既視感!今もどこか似ている 日米裏面史 「下山事件 最後の証言」 柴田 哲孝   祥伝社


1949年7月、初代国鉄総裁として就任1ヶ月・49歳の下山定則は、出勤途上なぜか三越本店に寄り、専用車を降りる。そのまま姿を消した好人物・技術屋の総裁は、翌日未明、足立区五反野の常磐線上で轢死体となって発見される。直後に検視解剖をした東大の所見は他殺。その後慶大は自殺説を主張。警視庁内部も一課と二課が見解を異にし、マスコミも自殺派・他殺派に分かれる。総裁の事故前の行動・遺留品の状態・目撃情報・遺体の状態・・どれをとっても自殺とは言いにくいのに当局は正式発表もしないままに事実上自殺として捜査の幕引きをする。

事件が起きた頃、アメリカは対日占領政策を大きく転換しようと、急カーブをきるところであった。戦後世界の米ソ冷戦構造に対応するために、アメリカは日本に資本主義国としての力をつけさせて、アジアにおける同盟国に育てあげることが急務であった。

戦前の鉄道省から運輸省鉄道総局へ、更に公社・国鉄へと枠組みを変えられた国鉄は、誕生早々、60万人(終戦により満州などからの引揚げ者を受け入れたのだ。当時まともに機能して失業者を吸収できるのは鉄道くらいだった。その時の職員の年金問題も今に尾をひいているのだが)もの職員をかかえ、2ヶ月の間に95000人を辞めさせなければならないことが、「定員法」で決まったのだ。

日本の”構造改革”である。当時は、それまでの、民主勢力を育てると言うアメリカの占領方針の影響もあり国労など組合や共産党などの勢力は強いものがあった。財界のめぼしい人物・国鉄部内のそれらしき人・・総裁候補と目される全ての人が、なさねばならぬ大手術に恐れをなし二の足を踏む中で、鉄道幹部としての責任感をもって重責をわが身に引き受けたのが下山総裁だ。柴田によれば、その後の参議院出馬をにらんでのことだというが。結果論としては殺される為に総裁になったような・・。しかし、彼の死がその後に連続する不可解な列車事故・三鷹・松川が合理化反対を叫ぶ共産党・破壊分子であると言う世論操作の影響もあり55年体制への道をつくって行く結果となった。

そういうモロモロの背景。事件そのもののグロテスクな謎。下手なスパイ小説を読まされているような・あり得ないような登場人物と、彼らの動き。野心、陰謀、戦略、暗殺が渦巻く日本の戦中戦後。汚職・賄賂の巣窟としての国鉄。事件後、松本清張などの推理小説家・多くのジャーナリストが”下山病”とも言われるほどの熱意をもって、事件の謎を明かそうとしてきた。中でも最近有力なのは、日本の革新勢力をつぶす為のアメリカの陰謀だとする説。キャノン機関という怪しげな機関の存在も明らかにされた。

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著者は、祖父の法事で大叔母が、祖父と下山事件のかかわりについて、ふと漏らした呟きのような言葉(漏らした本人もその言葉の重要性に気がついていない)を心の深いところで捕らえる。以後15年余に及ぶ探索の結果、この本を上梓、「”最後の証言”これが結論だ!」と宣言する。圧巻は、今は亡き某機関の親玉との単独インタビュー場面だ。

吉田茂、白洲次郎、佐藤栄作、児玉誉士夫、伊藤律、澤田美喜(エリザベス・サンダース・ホームの創設者)・・当時の政財界の有力者たち、戦後の日本の針路を作ってきた人たちが登場して重要な役割を演ずる。本当に?

結局俺には、真相は分からない。柴田のいう通りかもしれない。違うかもしれない。森達也も「下山事件」を書いて、その中で、柴田が森に言ったこと、柴田の協力があったこと、それが森「本」を書かせた動機であったことを明らかにしている。その森「本」について柴田は具体的にアカラサマな歪曲を指摘する。どっちが本当?柴田は言う。「下山事件は偽情報との戦いだ」。
なぜこれ程にまで偽情報が多いのか?そのことがこの事件の本質を顕している。偽情報は微妙に真相の近くをかすめるのだ。

今の今。郵政改革をめぐる国内の動きとアメリカの動き・狙い、当時の国鉄民営化(公共企業体でなく民営化を目指す勢力が日米双方にあった)をめぐる利害・思惑の衝突、その後に続く日本の単独講和(アメリカをパートナーとして選ぶ)、自衛隊(当時は警察予備隊)への道筋・・。吉田茂は、アメリカの期待に対して日本のために何をしたか?この本に書かれているあの頃は今の状況に重なる。

Tracked from カンガルーは荒野を夢見る at 2005-08-29 00:39
タイトル : 下山事件(シモヤマ・ケース) 森達也(2004/07/1..
 面白かった。と同時にやはり昭和史の暗部に手が届かない歯がゆさがある。  著者のスタンスはよくわかる。単に下山事件を国鉄総裁の殺人事件としての側面だけで捉えたなら、この事件がもつ意味を捉え損ねるという気持ちである。  だからこの事件が契機となり、日本という..... more
Commented by giants-55 at 2005-08-28 21:08 x
初めまして。書き込み有難うございました。

記事を拝読させて戴きましたが、実際の所はどうなんでしょうね。戦後最大の謎とされている事件だけに、書かれている方の立場によってそれぞれの見解が在るという事なのかもしれません。でも、事件から56年経っているというのに、未だ真実に近付く明確な手掛かりが出て来ないというのも、それだけこの事件の背景に大きな存在が在ったという事の裏返しなのでしょう。国家の前に在っては、一人の人間の存在等取るに足りないものという事かと思うと寂しさも感じます。

これからも宜しく御願い致します。
Commented by saheizi-inokori at 2005-08-28 21:16
giants-55さん、佐藤優の「国家の罠」、読みましたか?国は今も怖い存在ですね。よろしく。勝手にtbしてすみませんでした。
Commented by アスラン at 2005-08-29 01:05 x
コメントとTBありがとうございます。

この本は書店で見かけて気になってました。一目で森達也「下山事件(ケース)」の関連は明らかでしたし、森(saheizi-inokoriさんのエントリが途中から森本になっているのは森の間違いですよね。)が事実を歪曲してるという主張らしいのが意外でした。

 「放送禁止唄」でも感じたのですが、森という人はすごく真実に対する姿勢が謙虚(すぎるきらいがありますが)なので、歪曲したというのは、どちらかというと誤解か、もしくはあとから著者が本書を書く事になって語れる範囲の事情が変わったのかなぁと邪推したりしてました。

どちらが正しいというよりは、どちらも読んで公平なジャッジをするというのが正しい関心の持ち方という事でしょうか?(なにしろ後発の著作の方が、既出の作品を批判するのに有利なのは言うまでもないですから。)
Commented by saheizi-inokori at 2005-08-29 07:45
アスランさん、森ホンの意味でした。書いてて分かりにくいかなあとも思いましたが。
どちらがウソを書いているか私にも分かりません。モノを書くということの宿命かもしれませんね。私も、「放送・・」「エスパー・・」「世界はもっと豊か・・」などを読んで森達也と言う人にはいろいろ教えられることが多いです。その人にして柴田がこのように書く!柴田自身のことです。分からないですね
Commented by 重役読本 at 2005-09-01 08:22 x
コメントありがとうございました。
結局相手が大きすぎて、真相に限りなく近づいているけれど、名言はされていない形の本でした。
最終章の柴田氏の感想?も真相をぼかしていましたね。
これかもよろしくどうぞ。
Commented by saheizi-inokori at 2005-09-01 09:17
重役読本さん。確かにどこが歯がゆいけれど、なんとなく彼のいいたいことは分かる。今も同じようなことが?
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by saheizi-inokori | 2005-08-28 11:05 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(1) | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori