こういうのは初めて 奥が深い能楽 国立劇場開場40周年記念<復曲・再演の夕べ>

まず狂言「近衛殿の申状」。
現存最古の狂言台本「天正狂言本」におおまかな筋立てのみ記されていたのを橋本朝生が台本をつくり山本東次郎が演出して平成5年に陽の目をみた狂言だ。

シテ・近衛殿(山本東次郎)は先祖代々領民を大事にする心優しい不在地主、「民百姓をいたわるには、その様子を探らなければ」と領地まで出かける。

一方、その領地、糸の庄では水害があったにもかかわらずアド・悪代官・左衛門尉(山本則直)が近衛殿の仰せと嘘をつき年貢の取立てが厳しい。
アド・百姓(山本則俊)は近衛殿がそんなひどいことをするはずがないと直訴しようと策を練る。
年貢の減免を願う申状を領主・近衛殿に渡すのに左衛門尉に口添えを頼むのだ。
百姓が何を言い出すか心配な代官・左衛門尉は同道する。
問題は申状に添えた祭文(起請文)だ。申状の内容に嘘偽りのないことを天地神明に誓うためのもの。

ところがこの祭文が計略のタネ、傑作な文章だ。左衛門尉の非道のために村が窮乏していることを訴えるものだった。
近衛殿は自ら祭文を読む。深刻な内容であるのに言葉遊びに満ちた愉快な文書だ。
それを朗々と、これは何節というのか不思議な節回しで読むのがとても楽しい。
名君近衛殿はその内容に代官の非道を察し成敗せよとアド・奏者(山本則重)に命ずる。

代官は「それは嘘だ。百姓の言うことばかり聴いていては庄が成り立たない」と泣訴しながら奏者に追い立てられる。
近衛殿は代官のセリフにもドコカ気がかりなものを感じ、俺は正しいことをしたのかと迷う。
いやいや百姓が命を賭けてこれだけの祭文を持ってきたのだから間違いはないだろうと、も一度自らを得心させるのだ。お育ちがよろしくて気の弱いお殿様らしくて愉快だ。

山崎正和「室町記」にも書いてあったがこの時代は一揆が盛んで荘園領主たちはかつての力もなく武士の後ろ盾を頼んだり、代官たちを懐柔することなどにより辛うじて年貢を手にしていた。
だから近衛殿が特別に人格者であったとは限らず自己防衛上”心優しき”領主たらざるをえなかったのかもしれない。

そうだとしても自ら現場に足を運び、民の声に耳を傾け、即決で非を正すのはエライね。
当世の持ち株会社や大企業のトップたちも見習って欲しい。

こういうのは初めて 奥が深い能楽 国立劇場開場40周年記念<復曲・再演の夕べ>_e0016828_23415333.jpg
次は復曲能「鵜羽(うのは)」。
世阿弥の作品で室町時代にはたびたび上演されたものが元禄頃から絶えていたものを平成3年に大槻文蔵(今回地謡)を中心に復曲された。

観世清和が前シテ・海女、後シテ・豊玉姫を華麗にかつ激しく演じた。
平安時代の高僧、恵心僧都(森常好)をワキとして狂言回し(と言っていいのかな)に登場させる。受験日本史で懐かしい名前だね(「往生要集」)。
前場で海女として登場して自ら「実は私は人間ではなく豊玉姫だ」と言っておいて正体がばれた恥ずかしいと消えるのは面白い。

後場に海女は竜女・豊玉姫(神武天皇の祖母にして叔母)となって現れる。
海女は白を基調にした清楚な装束だったが竜女はずっときらびやかにして海神の娘らしき威厳と妖しさも感じさせる。
竜の形に切った紙みたいなものを頭につけていたのはご愛嬌?
「干珠・満珠」をもって自在に海の潮を満ち引きさせる舞が凄かった。
囃しが段々テンポを上げて最後はアフロミュージックみたいに激しくなるのに合わせて踊るのだが決してアフロダンスのようにはならない。
滑らかな動きの連続の中で極めて激しい動きを感じさせるのだ。
潮が引いて白々砂浜が広がった、というところだったか橋掛かりを幕の近くまで行く。
ぴたっと静寂、身を翻す竜女。やはり人間ではない。

藤田六郎兵衛の笛がよかった。
最初の方で恵心僧都が旅立ち九州鵜戸に着くところでの短い笛の音はまさに”時空の転換”を感じさせた。
大鼓の山本哲也のかけ声が不思議で野太い声が途中で「ひゅるひゅる」という電線を伝う木枯らしのような声と二重奏になるのだ。
それが良いと思うべきなのか、又いつもそういう風にしているのかは分からないがこの能に関しては一種特別な効果を生じていると聴けないこともなかった。
テンポとしては小鼓の大倉源次郎と微妙に外しているような、それもワザとなのかミスなのかは分からないのが俺の今の鑑賞能力だ。
太鼓の観世元伯がアフロで大活躍だった。

こういうのは初めて 奥が深い能楽 国立劇場開場40周年記念<復曲・再演の夕べ>_e0016828_23433610.jpg
海の満ち引きをやってみせた豊玉姫が海に戻って行って終わる。
静かになった海に淡い月の光がさしかけて
あれ、今まで竜女が激しく踊ったと見えたのは幻だったのかと思えた。

間狂言は山本則秀演じる所の者が山幸彦、海幸彦の話を語る。

下の写真・先週(早いったらありゃしない!)孫と「凍り鬼」をやった公園。滑り台の上に逃げ込んだ孫を追いかけた時の笑い声が小雨の中に聞こえたような・・。
Commented by つきのこ at 2007-02-24 09:44 x
saheiziさん、お久しぶりです。私も国立能楽堂に行ってました。
妙に大鼓の音が気になり、名前を確認した次第でした。関西のかたらしいです。笛は確かによかったですね。最後の場面での大鼓と小鼓の激しい打ちかたは、すごかった!「鵜羽」がまた、再演する機会があれば、必ず観たいです。
ところで、免疫学者の多田富雄著「脳の中の能舞台」に、『間』のことをかかれたところがあります。非常に専門的なところで、私はここだけ飛ばして読みました^^;
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-24 10:38
つきのこさん、あの店にいらしたのは?あなたではなかったのか?
能楽堂ですれ違う方をみてこの方かあの方かと思い巡らすのは楽しいです。
大鼓、確かに途中から抜けだしたような、薬でも利いてきたかのような感がありました。
直ぐにでももう一度観たいです。
多田さんの本探してみます。「能の中の脳舞台」みたいに感じることがあるのですよ。あの舞台が宇宙だ、それなら脳そのものなのか、と。
Commented by fuku(ginsuisen) at 2007-02-24 10:50 x
こんにちはー。saheiziさんのアップの早さ!
もう一度舞台を拝見しているようですわー。
多田富雄さん、脳の研究と能の追求をしておられる方ですよね。
しかも、介護を必要でもある、超人的な方。
多田さんの新作能を見たい、見たいと思いつつ、まだ実現していません。
間の存在は、私にはちょうどいい按配の整理時間です。
ワキ僧の気分になりながら、物語を整理してもらう・・
すると、後場のシテ登場。もう謡本も見なくても大丈夫。背筋を伸ばして舞台に集中できるって、感じなんです。
それにしても、あの舞台、まるで、瞬間移動のようでしたね。CG映画も負けそうでした。また見たいですね。
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-24 11:04
fukuさん、間、その存在意義がもう一つ感じられないままに、あの語りを面白がっていました。
fukuさんの言われるような意味があってそのお陰を蒙っているのに自覚してないのだと思います。
多田さんは免疫学者だったか、その方面の本は読んだり持って(読んでいない)いるのですが。
Commented by sakura at 2007-02-24 20:44 x
何時もsaheiziさんのブログに 私がコメントを書くのは場違いのような気がしています。でも私でも分かる楽しいお話もあるので伺って居ります。気の利いたコメントも残せませんが、お許しください。
姉が主人を亡くしてからお謡いをやり始め、年に一度 京都で会があります。それから興味を持ち始めましたが、先ずお謡いが始まっても意味がよく分かりません。今日のように狂言も「鵜羽」も詳しく説明があると
見ている様で、とても楽しく読ませて頂きました。有難う御座いました。
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-25 00:02
sakuraさん、何を仰いますか。私こそ何も分からない。せめてまとまらなくてもいいから思いついたことを書いているのみです。
書くことでますます分かってないことを思い知らされるのです。
でもそうでもしないと・・。
是非是非、コメントをお願いします!
Commented by つきのこ at 2007-02-25 10:29 x
saheiziさん、またまた、コメントさせていただきます。
そうなんです!私は、舞台は宇宙だと実感しながら、お仕舞のお稽古やっています。手足の動きや、扇の位置によって周りの空気が、変わっていくのです。すごい空間です!
ところで、saheiziさん、fukuさん、2月生まれでしたよね。
お誕生日はわかりませんが、まずはおめでとうございます♪
能楽堂でご一緒できます日を楽しみにしています。わたしはこれから、また国立能楽堂に行ってまいります^^
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-25 14:11
つきのこさん、有難う。222、猫の日だそうです。私はジョージ・ワシントンの誕生日と覚えているのですが。
今頃は能楽堂で陶然としているのですね。羨ましいです。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by saheizi-inokori | 2007-02-23 23:56 | 能・芝居 | Trackback | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori