蓑田胸喜って知ってましたか? 佐藤優 魚住昭「ナショナリズムという迷宮」(2)

先日取り上げた、佐藤優 魚住昭「ナショナリズムという迷宮」の中に蓑田胸喜という人のことが出てくる。
明治憲法における天皇の地位・機能について当時の主流の解釈は「天皇機関説」といい、天皇は国家の最高機関であって超越的神格を持つものではないとしていた。天皇主権説をドイツ法学の国家主権説に近づけて実質的には政党政治の根拠としていた。
司法試験もこの学説に沿って行なわれるなど学界のみならず謂わば日本の公式見解だった。

それに舌鋒鋭く噛み付いたのが蓑田だ。
勅任の東大教授・美濃部達吉を相手取って一歩も引かず「天皇機関説は国体に反する」と執拗に攻撃を繰り返し、美濃部を出版法並びに治安維持法違反で告訴する。
美濃部に代表される帝国大学のリベラルな教授陣を壊滅させひいては自由主義的な知的エリートを追い詰めようという狙いだった。

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やがてこの議論は議会で菊池武夫議員が美濃部を「学匪」「謀叛人」と面罵非難するに至る。
美濃部は釈明演説を行い菊池議員も納得したが院外の右翼・軍部を中心として美濃部弾劾の火の手は燃え盛る。
天皇機関説を学んで司法試験に合格した検察官僚により「不敬罪」で取調べを受ける(不起訴)。
1935年、ついに政府は「国体明徴声明」を発して、統治権の主体が天皇に存することを明示し、天皇機関説の教授を禁じる。美濃部の著書は発禁となる。
美濃部は貴族院議員を辞職、右翼暴漢に撃たれ重傷を負う。

美濃部批判をした政治家や右翼の殆どは「天皇機関説」を読んだこともなく「天皇を機関銃にたとえるとは何事か」といった演説もあったという。

その後、思想統制により言論の自由は失われフアシズムの道をまっしぐらに歩む。
蓑田はそのような道筋を切り開く役割をした人だ。
当時、蓑田と議論して敵う言論人は少なく非常に影響力のある男だったという。
今彼の名を知らない人が多いのは戦後の言論界で彼の名を思い出し口にするのを嫌がる空気があったからだ。自らの恥部をさらけ出すような気にさせたから、それほど彼の言論に組みしだかれていたのが戦前の知識人なのだと佐藤はいう。

ところがその蓑田の書いた物を読むと部分的には剃刀のような鋭さが認められるものの全体としては思想体系というほどのものはないそうだ。
要するにそれだけの男に過ぎなかった。
だから今忘れられているのかもしれない。

しからば、その程度の男に何故美濃部はともかくその他の錚々たる知識人・政治家たちはおめおめと負けてしまったのか?
美濃部の教え子も官僚・学界・司法界・政界・・各分野に綺羅星のごとくエリートとして存在し特権も享受していただろう。
なぜ、その人々は当たり前のことを当たり前のことのように発言することで蓑田や菊池、ひいては右翼の連中に一矢も二矢も報いなかったのか?

佐藤は言う。
蓑田は「死を覚悟していた」。その意味で”本物”だった、と。

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熾烈な競争を勝ち抜いて帝国大学を卒業した秀才たちがエリートとして上層階級に身を置く。
それはこのような状況で敢然と「ノー」というために”選ばれた民=エリート”であることを許されていたはずなのだ。
それが逆に弾圧側に回ってしまうのでは!

戦争に負けて一億総懺悔、二度と過ちは繰り返さないと誓った。
ああそれなのに、それなのに、
今又同じ状況が生じつつあるような気がする。
いや、とっくに出来上がってしまったのかもしれない。
特にマスコミという”権力の監視役”を任務とする集団、官僚、大企業トップ、、などにがっちり出来上がっているようなおかしな空気を感じる。
エリートという言葉が単に特権階級を意味するようになってしまった。

マスコミの売らんかな式筆先に乗せられて「やっちまえ!」の大合唱が起きると、被告人の人権を守るはずの弁護士が法的に認められた欠席をしてさえ「悪徳弁護士」の汚名を着せられ、飲酒運転で捕まった職員は全て首にしなければ悪徳知事だといわれ、、。枚挙に暇がない。
そういう空気の中で触らぬ神に祟りなしで沈黙を続けるうちにかつて来た道に舞い戻るのかも知れない。しまったと思ったときは既に身動きが取れないのだ。
Commented by gakis-room at 2007-02-08 11:28
「あるある…」非難の大合唱の他局が占いおばさんに好き勝手をしゃべらせたり,守護霊おじさんだとか,透視術師だとかを連れてくるんですから,コワイ,コワイ。
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-08 14:00
gakis-roomさん、私は「あるある・・」もけしからんと思いますが守護霊だとかよくみてないのですが、もしそういうものがあるかのように報道しているとしたらきっとヤラセとか捏造が含まれているんじゃないかとおもいます。
個々の問題というよりマスメデイアの意思・体質・感性を問うべき問題ではないでしょうか。
Commented by mitsuki at 2007-02-08 19:02 x
考えてみれば八紘一宇やら不惜身命とかいう言葉も、スローガンとしては格好が良いのですが、内容が曖昧で具体性を欠いています。
いま、NO MORE WARと声高に叫んでいるのも、具体的なビジョンが無いという点では(立場は逆転していますが)戦前と何ら変わらないのではないでしょうか。
これでは本当にいつか来た道・・・
怖いです。
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-08 23:49
mitsuki さん、まさにそこが問題だと思います。
戦争を回避するためにどうしたら良いのか、よほど腰をすえていかなければ天皇機関説と同じ運命、力の前に沈黙し、ついにはお先棒を担ぐことすらやりかねないのがわが国の”エリート”諸君とその他大勢です。
かく申す私も企業の中で首をかけるくらいはやりましたが国家権力と戦うことが出来るのか、怪しいものです。間に合ううちに権力にストップをかけないと!
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by saheizi-inokori | 2007-02-08 00:42 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(4)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori