さあ、これで小説が書けるか? 北村薫「北村薫の創作表現講義」(新潮選書)

母校の早稲田大学・文学部で二年間にわたって行った講義の一部を活字にしたもの。
後輩に「空飛ぶ馬」を教えられて「夜の蝉」「秋の花」などの円紫シリーズにはまりこみ、その頃は覆面作家の彼を彼女と思い込んでいた。
行きつけの本屋も女性作家の棚に「スキップ」「ターン」「リセット」の三部作をおいてたっけ。
それほどソフトな語り口・切り口がこの講義でも発揮されていて、持ち前の周到な工夫とあいまって楽しい講義となっている。
昔、学習院における篠沢教授のフランス文学講義録に夢中になったのとはちょっと違う意味で「こんな授業だったら怠け者の俺も授業に出たかもしれない」と思った。
分かりやすく面白い話題に富んでいるという意味では共通だが篠沢先生は東大仏文学の“常識”に真っ向から挑んでいるという学問の深さを感じたのだが北村先生は人気作家によるカルチュアセンターの講演の趣があって肩が凝らない。
だからといって手を抜いた軽いお話ではない。
文学に志す後輩たちに、文学とは、表現とは、創造とは何かを伝えようという愛情と熱意が感じられる。

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実作演習、短編を読んでの感想、新潮社出版部長、「群像」編集長、天野慶(歌人)、北原久仁香(ナレーター)、、多彩なゲストとの質疑応答・インタビュー(学生にやらせその結果を作品にする)、、話題も得意な落語をはじめ博学で飽きさせない。
サトエリの映画を観る目、それを表現できる力のこと、赤木かん子って初めて教わった人の素敵な手書きの文章、、いいね、いいね。

でも。

中学の美術の先生、日展入選歴もある(田舎ではタイシタ話だ)人が、菜の花畑を薄い黄色一色でさあ~っと一刷毛したような描き方を教えてくれた時だったか、いや、違うか、何か光線の処理について説明したときだったか「こういうやり方をして“得をした”ことがある」といった。
もともと、美術の才能なんてない俺だったがその時ちょっと違和感を覚えた。
芸術ってそんなものかい?
天分のあるものが天からのインスピレーションによって夢中になって創り上げるんじゃないのか。
憧れの美女の見てはならない一面を覗いたような気がしたものだ。

この本を面白がって読んでいる間もどこかに同じような気持ちがあるのだね。
女性はみんな美しい心根をもっていて狡賢いことなんかするはずがないと今でも思っている。
理屈じゃないんだね、文学だってそうだろうに。
大学でどんないい講義を聴いたっていい小説が書けるわけがないだろうよ。

そこのところを北村先生も講義の終りの方で云う。
モーツアルトとサリエリ、そう「アマデウス」だ。
石井宏が戯曲(映画でも)「アマデウス」でサリエリがモーツアルトの天才を見抜くときの音楽に「グラン・パルティータ」を使ってあるのを「この楽章の神秘性は、所詮天才だけに発想できるものであるだけに、一発でサリエリが倒されるに十分なパンチとなっていたし、あのシーンでこの音楽が鳴ったときには、こちらの背筋も寒くなったものである」と書いた文章を読んで
ああ、これが分かるということだな
と思ったと語る。
先生はそのようには分からなかったと云うのだ。
サリエリの顔色が変わるよりも早く「こちらの背筋が寒くなった」、そういう経験ができる人だけに「理屈を越えた理解」が生じる。
羨ましいことだ。

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(鬼子母神・「上川口屋」銀杏の緑が濃くなっていた)

しかし、このあと先生は続けるのだ。
経験を積むことで分からなかったことが分かるようになる。
又「分からない」ということも、一つの個性だ。
分かる領域というのは、人によって違う、それぞれの聖域です。
さらに
ここで面白いことがあります。それはこの「神の音楽の響き」が「分からない」人は、この劇が「分からない」かというと、決してそうではないのです。
それぞれの人が「アマデウス」を自分の物語として読み取ることができる。
読むというのは、自分がどういうところに立っているかー自分の位置を示す行為に外なりません。
我々は、書くことによって「わたし」を示します。同時に「あなた」を読むことによってもまた、「わたし」を表現するのです。
講義の結びの言葉だ。
やはり、優しい、いい先生だね。

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(これも鬼子母神境内)
Commented by makiand at 2008-07-06 02:38
なるほど。。。
植物、自然の環境問題。面白いモノを見ています。
ちょっと季節が雨の多い時期で花は少ないのですが、環境と自然については勉強になっています。
今日は、初めての休日です。^^
Commented by greenagain at 2008-07-06 05:49
読んでみたいな♪と思いました。
Commented by antsuan at 2008-07-06 07:45
講義らしい講義を久しぶりに聴きました。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-06 09:18
makiandさん、元気を取り戻しましたか?
珍しい花も多いのでしょうね。楽しみに待ってますよ。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-06 09:19
greenagainさん、お勧めします。読みやすいけれどと読み応えがあります。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-06 09:19
antsuan、私の下手な要約より実物を読んだ方がいいですよ^^。
Commented by gakis-room at 2008-07-06 12:08
>書くことによって「わたし」を示します
ですからこそ,書けないときがあります。その時々によって理由は違いますが,「わたし」を示すのが恥ずかしいと思ったり,怖いと思ったりするときです。
Commented by saheizi-inokori at 2008-07-06 12:18
gakis-roomさん、よく分かります。
食ったもののことを書くことすら気が進まない時ってあります。
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by saheizi-inokori | 2008-07-05 21:39 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori