観たかったなあ、もう一つの都庁舎 平松剛「磯崎新の『都庁』 戦後最大のコンペ」

新宿に偉容(異様?)を誇る東京都庁舎。
その設計コンぺが行なわれた。
1985年のことだ。
丹下健三と鈴木都知事(当時)の親密度などから丹下への特命と思われていた。
指名されたところはいずれも大手の設計事務所ばかり、所詮は丹下の出来レースとも見られた。
そこに唯一、個人の”アトリエ”である磯崎新も参加を求められた。

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磯崎は丹下の弟子。
長く日本の建築界をリードした丹下は1970年の大阪万博以来、国内では目立つ作品もなく専ら海外で仕事をしていた。
丸の内の、旧第一都庁舎(1950年代の日本の代表的建築と磯崎が評価する傑作)を設計した丹下は「ぶっちぎりで勝とう!」を合言葉に必勝の構えで準備にかかる。
コンペの説明会で磯崎にあっても会釈すらしない。

磯崎と丹下のコンぺに向けての準備、二人の巨匠の思考の変化、部下たち一人ひとりの感想や対応、、息詰まる日々、単に都庁舎のことだけではなく丹下と磯崎の半生も紹介される。

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(豚の蚊取り線香、設計者の磯崎本人が言う大分県医師会館。磯崎の初作品とも言える。“美を語る”ことを辞めたのだ。)

東京(帝国)大学建築学科が日本の建築界に果たした役割がコンドル先生や辰野金吾までさかのぼって描かれる。
岸田日出刀なる帝大教授の隠然たる権力が行政を説得して日本の代表的建築物を生み出していく。
彼の庇護あって丹下の活躍が保証される。
代々木体育館、広島原爆記念館(および原爆慰霊碑のイサム・ノグチ設計案が拒否された経緯)、大分県医師会館、、二人の記念的作品のエピソードを紹介しながら日本の近代建築史、建築思想の変遷が要領よく説明される。

何よりも都市計画と建築家の関わりあいだ。
それは政治や権力との関わりあいでもある。
「大東亜建設記念造営計画」において丹下は皇居から富士山に向けて大東亜道路を軸線として引く。
その後の丹下の代表作にはズバズバ軸線が通ることになる。力道山にとっての空手チョップ、ウルトラマンにとってのスペシウム光線にあたる丹下の必殺技なのだ。
難しい話をこの調子で語り進める筆者の力量!

都市に廃墟をイメージし変動するものを見る、見えないものをみる、”アナーキスト”磯崎。
その東京感とは
秩序だった整然とした構築は不可能なのではないか。私たちの世界は流動し、変転し、混沌へと突き進むだろう。
彼がコンペに選んだ案は低層建築だった。
施主が超高層ビルを望んでいることは百も承知の上で低層(といっても23階、97メートルになってしまうのだが)。

「錯綜体」=「リゾーム」、磯崎のコンセプトだ。
都庁における書類(当時は情報)の流れをトレースするとタテ=組織図=ピラミッド=高層ビルの流れとは違ってヨコへヨコへとグルグル回っていた。
(これを筆者は黒澤明の「生きる」でおかみさんたちの陳情がたらいまわしされていく話しで説明している)
それは低層のビルの並列にふさわしいのではないか。
アクロポリスが私を反逆者に仕立てた
ル・コルビジュの言葉に勇気づけられて革命家としての建築の夢を追うことを諦めなかった磯崎はヴェネツィアのサン・マルコ修道院の聖堂、ついでフランスのラ・トゥーレット修道院(ル・コルビジュ設計)と連続して不思議な経験をする。
建物の外観から来る「視覚」ではなく、内部に身をおくことから来る「身体」への感覚。
”エロスの充満する深海の奥部”、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」、”闇の空間”、、光と闇が創り出す空間の力が身体に訴えかけてくる。
丹下の建築になかったものだ。

磯崎の新都庁舎は、東西288メートル、幅32メートル、これに直交する南北80メートル、幅48メートルの十字架形に大広間を中庭としてもつ。
それは権力者が高さを競う超高層とは違って都民のものだ。
その広場には屋根があって内部は時の経過で変化する光と闇に充たされる。
村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」にでてくる地下生物”やみくろ”が棲んでいる広場だ。

プラトン立体、それは焼け跡や廃墟の空白に立ち上がる”始り”としての建築。
それが球であり立方体でありピラミッド。
磯崎の新都庁は□と○と△が組み合わさっている。

磯崎はずっと後で新聞に寄稿した中で、バブル期に相次いで建てられた都の公共建築物、池袋・「東京芸術劇場」、両国・「江戸博物館」、木場・「東京都現代美術館」、丸の内・「東京国際フォーラム」にこの都庁舎を加えて”バブル東京の五大粗大ゴミ”と命名したそうだ。

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(丹下の作品、フジテレビ本社、磯崎の空中都市構想そのもの、新東京都庁案と通底するところがある)

迫真のドキュメントであり、建築入門啓蒙書であり、思想書であり、人びとの生き方を書いた文学であり、エンタテインメントでもあり、、、460ページを一気読みさせる近頃まれなお勧めホンです。
「早起きは三文の徳」から始まって、「わからない人」「恐い人」「踊る紐育」「帝国の逆襲」「磯崎新 都へ行く」「美よ さらば」「めまい」、、節ごとの見出しがシャレている。

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(麻布四の橋・「鳥亭」、地鳥のコロ焼き、うまいんだよ)
この人は「光の教会 安藤忠雄の現場」(建築資料研究社)と云う名著もあります。
これも興奮した。
あのホンは前の会社に寄贈したが、誰かひとりでも読んでくれたのだったら嬉しいなあ。

文藝春秋刊
Commented by HOOP at 2008-07-07 23:35
丹下さんは、どうも素人にはわけのわからないところがあります。
私がびっくりしたのは、やはり昭和30年代の作品群ですが、
その後のものは、どういうわけか弟子が酷評していますね。

あ、酷評していた弟子というのは故黒川紀章氏のことでしたね。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-07 23:40
建築とはある意味では住む人、利用する人などは無視しても己が思う美学を貫くところがありますね。
磯崎は東京都庁旧庁舎を高く評価していますが肝心の東京都の役人たちは使い勝手がよくないと文句タラタラ。
安藤の光の教会も本で読む限りでは信者にとっては厳しい教会のようです。暖房をつけないとか、、。
Commented by たま at 2008-07-08 00:39 x
「人が主」と書いて「住」の字の如く、ホントは機能、使い勝手の目的あってこその「建築物」のはずなのに、いつの間にか「美学」、「芸術」あるいは「アート」の世界にまで昇華させてしまった功罪は、ローマ・キャソリックの(けっして人が住むことのない)「あくまで崇高で、荘厳な」ゴシック教会建築様式に遡るのではないでしょうか。
かえすがえすも、今もローマ帝国遠征軍の名残としてヨーロッパ各地に残された石組造りの「ローマ橋」のアーチ形式に「機能と力学的合理性」の特化を思い起こすにつけ、同じ大学工学部なのに、(同じ「工作物」築造が目的に過ぎないのに、)片や「土木工学科」(※シビルエンジニア=ミリタリーエンジニアの反語)など他の学科がほとんど「○○工学科」(○○エンジニア)と称するのに対し、独り「建築」のみが「建築科」(アーキテクト)と称して「工学的知見」を軽視する(?)のは、「姉葉・元一級ケンチクシ」の例を引くまでもなく、「アーチスト」としての誇り(驕り?)に起因することかしら・・・。
Commented by molamola-manbow at 2008-07-08 06:42
丹下健三さんにとって東京五輪の最中に雨が降らなかったのは不幸中の幸い。
吊り天井の代々木体育館の雨漏り、目を引く外見と違って・・・・・。
Commented by sweetmitsuki at 2008-07-08 06:52
都政の話は別として、雨の日に見上げると雲で屋上が霞んで見えつ新都心高層ビル街が大好きです。
長い間ニッポンを代表していた建築物である東京タワーが所詮は外国のサルマネであるのに対し、新都庁舎はいかにも日本らしいデザインで、工事中から完成を心待ちにして眺めていたのですが
「税金のムダ遣い」という罵声が浴びせられ、そのうちに芸術もわかってないようなマスコミや文化人が建物のデザインの悪口まで言うようになったのがとても残念だったのを覚えています。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-08 07:24
たま さん、最初は造家学だったのが建築と東大の学科が改名したのがそれですね。
衣食住、といいますが確かにどれも目的を果たすだけでは満足を得られない。
機能と美、又は前衛のせめぎ合いなのかもしれません。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-08 07:26
molamola-manbowさん、清掃や保守のやりやすい建物という視点などはまるでない。
そう云うものだという考えが建築家の先頭に立つ人にはあるようですね。
安藤忠雄の大阪の長屋しかり。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-08 07:30
sweetmitsukiさん、あのてっぺんの屋上にあがったことがあります。高所恐怖症の私は足がすくみました。それなのにヘリをすいすい歩く点検の人がいたのが驚きでした。
議会場のものものしさにも驚きました。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-08 07:32
たまさん、そうはいっても彼らの傑作は構造工学の支援の賜物なのですから軽視はできないでしょう。
Commented by ふくよか at 2008-07-08 10:26 x
saheiziさん  東京芸術劇場にはときどきいきますが中のあの殺風景な空間にどうにかならないこかな〜劇場なのになあといつも同じ事を考えています。
先日の旅でレンゾピアノ、フランクゲイリー、マリヲボッタ、コルビジュエの建築をみてきました。賛否両論はあるでしょうがともかく色気があり美しかったです。
ちなみに私の家は東孝光さん設計で40年になります。寒い、雨漏り、メンテナンスなどにいろいろ難があり闘ってきましたが今は手の内におさまりこの空間で生きられる事に幸せに思っています。前衛といわれる建築は難はありますが心が弾む造形には惹かれるものがあります。
Commented by lotus at 2008-07-08 10:53 x
建築入門者の私にぴったりの本です。建築家というのは建物の全てを統括しているものと思っていましたが、免震や構造は別に専門家がいると知り、びっくり。しかも免震構造は今までの経験から考えられているので、全く新しい地震が来た時の保証はないそうです。
コルビュジェのユニテ・アビタシオンに住んでいる住人が(不便なことはあるだろうけれど)「コルビュジェのデザインした住宅に住んでいることを誇りに思う」と言っていました。使い勝手と美とは必ずしも一致しないでしょうが、建築家の理想や工夫を理解しようとする住み手が増えることは望ましいと思います。やはりバブル期に建てられた新国立劇場。水を使ったエントランスが大好きです。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-08 11:03
ふくよか さん、お帰りなさい。さぞかし目も舌も心も御馳走を食べてはちきれそうになってこられたのでしょうね。
岡本太郎の「座ることを拒否する椅子」などはちょっと違うのでしょうが、住む人間にも何かのっぴきならないものを感じさせるような建物、真っ暗なチューブの中に住むとか、が人間の五感に訴えて興奮とか喜びを感じさせることがあると思います。
それは住む人と造る人の格闘みたいなものかもしれませんね。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-08 11:11
lotusさん、アクロポリスの神殿、平等院、桂離宮、東大寺南大門、、どれもいわゆる機能性からすると問題ありなのでしょうね。
典型、極限、切っ先、、居心地のよいものではないと思います。
しかし、極寒の地の自然にはなんともいえない美しさがあります。
私の住むマンションもいろいろ不都合が多いのです。
建築家が自分の住む家(地下)の上に立てた低層ビル、文句をいうと全然平気なのです。困ったものですが、だんだん諦めていますよ。
Commented by YUKI-arch at 2008-07-08 20:03 x
雨漏りで業界では「著名」な代々木体育館・・・をはじめ、
周囲を屈服させましたが、
彼はある種政治家でありました.
磯崎は”バブル東京の五大粗大ゴミ”と命名しましたが、
都庁は「墓石」のようにしか私には見えません.
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-08 22:37
YUKI-arch さん、墓石だとしたら誰を葬っているのでしょうか。
意味深長ですね。
Commented by 髭彦 at 2008-07-11 12:32 x
「東京都現代美術館」を除けば、磯崎の”バブル東京の五大粗大ゴミ”という評価に諸手を上げて賛成します。
よほどのことがない限り東京<非>芸術劇場には行かないようにしていますが、行くたびに怒りがふつふつと沸いてきます。
江戸博も、かつての暁斉展以来ひさびさに北斎展で行きましたが、およそ芸術・文化とは無縁の建築に改めてあきれ返りました。
他も含めて、すべて<こけおどし>の極み。
美はもちろんのこと、機能、経済、調和すべてを無視したグロの世界です。
この本を読みたくなりました。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-11 14:39
髭彦さん、確かにあの芸術劇場は芸術とはあまり縁のなさそうな顔つきですね。
東京都現代美術館は一度しか行ったことがないのですが、橋の上から見ると結構良かったような気もします。
泥鰌を食べながら又行ってみようかな。花より泥鰌です^^。
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by saheizi-inokori | 2008-07-07 23:14 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(17)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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