活を営む権利は?
公務員は全体の奉仕者になっているのか?
年金記録がなくなったってことは憲法に照らしてもおかしいのではないか。
社会福祉の金を削ってオリンピックに回すって?
それを糾弾もせずにワンフレーズや見た目で投票したりなんとなく改憲に賛成してしまっていいのか?

大塚英志「護憲派の語る『改憲』論ー日本国憲法の『正しい』変え方」(角川ONEテーマ21)_e0016828_1736089.jpg
(浅草「曙湯」、堂々たる構え、ほれぼれする)

古臭くなって時代に合わないことを改憲の理由にあげるならどの条文がどのように護られて、又は護られなくて時代にあわないというのか?
護るための努力は国民、国によって十分になされたと言えるのか?

自分だけの利益・快楽・安寧だけを求めてあたかもひとりで生きているように振るまい弱者には”自己責任”を押しつけているのは近代的個人の生き方とは反対の生き方だ。
動物であることと近代的な個人であること。その二つの葛藤の中で、よりマシなほうに社会を進めていく、というのがリアルな近代の在り方ですよね。そこで努力目標としての「近代的個人」というのをなしにするのはまずい。
だからこそ、憲法は徹底して理念的でなければいけない。(略)憲法の本質とは、私益を追求してしまう動物的な人間の現実を超えようとするところにあり、しかも、それは単に理念的なのではなくて、いわば他者とのリアルな関係を強いられる中で獲得された理念だからです。つまり憲法って「動物化」を阻止するためにある、ともいえます。
その意味で、現実に妥協する改憲なんてあり得ないわけです。
保険とは掛けた保険料を回収するってことではなくて今余裕のある人が無い人にお金を回すってことだ(それを理解することが近代的個人なのだ)。
でも、近代的個人形成途上の市民としては、普段は出来るだけ掛け金が少ない方がいいくらいにしか考えていない。
けれど国民年金記録紛失ってのは俺にも関係するかもしれない、それなら選挙の争点は憲法より年金問題だ!
福祉に回す金が減って人が苦しみ、死んでいたって、俺の問題じゃない。
それよりもオリンピックの方が面白そうだ。
こういう姿勢には”私”しかない。
他者の存在(違いがありながらも平等な存在としての、それを相互に理解し合うべき存在)がなくなっている。

大塚英志「護憲派の語る『改憲』論ー日本国憲法の『正しい』変え方」(角川ONEテーマ21)_e0016828_17372594.jpg
(曙湯・脱衣所の天井、寺院かと見紛うような高い天井の格子には立派な絵がいくつも)

著者は「憲法の前文を自分で書いてみよう」という運動を提唱、中高生に対して5年間実行してきた。
その“自分たちの憲法改正案”が巻末に載っている。
自分で書く過程で、私→他者→みんな、という近代社会の成り立ちがその子の中で自然に調和のとれた姿で理解されていくそうだ。
考えを書いて発表することが責任感にもつながってその後の人生での生き方にもかかわっていくようだ。

国に求めることは間違ってはいない。
いわば憲法は国の義務を明記して国を縛るものだから(だから憲法を変えたいっていう人もいる)、それが実行されていないのなら国に求めるべきだ。
しかし、国を造りあげて国の主人公となっているのは国民・俺たちだ。
だから国に求めるということはそれなりに俺たちも学び行動し義務を果たさなきゃならないってこと。
当り前のことが書いてある本だ。
その当たり前のことが、何だかアナクロ(フアッショナブルじゃない)にもシュール(新鮮)にも聞こえるのが今の危うさだと思う。
Commented by HOOP at 2008-08-06 21:02
旧室蘭駅舎の天井も同じように格子絵が描かれていました。
こういうところに絵を描くという、ある意味贅沢な意匠が
あちこちにあったのですよね。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-06 21:15
HOOPさん、同じデザインが多いので印刷物を貼ったのかもしれません。それにしても大したものです。
落語の「付け馬」で朝の銭湯に入るところが出てきアンスが、この風呂かなあなどと思うくらいです。
Commented by たま at 2008-08-06 23:34 x
「風化」というのは、技術の分野では「風」(酸素)に触れて「化」合し、酸化されることを言うようですが、決して風化、酸化されてはいけない、今日はまさに「ヒロシマの日」。
亡き義母も原爆手帳を所持する一人。
ヒロシマも終戦も知らない自分ながら、妻にもしっかりその遺伝子が承継され、息子、娘にもしっかり潜在しているのですネ。
せめて風化、酸化する前に、しっかりと伝えたいものと思います。
Commented by hiranuma-nasubi at 2008-08-07 00:23
私は憲法9条は、人類の宝だと思っています。変えてはいけない。


Commented by antsuan at 2008-08-07 06:30
法は法にしかあらず、文化を守るためにはもっと次元の高い規律で自らを縛ることが必要ではないかと。それは銭湯に絵が描かれているのと同じ次元の規律でもあると思うのですが。
死文化させてしまうような法律はさっさと変えないと、文化自体が腐ってしまうような気もしています。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-07 07:58
たま さん、50年、40年、30年前に広島のことを日本人がどう考えていたか?
まさに風化ですね。
原爆が落とされて信じられない数の人びとがなくなり生きても後遺症に苦しんでいるという事実には何にも変わりはないのに。
憲法に対する議論(まともな議論がないけれど)もなんとなく変っていった。なんとなく自衛隊もあるんだし、、もう古臭いかなと改憲をよしとする人が増えてきたような気がします。”考えなし”に。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-07 08:02
hiranuma-nasubiさん、第9条についても変えてどうしたいのか、堂々と外国に行って戦争ができる軍隊を持ちたいのか、アメリカのいうことを聞けるようにしたいのか、自衛隊を合法化したいのか、人によっていうことは右翼のなかでもまちまちです。
左翼も護憲というのみででは非武装中立に向けてもう一度戦線を構築するのか?そのあたりはご都合主義のようにも思えます。政権がちらちらしてくるとなおさら基本論がうやむやにされていくような。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-07 08:10
antsuanが、法律無用論なのか今の法律が間違っているというのか、どちらなのでしょう?
憲法の必要を認められるなら”もっと高い次元の規律”との兼ね合いはどうするのですか。
法律ではあまり何も決めないで武士の葉隠れのような倫理で世の中を動かしていく?
確かにどんな立派な法律を創っても守る人がいなければ死文化してしまいますね。
その時現実に合わせて憲法を低い倫理のものにしてはいけない。憲法の定めている生存権や公務員の義務がなぜ護られていないか、公務員の倫理観がめちゃくちゃだからと云ってそっちに憲法を変えるんじゃ盗人に追い銭?
本書はそんなことを言っているようです。私も同感です。
憲法を変えるにしても具体的な議論がなくてはいけないということかもしれません。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-07 10:21
フローラ さん、本書の巻末に中高生が書いた憲法前文が載っているのですが、その中に「他人にやさしい気持ちをもつ」ということを書いている子がいました。
「もっと落ち着いてゆっくり考えよう」などと書いた小学生もいましたよ。
憲法が汚れた現実の後追いをしているのでは憲法たる意味がないと思います。
第9条については私も確たる信念を持てないのですが、本当に非武装中立は非現実なのか、最近かえってそれが現実味を帯びてきたような気がするのです。
少なくともイラク派兵を後方支援と言うインチキに止めたのではないか、そうでなければドンパチやってきたかもしれない。
それは国際社会からみるとズルイのでしょうか。
Commented by 74mimi at 2008-08-07 13:40
「曙湯」外も中も素敵ですねぇ!
半日くらい入っていたい気持ちになりそうです。
追い出されるかも。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-07 14:48
74mimiさん、大丈夫ですよ、きっと。気さくなオバサンが番台にいました。
でて直ぐに美味しい焼き鳥やもあるし、グーッと^^。
Commented by イネ at 2008-08-07 15:32 x
本日のsaheiziさんの記事にはとても共感しました。中味そのもの全く共感です。そのうえ大塚さんは中高生たちに働きかけていらっしゃるんですね。このことが素晴らしいです。大人は子供の先輩だから当たり前なんですが。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-07 15:47
イネさん、大塚は今小学校に入った子がこういう勉強をしてちゃんと投票できるようになるまで国民投票法による投票は延期すべきだと主張しています。つまり、18歳になるまで12年間。
Commented by gakis-room at 2008-08-07 16:41
公権力の行使は,国民の自由と幸福の実現のためだけになされるのであって,それをうっちゃっておいて勝手なことをしてはならないよ,というのが法体系の基軸としての憲法だと思っています。「お国のためとか国際貢献だとかいって人殺しを命じたりしてはならないよ,念のために」というのが9条だとも思います。
Commented by お茶好き at 2008-08-07 21:50 x
私には小学生の子供が二人います。どこの親も同じでしょうが子供の成長はとても楽しみです。でも今、肉食になってしまった日本人たちの、狩猟を思い出したような9条論議を聞いていると、自分の子も含めたたくさんの子供たちがその大きな渦の中に巻き込まれていきそうで怖いのです。
Commented by syenronbenkei at 2008-08-07 23:04 x
阿倍さんがむりやり通した国民投票法で改憲が多数だとしても、それが国民の声なのでしょうか。
とんでもない法を通してくれたものだと思っています。
Commented by 髭彦 at 2008-08-07 23:07 x
深く共感します。
以下は、旧詠からですが。

070503日々歌う 
 政府をば縛りて民のしあはせを図るためにぞ憲法のある
060829日々歌う
 政府への民のしばりが憲法と思はぬ者ら改憲をいふ
 国家とはわれらのことと思ひなす<エリート>唾棄す現憲法を
 強力にリードさるるを待ち望む怯懦のこころ民を蝕む
 物腰で民を欺く者勝ちてつひに解かむか民のしばりを
 <右><左>問はずに民のしばりをば軽んずる者 国を誤る
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-08 00:37
gakis-roomさん、昔習ったことがいつの間にか特殊な考えになっているような気がしますね。
時代とともに変わっていいことといけないことがあるはずなのに。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-08 00:40
フローラさん、後方支援は加害ですよ、まったくのところ、でももっと堂々と加害側に回りたいと考えている人もいる。その人たちには第9条は抑止力として働いたと思います。
なんだかとんちんかんな返信でごめんなさい。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-08 00:43
お茶好きさん、えらそうなことを言っていた軍人や多くの“実力者”が自分の子どもの徴兵をまぬがれる工作をしたとか、今のアメリカでも国会議員の息子たちは軍隊に行かないという話を聞くと本当に腹がたちますね。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-08 00:45
syenronbenkei さん、裁判員制度と同じ、いつの間にかちゃんとした議論もせずに通してしまった。
それは国民の責任でもあると思います。
驚異的な支持率を与えた国民の。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-08 00:48
髭彦さん、一首一首がその通りだと思います。
とんでもない勘違いをしている“エリート”、それをよしとする国民、時間はかかっても戦線再構築しなければならないように思います。
Commented by convenientF at 2008-08-08 04:12
>非武装中立は非現実なのか、

この憲法が公布されたときのニッポンでは「第9条」は肌で感じる現実でしたよ。
手段や状況はどうあれ戦争を生き延びた者とすれば、戦争さえなければ戦争に殺されない!その一念!

正しい戦争:オレたちを巻き込まない戦争。
間違った戦争:オレたちを巻き込む戦争

これが朝鮮戦争中も維持された日本国民の思想。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-08 07:04
CFさん、現代の戦争の死者の圧倒的割合は市民だというgakisさんのコメント↑をみても「オレたちを巻き込まない戦争」って他の国の市民=オレたちをどんどん殺す戦争だということがはっきりしています。正しい戦争ですねえ、まったく。
Commented by suiryutei at 2008-08-08 09:23
おはようございます。
ブログ本文も皆さんのコメントも素晴らしいですね。元気づけられます。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-08 09:59
suiryuteiさん、大塚氏の本をやっと読みましたよ。教えてくださってありがとう。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by saheizi-inokori | 2008-08-06 20:47 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(26)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori