韓国の人たちにお礼を言いたい チョ・ジヒョン写真集「猪飼野 追憶の1960年代」

猪飼野、古代の百済郡、現在の大阪市生野区鶴橋、桃谷、中川西、中川、田島。
5世紀、百済系渡来人が集住し、1921年から23年にかけて水はけを良くして工場や住宅地にするための大拡張工事に、慶尚道から多くの労働者が安い賃金で連れてこられた。
1922年には済州島と大坂間に定期連絡船”君が代丸”が就航し、済州島から多くの労働者、女工たちが渡日してきた。

「火山島」の著者・金石範も1925年済州島から単身渡日した母の胎内で君が代丸に一週間以上を過ごし猪飼野に来て生まれた。
1948年4月3日、済州島で起きた武装蜂起、その日を境に島は30万人全島民を巻き込むゲリラ戦と、無差別の殺戮の場と化し、約2万人が日本へ逃れたといわれ猪飼野に住んだ者も一万人をこえた。
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1938年済州島の寒村・新村(「火山島」のモデルにもなった)に生まれた、この写真集の著者・チョ・ジヒョンも10歳の時に叔母に連れられて猪飼野に来た。

1968年京都市生まれの詩人・丁章(チャン・ジャン)はこの写真集に寄せた詩のなかで、済州島から猪飼野に来た、はらからたちは
誰もが
より多くのものを手に入れ
そしてすべてを
喪失した

猪飼野は
沈黙の坩堝でもあり
 四・三の沈黙
 密航者の沈黙
 暗殺者の沈黙
 革命者の沈黙
 沈む沈む沈黙
 半世紀の沈黙
猪飼野の沈黙は
分断の歴史そのものである
と歌い、続けて写真集でみられる、胸打つ風景を列挙する。
埋められた沈黙を土台にして
築かれていった聚落の風景
 老婆の号泣
 男どもの怒号
 子を背負う女たち
 太い指 荒れた手 へし曲がった腰
 路地裏の ゴム屑と 豆もやしの樽
 風呂敷商売(ポッタリジャンサ)
 廃品回収のリヤカー
 キㇺチ 豚足 いしもちの干物
 気品高きチマ・チョゴリ
 ゆらゆら浮かぶ川の小舟
 橋の交番
 商店街に掲げられた横断幕のスローガン
 人々のいがみ合い
 それでも女たちの笑顔と男たちの笑顔と
 そして子供たちの
 笑顔 笑顔 笑顔 
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「追憶の1960年代」と副題。
60年代、植民地・朝鮮から引き揚げてきたぼくは貧しいながら大学に進学、就職、高度経済成長のなかで仕事に邁進していた。
子供も出来て将来を悲観することもなく生き生きと笑い声の絶えない日々だった。
同じく朝鮮から日本にやってきた人たちのことをどれほども知らないままに生きてきた。

お借りした写真集を折にふれて開いては、そこに、もしかしたらあり得たかもしれない、いや、ほんとうなら日本人・自分が甘受しても不思議ではなかったもう一人の自分の姿を見る。
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(午後6時半の花火大会)

亡妻が入院したときに駆けつけてきて、「ミス・サイゴン」に連れて行ってくれた韓国人青年たち、彼らは新聞配達店に住み込んで勉強をして、日本語学校で妻(韓国語は何も知らない)に教えられた青年たちだ。
亡母を釜山に連れて行ったとき、母が学んだ、かつての日本人の高女を尋ねて、もういいからというのに、あちこち走り回ってとうとう職員室にまで上がり込んで、この学校がそうだと日本語をしゃべれる授業中の先生を引っ張り出してくれたタクシー運転手と授業をさしおいて学校の記念館を案内(母が自分の教室の写真をみて泣いた)してくれた学校の先生。
どちらも名前を覚えることができなかった。
彼らに感謝する気持ちが年々強くなるというのに。
そんなに知らないけれど朝鮮が好きだし朝鮮のことを知りたくなる。
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(ゆうべ6時、猛暑東京)

「火山島」を読んでいると、誰かと話したくなって、済州島出身の今は閉店している「ソウル」のママに電話した。
何日か電話したがいつも発信音があるのに出てこない。
心配しながらもあきらめていたら、ママから「昨日までソウルに行ってたのよ、ゲンキィ?」と電話があった。
4・3事件のことはあまり知らないのか、話したくないのか、生返事だった。
元気そうでほっとした。

Commented by wawa38 at 2017-07-09 14:40
ムクゲの花は、韓国の国花ですね。무궁화 
白と赤紫のムクゲは初めて見るように思います。
Commented by そらぽん at 2017-07-09 19:01 x
本日の記事、胸が熱くなり乍ら拝読しました。
4.3事件も猪飼野も、全く知らずにいい年になりました。

訪韓時の、タクシーの運転手さんや学校の先生のことは
前に読ませてもらい印象的です。30年程前、上役の代理の
視察である施設を訪ねた際の献身的な人々、土産の日本酒を
澄んだ鋭い目の若い職員に拒絶された恥かしさを思い出しました
Commented by tona at 2017-07-09 20:18 x
藤原てい『流れる星は生きている』や宮尾登美子『朱夏』は読みました。しかし夫も父親が一緒だったけど家族8人だかで帰国、友人の家は父親がソ連から後で帰ってきたがお母さんが5人の子供を連れて引き揚げてきたそうで、友人の妹は岡山あたりの電車の中で亡くなったそうです。しっかり者のお母さんは100歳位で亡くなりました。
そうしたら佐平次さんの家もそうだったのですか。お父さんも亡くなられたのですね。お母さんの苦労はいかばかりだったか。連れて行って差し上げたときはとても喜ばれたでしょうね。
Commented by sheri-sheri at 2017-07-09 20:34
こんばんは。初めて韓国に旅したのは大学生だった娘にせがまれた20年くらい前のことでした。福岡から船で行き、その近さを肌で感じました。韓国に降り立ちバスに乗り市内を一周。その時に今までの頭で考えたり、大人に聞かされていた隣国朝鮮というイメージは何故か間違いだったと瞬時に感じました。つくづく百聞は一見に如かず。町中や公園でゆっくり体操したり、公園でくつろぐ年配の人の品位さえ感じさせる空気をまとった様子がいまだに忘れられません。やはりそれぞれの国に個性があり、尊重されるべきであると。、
Commented by saheizi-inokori at 2017-07-09 22:20
> wawa38さん、きのうの散歩道で見つけました。
「槿の咲く庭」という小説、日本統治下の朝鮮で生きた兄妹の話、持っているけれど未読です。
Commented by saheizi-inokori at 2017-07-09 22:22
> そらぽんさん、4・3事件は韓国人に対してもずっと隠していたらしいですね。
まっすぐな朝鮮人、やさしい朝鮮人、裏切ったら怖いですね。
Commented by saheizi-inokori at 2017-07-09 22:26
> tonaさん、釜山港では生きた心地がしなかったそうです。
亡母に対して釜山に連れていったこととか浅草演芸ホールで住吉踊りを見たこととか、やっておいてよかったことがあるのが不幸息子のわずかな救いです。
Commented by saheizi-inokori at 2017-07-09 22:28
> sheri-sheriさん、私は朝鮮人の品位は日本人が見習うべきものだと思います。
それはダメな大統領を追い落とす迫力も備えているのです。
Commented at 2017-07-10 05:52 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by j-garden-hirasato at 2017-07-10 06:28
1960年代ですか。
自分が生まれた年代ですが、
どんな時代だったか、
感覚として、
全く分かりませんね。
何となく理解できるのは、
1970年代からかなあ。
Commented by k_hankichi at 2017-07-10 07:22
saheiziさんの記憶と追憶とノスタルジアが伝わってきます。いろいろな事柄が詰まっていることでしょう。僕の父やその親戚たちも昭和の初期に台湾に生まれ、戦後引き揚げてきたので、あの地のことを懐かしみを通り越して思慕している。
Commented by saheizi-inokori at 2017-07-10 09:09
> 鍵コメさん、テレビ中継を楽しみにしております。
Commented by saheizi-inokori at 2017-07-10 09:20
> j-garden-hirasatoさん、そうですか、悪い時代じゃなかったと思いますよ。
Commented by saheizi-inokori at 2017-07-10 09:22
> k_hankichiさん、台湾を懐かしむ人は多いですね。
好い土地なんでしょう。
私の息子も台湾勤務をして老後を過ごしたいと言っています。
Commented by sheri-sheri at 2017-07-11 20:29
私も台湾大好き!
Commented by saheizi-inokori at 2017-07-11 21:44
> sheri-sheriさん、私はそう言えるほど台湾に滞在していませんが、いやな想いではありません。
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by saheizi-inokori | 2017-07-09 13:23 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(16)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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