室町は現代の産みの親 山崎正和「室町記」(朝日選書)

室町時代って面白い。
長い試行錯誤ののちにやっとたどりついた現代日本の社会は、ちょうどあの室町時代から、流血と常識をともに失っただけの状態だろうか。
だとさ。
乱れに乱れた200年。荒波に揉まれる笹船のような弱体でありながら幕府は存続する。
この乱世は偉大な趣味の時代でもあった。
「生け花」「茶の湯」「連歌」「水墨画」「能」「狂言」
「座敷」「床の間」「庭」
「醤油」「砂糖」「饅頭」「納豆」「豆腐」、、日本人の生活の多くの事始がこの時代だ。
室町時代二百余年は、人々が動き、集まり、そして変身する時代だったと要約できそうである。空間的にも、社会階層のうえでも、なにか異様な熱気をはらんだ「動的人間(ホモ・モーベンス)」の世界が展開した。
そして、そのことがこの二世紀間を、日本の生活文化史のなかでひとつの劃期的な時代にしたようである。


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琉球が三山統一後、明や東南アジア交易に注力したのに並行するように世界にむかって目を向けていったのもこの時代だ(この頃に琉球の勢いに日本がついて世界に出て行けばヨーロッパに匹敵するような文化圏が出来たかもしれないと著者は楽しそうに想像する)。

1483年足利義政は銀閣寺を創りそこに住む。
奥方・日野富子の「わわしき女房」ぶりに辟易として逃げ出したのだ。
「わわしき女房」とはこの頃の狂言に登場する家計と子供の教育を通じて夫を尻にしく奥様のことだ。
義政はむしろそれを望んだとも思える。
女が実権を持ち男が権威の面を受け持つ政治形態は、この時代の隠れた世論に支えられていたのかもしれない。
そもそもこの時代の将軍をはじめ、名のある武将が一揆をしかねない領民を押さえ込み他の大名を凌いで生きるためには武力だけでは足りず、源氏の嫡流であるなどの家柄とか名門との結びつき、公家との交際、なかんずく連歌などの公家文化に如何に通じているかをもって権威付けをしていた。
とはいえ生まれついて文化の中に身を浸してきた公家(「室町時代の一皇族の生涯」に描かれた伏見宮貞成親王の生活をみよ!)に武家はかなわない。
そこで「能」の登場だ。
それまでの公家文化に舞台芸術はない。
義満は観阿弥・世阿弥親子を保護し猿楽を能に高め自家薬籠中とする。

”社交”こそこの時代の文化の特質であり、それが日本文化の特質ともなっていく。
絶対的な価値=神との関わりで創作される西洋芸術と対人関係の場で創作即評価される日本の伝統的芸術の違い。
(この指摘は留守晴男が「常に諸子の先頭に在り」で「真実を追ふ狩人」である西洋の伝統が日本にないと日本文化を否定的にとらえているのと同じことを言っているようで面白い。
ただし、山崎はこれを否定的に捕らえるのではなく、むしろ現代の西洋が近代的な自我に対する信仰に揺らぎを感じている状況にあるのことを見るにつけ、日本の伝統的文化の根底にある本質的なものを考え直してみる必要を説くのだが。)

室町は現代の産みの親 山崎正和「室町記」(朝日選書)_e0016828_22121931.jpg
社交であれば、見る人が喜ぶことを第一義とする。
世阿弥が「秘すれば花」と言ったのは「見所」を喜ばせるのにはやりたいことを全部出してしまっては駄目だと言う接客心理の極意を言ったものだ。
俗に言えば「臭い演技はだめ」。実際にはどうするのか?
ひたすら稽古、稽古の積み重ねにより意識しないで自然に表したいものが表現できるようになる(これは白洲正子「お能 老木の花」の言うところでもある)。

「幽玄」は日本文化のキーワードだが歌と能の「幽玄」は違う。
歌は明るい華やかな王朝文化にベールをかけて「渋くほの暗い」ものとする。
一方、能では華やかで、優雅で、美しいありさまを幽玄と言う。世阿弥が能の幽玄に対比するのは大和猿楽の写実的演技。
能では「舞い」の優雅な動作が物真似的な動作にベールをかける。

ベールをかけるという意味ではどちらも同じだ。
これを著者は「アイロニカルな表現」という。
遠まわしにいう。あからさまな表現の意図を隠す。
「わび」「さび」という美的範疇はアイロニーの精神から生まれたものである。
それは社交、対人関係の芸術と言う特質から来ると言うのだ。

30年も前の本を古本屋で買った。読まずに置いてある新本が沢山あるのに古本を買うなんて馬鹿なことのようだが読みたくなる本は古くても読まなくちゃ。
Commented by fuku(ginsuisen) at 2007-02-20 01:10 x
ワーッ、ますますはまってらっしゃる!
全部がパズルのように連鎖、重なりあって、saheiziワールドの密度が、どんどん濃くなっていませんかー。いっぱい濃くなってくださいね。
おこぼれ頂戴しやす(自分ナマケモノ)
本もどんどん増えて・・の気持ちわかりますー。
今日、学大駅近くで、マニアックな古本屋発見。思わず手を出しそうになってました。
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-20 11:26
fukuさん、読書の楽しみはこれですね。チエーンのようにつながって行く。ぼんやり考えたことをきちんと整理して言ってくれる人がいると嬉しいですね。
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by saheizi-inokori | 2007-02-19 23:09 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(2)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori